ビュロ菊だより 第二十四号 「TSUTAYAをやっつけろ~日額30円の二本立て映画批評」第六回 特別編
<サスペンス音楽がサスペンス映画を殺す時~アルフレッド・ヒッチコックによる、妻という女性/女優という女性、そして音楽という女性への嫉妬と殺意のアンサンブル>
後編
後編でも作品一覧が参照される。頻繁に頁を繰る手間を省くため、今回も再び「アメリカ時代(1940から没年である76年まで)のヒッチコック全作品/全音楽監督」を掲示する。
40年) レベッカ/フランツ・ワックスマン(アカデミー賞最優秀音楽賞ノミネート)
40年) 海外特派員/アルフレッド・ニューマン
41年) スミス夫妻/ロイ・ウェッブ
41年) 断崖/フランツ・ワックスマン(アカデミー賞最優秀音楽賞ノミネート)
42年) 逃走迷路/フランツ・スキナー
43年) 疑惑の影/ディミトリオ・ティオムキン
43年) 救命艇/ヒューゴ・フリードホーファー
45年) 白い恐怖/ミクロス・ローザ
46年) 汚名/ロイ・ウェッブ
47年) パラダイン夫人の恋/フランツ・ワックスマン
48年) ロープ/レオ・フォーブスタイン
49年) 山羊座のもとに/レイトン・ルーカス
50年) 舞台恐怖症/レイトン・ルーカス
51年) 見知らぬ乗客/ディミトリオ・ティオムキン
53年) 私は告白する/ディミトリオ・ティオムキン
54年) ダイヤルMを廻せ!/ディミトリオ・ティオムキン
54年) 裏窓/フランツ・ワックスマン
55年) 泥棒成金/リン・マーレイ
* ここから↓が「ヒッチコック×ハーマン」時代
55年) ハリーの災難/
56年) 知りすぎていた男/
56年) 間違えられた男/
58年) めまい/
57年) 北北西に進路を取れ/
60年) サイコ/
63年) 鳥/ *音楽は電子音による鳥の声のみで、ハーマンは一筆も書いていない。が、ハーマンは「ミュージカル・アドヴァイザー」として大きくクレジット
64年) マーニー/
66年)引き裂かれたカーテン/ジョン・アディスン*ハーマンは製作中に降板させられ、ジョン・アディスンに差し替えられた。「ヒッチコック×ハーマン」時代の終結宣言。
69年)トパーズ/モーリス・ジャール
72年)フレンジー/ロン・グッドウィン
76年)ファミリー・プロット/ジョン・ウィリアムス*ヒッチコック遺作。因みに76年はジョン・ウィリアムスが『ジョーズ』によってルーカス・スピルバーグ組と合流する翌年であり『スターウォーズ』によってマリアージュを盤石にする前年に当たる。
<前編のあらすじ>
映画の観客は、映画監督×制作者、映画監督×女優、といった関係には、時に殺意に至るほどの愛憎を発生させるに足る断層/階級の存在を自明とするが、映画監督×音楽家という関係にはそれをあり得ないとする。そして、こうした構造的抑圧を覆すのが天才だとするならば、アルフレッド・ヒッチコックとジャン=リュック・ゴダールは双璧である。
しかし、トーキー映画史上、所謂「名監督」と呼ばれる映画作家の中で、ほぼ唯一「音楽家との仕事を止め、レコードを使い続けている」ゴダールの、図式的なまでの「音楽家嫌い」(私の考えでは、これは、本人がそれを自覚している感じがないという意味で、トラウマと呼ぶに相応しいものだが、ミシェル・ルグランとアンナ・カリーナとカルロ・ポンティの同一視、つまり『女は女である』がゴダールの「資本主義嫌悪/主演女優憎悪/音楽家恐怖」という三大ミソジニーをフィクスさせたのであって、拙著『ユングのサウンドトラック』は、その推論の展開に1章を割いている)が、余りに具体的で可視的であるのに対し、ハリウッドの大衆娯楽映画作家であり続け、終生に亘って名だたる音楽家たちと仕事をしてきたヒッチコックのそれは「一見」不可視である。