宇川くんの個展は本当に素晴らしく、一般の観客の皆さんと一緒に、宇川直弘の解説にを聞きながら1時間で10以上の展示室をクルージングするのはとても楽しかった(その際、宇川くんが、画面に映っっている自分のことを「宇川くん」と呼んでいるのが可愛すぎ)。学芸員やキュレーターの解説はいくつも聞いたし、自分も真似事で一回やったこともあるが、宇川くんが世界で一番うまいと思った(今回の個展で15回やったらしい笑)。

 

 博覧強記でバイバイスカイハイなIQにしてパンキッシュ、そして雑婚多産系(ジャズドミュニスターズだって宇川くんが産んだのである)の天才がドミューンを貫いているのはやはり「愛」だと思う。いわゆるをワイトマジックな「愛」ではなく、前述「多産」を駆動する「愛」なのだけれども。メディアアートなんてクソほどあるし、ましてやAI使用による作者の喪失なんていうテーマのアートなんて、頑張れば小学生の課外授業でやれる。

 

 宇川直弘率いるドミューンが人の心を打つのは、「狂ってるでしょう?(宇川くんのリック)」とニコニコしながら、愛とフェティッシュそしてリスペクトをあそこまで慎ましやかに、そして明確に強烈に示している、という点であって、母性以外のなにものでもない。美術史、サブカル史が専門だが、日本の「放送」の歴史、それ自体にさえ深いリスペクトも持っている。今回は、1フロア丸々、上岡龍太郎にリスペクトする作品の展示があったことに偉く感心した。

 

 大概の人々が忘れる。上岡が計画的引退を決定(20世紀いっぱいで引退=自分の芸は20世紀の芸である。という強い自覚に基づく)し、「最後の仕事」という自認のもとに「20世紀末」に実行したのが、伝説の「11PM」終了を受けてスタートした「Xテレビ」を始めとした、自らがホストの番組を、全て「テレビの解体」に使っていたことを(僕も、そのフロアで一挙に鮮やかに思い出した)。

 

 「テレビ」と「アマチュア」は上岡の生涯にわたるオブセッションだった。僕は上岡龍太郎の引退後の死(2023年つまり今年の5月)は尊厳死にカウントして良いと思う。