弱いなら弱いままで。
『挫折を愛する』。タイトルからして興味をそそる本だ。だれもが避けたがるはずの挫折を愛するとはどういうことなのか。著者は松岡修造、あの元トップテニスプレイヤーにしてスポーツキャスターとして知られる人物である。
さっそく読んでみた。おもしろい。もちろんおもしろくなかったらここに取り上げたりしないわけだが、それにしても素晴らしい本だった。世間で流通している松岡修造の「熱い」イメージとはまた異なる一面をかいま見ることができる。
何しろ本書によれば、松岡の仕事のキーワードは「冷静さと論理性」だというのだ。松岡を熱血スポ根漫画から飛び出てきたような情熱の権化と思っている方には意外な言葉なのではないだろうか。
あるいはテレビ番組などを見て、松岡のことをひたすらに子供たちのことを怒鳴っているだけの男だと思い込んでいる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、本書を読むとそのイメージがいかに歪んだものなのかがわかる。
松岡は「僕は「熱血」「気合」「応援」といったイメージを持たれることが多いのですが、いつもポジティヴなわけではありません。むしろ、人と比べるとかなり消極的で弱い人間です。」といい切る。世間で流通している「鬱陶しいまでに熱い」松岡修造のイメージは、虚像とはいわないまでも、あきらかに一面的なものなのだ。
本書はその松岡が、さまざまなトップアスリートたちの例を引きながら、失敗や挫折を通して人生を変えてゆくことの素晴らしさを歌いあげた「挫折の賛歌」である。
印象的なエピソードがある。現役時代、膝が痛むようになり、手術を受けてリハビリセンターに通っていた松岡がひとりの少女と出逢う話だ。
「どうしておれだけがこんなひどい目に」という「被害妄想」を抱えていたその頃の松岡は、自分のファンだというその十代半ばの女の子と話をし、「ありがとう。よっしゃ! きみのぶんも頑張る! きみも頑張ってね」といって別れる。そのあいだ、少女はずっと笑顔だった。
しばらくして医師に彼女はどうしているかと訊くと、実は彼女は白血病で亡くなったことを知らされる。松岡に逢ったとき、少女はすでに余命二週間だったのだ。
愕然とする松岡。そしてかれはこの経験を通して「本気で生きろ」と気付かされる。「あの子は生きたくても生きられなかった。でも、俺はこうして生きている。だったら、本気で生きてみろよ!」。これが松岡にとって最大の転機となったのだという。かれのあの「もっとできる!」という「熱い」言葉の裏にはこんな哀しい物語があったのだ。
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