弱いなら弱いままで。
好きなことを好きなだけ好きなように。(2193文字)
おかげさまで体調はようやく回復し、現代医学の素晴らしさを実感しています。これが19世紀だったらそのまま死んでいたかもしれません。21世紀って凄い!
まあ、昨日、一昨日は特に具合が悪かったのでひたすら寝ていました。そのあいだに大崎善生の『聖の青春』を読み返したりもしたんですが、これも凄い本です。そのうち記事にすると思いますが、未読の方はぜひ読んでください。感涙必至の名著です。
しかしまあ、やっぱり3日も休むとモチベーションが上がりますね。やっぱりどうも毎日書きつづけるということは無理があるらしい。毎日書いているとどうしても惰性になりがちなんですね。
もちろん、そういうモチベーションの乱高下に左右されず一定の水準の記事を書くのがほんとうのプロなんだろうけれど、どうもぼくはそういうタイプじゃないようです。そのときのモチベーションに記事の出来が著しく左右されるんですね。
一応、プロブロガーを名乗ったりしていますが、どうやらぼくはそういう意味では「プロ」ではない。アマチュアもいいところで、好きなことを好きなだけ好きなように書いているときだけそれなりに面白いものを書けるというタイプであるようです。
そもそも体調を崩したからといって休んだりしているのはプロにあるまじきことという考え方もあるでしょう。
高熱を発しても舞台では明るく振る舞った北島マヤではありませんが、自分の側の事情は読者には関係ないのだから、どんなに辛くてもハイレベルなお仕事をしますよ、というのが本物なのでしょうね。
栗本薫さんとか、末期がんの病床で、壮絶な苦痛のなかで、それでも小説を書き続けたわけで、もうプロとかアマとかそういう次元を超えた強烈な「業」を感じます。書くことに憑かれた人生。書くために選ばれた生涯。
でもね、ぼくにはやっぱりそこまでは無理ですね。やっぱり身体を壊すと集中力もなくなるし、まともな記事は書けなくなる。そもそもぼく面白い本を読んだり良い映画を見たりしてテンションが高い時でないと良い記事は書けないんですよね。
だからたいして面白くもない作品を面白そうに語るというのはぼくには無理で、そういう意味でもプロではないないんだろうなあ、と思いますね。プロの批評家という人種はそういう意味でもほんとうに偉いと思います。
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