何か本を読んでいて、その本筋とは関係がない一節に啓発されることはよくあることです。先日、石田衣良の『余命1年のスタリオン』を読んでいたら、「不特定多数に好かれたいという病気」という表現が出てきて、ハッとさせられました。
弱いなら弱いままで。
何か本を読んでいて、その本筋とは関係がない一節に啓発されることはよくあることです。先日、石田衣良の『余命1年のスタリオン』を読んでいたら、「不特定多数に好かれたいという病気」という表現が出てきて、ハッとさせられました。
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この記事の「不特定多数に好かれたいという病気」というフレーズに、私もハッとさせられました。必要以上に関る人に嫌われたくない、という気持ちがあることに気付いたのです。おかげで少し気持ちが楽になった気がします。ありがとうございました。
海燕(著者)
なんてことはないひと言なのですが、インパクトがありますよね。ぼくも他人ごとではないので、気をつけたいところです。
ちょっと前の記事では肯定的にとらえられていましたが、モテたいという感情はこれなんじゃないかと思います。
海燕(著者)
相手を問わずモテたいというのなら、近いものはあるかもしれません。ただ、モテたいというのは「異性(場合によっては同性)と何らかの関係を持ちたい」ということであるわけで、「未来永劫関係がないひとにも好かれたい」という感情とは、ちょっと違うかな、と。
不特定多数に好かれたい、というのは権力欲に近い、影響力や発言力を高めようとしたがる類の欲求であるように思います。
自覚がある限りにおいては、それはそれで活力になりそうでもありますが。
結局の所、「良い物」を作って行けばいいのだというのがこの論の結論かと。
良い物を作るために、不特定多数の意見に耳を傾けるか身近な人の意見に耳を傾けるか。
ただ他人の意見は所詮他人の意見であって、他人の意見を聞いた上で自分で考えた方がいいものができると思います。
うーむ、抽象的になってしまいましたが…
いや、私は公僕なので「不特定多数に好かれたい」というか、特定少数より不特定多数の幸福を追求したいのです。というコメントを書くためだけにポイントを使う私は独善的ですか?

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