弱いなら弱いままで。
それは淡く透明な哀しみを内に秘めながら、ほのかにあたたかい小春びよりの日々だ。
岡野雄一『ペコロスの母に会いに行く』は、年老いて認知症にかかり、痴呆の症状を呈し次第に何もわからなくなっていく母、みさえと、六十代の息子ゆういちの、穏やかな日常を四コマ漫画形式で綴った物語。
どこまでがフィクションでどこからがノンフィクションなのか、読者の目からは判然としないが、一読、心に深い印象が刻み込まれる傑作に仕上がっている。
初めの辺りはかるい認知症の母の奇妙な言動、行動を息子の視点から描いている。認知症の老人の話といえば、必然、暗く重々しい内容が浮かぶが、作者の描くエピソードはどれもユーモラスだ。
じっさいにはその裏に過酷な現実があることは容易に想像がつく。しかし、岡野はあえてそういうことを取りあげない。正しくはそれなりに取り上げるのだが、どこまでもひょうひょうと突き放して描くので、全く暗く感じられないのだ。
この作家の絵柄はじつに可愛らしく味があり、それが作品全体をやさしく糖衣に包み込む効果をあげている。だから認知症の漫画と聞いて重たい内容を想像したひとも尻込みする必要はない。むしろそういうひとこそこの作品を読んでほしい。心にふしぎな感動が広がってゆくだろう。
が、ただそれだけの話でもない。この話の真骨頂は、中盤以降、認知症が悪化するにつれ、みさえの主観世界で過去と現在、幻想と現実が混沌といり混じってゆくところにある。いま、老人としてグループホームのベッドに寝そべっているみさえは、空想のなかであっというまに五十も若返り、もういちど人生を生きる。
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