ロリコン

 「小説家になろう」については過去何回か説明しているので、このブログを継続的に読まれているひとはご存知だと思う。初めてここを訪れた方のために説明しておくと、それは累計アクセス数、何億とも知れない巨大小説投稿サイトである。

 その投稿作品数は実に何十万という数に登るわけだが、まあしょせんシロウトばかりであるわけで、あまり特別にうまいひとは見あたらない。もちろん、きっちり全体を眺め、それなりの文脈を押さえて読めれば、シロウトの作品といえどもおもしろいのだが、プロ作品のようなクオリティを期待することはお門違いというわけだ。

 たしかになかには『魔法科高校の劣等生』の佐島勤や『ログ・ホライズン』の橙乃ままれといった、プロ並みの実力と才能のもち主が奇跡的に混ざっていたりもするのだが、そういうひとはやはりすぐにプロになってしまう。

 プロ級の実力を秘めていてしかも無名の才能など、まずいるものではない。いないいない、そんなひと。世の中そこまで面白くない。その、はずだった。しかし! じっさいにそういうプロレベルの実力を持ちながらほとんど無名の書き手を見つけてしまったのである。

 そのひとの名前は星窯里亜。代表作といかいちばん長い作品は『ロリコン彼女』(http://ncode.syosetu.com/n2075bi/)。Googleで検索してみるといくつか言及が見つかるので、完全に無名というわけではないが、アクセス数を見ると、ほぼ埋もれているといっていいと思う。

 このひとがじっさい、でたらめにうまい。ぼくは先日、友人から「「なろう」に非常に文章のうまいひとがいる」と聞いて、眉唾だと思いながら読んでみた。ところが、これが絶妙にうまいのだ。それは冒頭の数行を読んだだけでもわかった。

 ぼくは昔はそれなりの小説マニアだったから、文章のよしあしを見きわめる目はあると自負している。そのぼくの目から見ても、ほとんど文句をつけるところがない。完璧とはいわないにしろ、きわめて端正な文章だ。どこにも無理や力みがなく、すらすらと読めて疲れない。一見すると簡単に書けるように見えるが、その実、なかなか書けない類の文章だと感じた。

 論より証拠、『ロリコン彼女』第一話の冒頭を引用してみよう。

 抜けるような青空が彼女の後ろに広がっていた。たゆたう雲、揺れるスカーフ、彼女の肌の色。白さが目に眩しくて、まばたきを繰り返す。
 しゃくりと小石の擦れた音がして、足が一歩前に踏み出されたと勘付いた。空気の揺らぎが耳に入る。息を吸う音が聞こえた。
「お付き合いを申し込みたいのだけれど」
 僕の前に佇む彼女の名前は、橘佐綾子(たちばなさやこ)さん。僕と同じく一年生で、隣のクラスの女子生徒だ。
「つ、付き合うって、男女交際のこと?」
 口をパクパクさせ、混乱しつつもそう問いかけると、橘さんは無表情で首を縦に振った。これは肯定されたと取っていいのだろう。

 うまい。素晴らしい。完全に「野生のプロ」の仕事だ。あるいは普段から小説を読みなれていないひとは、ごくあたりまえの文章と感じるかもしれない。しかし、そのあたりまえが実はむずかしい。

 ひとは普通、何かしら文章を書こうとするとき、どこかで力みすぎてしまう。そうでなければ力を抜きすぎてしまう。まったく過不足なく必要なことを必要なだけ書くということは、実は高度なテクニックなのである。

 このひとは文章技巧の点ではいますぐライトノベル作家としてデビューできるだけのものを間違いなく持っている。少なくとも「なろう」でここまで癖のない文章を書くひとを見たことがない。極端な文章フェチのぼくがいうのだから間違いない。

 しかし、それではただ文章がうまいだけのひとなのかといえば、これがそうではない。展開も構成も実にハイレベルで洗練されているのだ。ぼくはものの2日で『ロリコン彼女』全36話を通読してしまったのだが、まったく疲労は感じなかった。

 それどころか先の展開が気になるあまり、ページをめくる手ももどかしく読み進めてしまった。こんなことはひさしぶりだ。各登場人物の背景の設定のしかたといい、伏線のはりかたといい、異常によくできている。プロの作家に劣っていない。それが無名なのである。信じられない。

 「なろう」では読者が付けたポイントによって作品がランキングされるのだが、『ロリコン彼女』の場合は現在、706ポイントという数字である(数日前まで600ポイント台だったのだが、ひょっとしたらぼくがTwitterで騒いだせいで増えたのかもしれない)。

 少ない! 少なすぎる! この数字に気づいたとき、愕然とした。ここまで完成度が高い小説がこのポイントしか集められないとはどういうことなのか。7000ポイントでもまだ少ないと思うが、それくらいならまだ理解できる。しかし、700はないだろう。あきらかに不当な評価だ。何者かの陰謀だ。ぼくたちはいますぐ立ち上がり、この不当な評価を覆さなければならない。

 いや、もちろん、どこも「なろう」の文脈にはまっていない作品だから、ポイントが集まらないことは当然といえば当然なのかもしれない。だが、もしこの作者さんが反応の薄さを嘆き、書くことをやめてしまったらあまりにももったいなさすぎる。

 このひとには確実に才能がある。それもどちらかといえばプロ向きの才能だと思う。これは絶対に埋もれさせていいレベルの作品ではない。いままで何千冊と小説を読み耽ってきたぼくの審美眼に懸けていう。『ロリコン彼女』は面白い。

 だからハンター協会会長選挙におけるレオリオのごとくぼくはいう。この小説を読んでほしい。そしてポイントを入れてほしい。ついでに感想も書いてくれたらなおいい。損はさせない。無料で読めることが信じられないようなクオリティなのだ。

 それはたしかに細かく見ていけば瑕疵がないわけではないだろう。しかし、全体にここまでソフィスティケートされた作品をネットで読むことができるということは、ひとつの奇跡である。

 ネット小説界にも荒削りの才能ならいくらでもいるだろう。が、ここまで高度に磨き抜かれた技巧はなかなか見つけられるものではない。才能の原石という次元ではないのだ。すでにして光り輝く宝石そのものなのである。それが、わずか700ポイント! ほかの作品はもっと少ない。ふざけるな。どうなっているんだ、この世の中は!

 まあ、世の中に憤ってみたところでどうしようもないのだけれど、それでもぼくは全身全霊でこの小説を推薦したいのだ。世界の不正を少しでも正したいと願う革命家のようにぼくは祈る。どうか、この作品がもっと知られますように。このひとの作品がもっと読まれますように。

 というか、読むのだ。小説の技巧的なよしあしは、その設定のインパクトやキャラクターの魅力に比べて一見してわかるものではないかもしれないが、わかるひとにはわかる。あなたも全編を読み通せばきっとわかるはずだ。だからこの作家と作品はもっと評価されてしかるべきだと思う。少なくともぼくはそう信じる。

 この作品が「なろう」で正当な評価を得られていないのは、ひとつには価値観があまりにも成熟しているせいかもしれない。『ロリコン彼女』で描かれているものは、依存ではなくきちんとした恋愛である。登場人物はそれぞれに自立しているし、ひとに過度の幻想を見ない。あまりにも「なろう」らしくない小説なのだ。

 だから、このひとはプロを目ざしたほうがいいと思うんだけれど、そのためにはもうひとつインパクトのある設定がいるかもしれず、本人はそういう方向を望まないのかもしれない。そこらへんはわからない。

 まあ、どういう「場」を望もうと本人の自由だが、とにかく書きつづけてほしいひとだ。少なくともぼくはすっかりファンになってしまったのである。とりあえず、ブログで読んでいるひとは以下のリンクをクリックしてほしい。メールで読んでいるひとはコピー&ペーストだ。一作のほんとうに楽しいラブコメディがあなたを待っている。


 読むのだ!