弱いなら弱いままで。
もともと無類におもしろく、「なろう」でも傑出した人気を誇っている作品だが、物語は「第三のターニングポイント」を迎えてさらに加速して行っている。
連載は一章の区切りを迎えていま休眠期間にあるので、ここらへんでこの作品の魅力を解説しておきたい。
『無職転生』は理不尽な孫の手という奇妙なペンネームの書き手によるウェブ連載小説である。
物語は、あるひとりのひきこもり中年男が交通事故にあい、死亡し、異世界に転生するところから始まる。典型的な「なろうテンプレート」に沿った展開。
しかし、テンプレどおりであるからこそ、作家の個性は際立つ。『無職転生』はここから圧巻のオーヴァードライブを開始するのである。
異世界でひとりの赤ん坊に転生した男は、ルーデウスと名づけられ、第二の人生を充実させるために努力しはじめることになる。
初めの人生を絶望のなかで過ごし、ついに幕をとじた男には、深い後悔があった。今度こそ過ちを繰り返さない。素晴らしい人生にしてみせる。
そんな感慨とともに歩みはじめた男は、少しずつ成長しながら人生をより良いものに変えていく。一度目の人生での絶望は、男を思慮深く、おごり高ぶらない人材へと変えた。
そしてルディはひたすら敵をつくらないように気を付けながら、少しずつ少しずつ人間的にも成長していくのである。
それにしても、いったいこの小説のどこがおもしろいのか? それを明確に解説することはむずかしい。たしかに作者のストーリーテリングは紛れもなく一定以上の水準に達している。
しかし、ただ小説技術だけを問うなら、もっとうまい作家はいるだろう。それにもかかわらず、『無職転生』はほかに類のない個性と魅力をもった作品なのである。
ひとつには、この小説が、ひとの弱さや愚かしさに対して寛容であることが挙げられる。何しろ主人公ルディは、もとが絶望的なダメ人間である。ひとのことを声高に糾弾できるようなキャラクターの持ち主ではない。
だから、かれはひとの弱点を上から見下ろして責めるようなことはめったにしない。善悪でひとを測って断罪したりもしない。倫理感がないわけではないが、とくにそういうことにこだわるタイプではないのだ。どんな意味でも「正義の味方」には程遠い男である。
そんなルーデウスが、いちいち自分の行動の意味をたしかめながら世界を歩いて行くところに、この作品のおもしろさはある。
ルーデウスは、初め、あらゆるモラルやバリューを嘲笑する「傍観者」だった。しかし、じっさいにひとりの人間として生きていくうちに、かれは現実世界と向きあうことになる。
純粋なひとごとなら、どうとでもあざ笑うことができても、じっさいに目の前に困っている人間がいたらつい助けてしまう。そういうことはある。
かれの生き方は空想のナルシシズムのなかですべてを判断してきた人間がほんとうの現実と出会っていくプロセスそのものである。
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