石田衣良『スイングアウト・ブラザーズ』を読み終えた。どうもぼくは文体が合う作家ばかり続けて読んでしまう傾向があるのだけれど、石田衣良もそのひとり。軽快でリズミカルな文体に惹かれて、ほとんどの作品を読んでいる。

 石田の作品の第一の特徴はその驚異的なリーダビリティだろう。とにかく入りやすく読みやすい。一旦、読み始めたら物語の結末まであっというま。

 スリル満点な小説をジェットコースターに喩えることがあるが、石田の作品はさしずめラグジュアリーな高級車の乗り心地だ。

 たしかに、ただ読みやすいだけじゃないか、と悪口をいうことはできるだろうが、そういうことをいう人はただひたすらに読みやすい小説を書くだけのことがどれほど途方もない才能の産物であるかわかっていないのだろう。

 読み手が一切のノイズなく作品世界を駆け抜けられるとき、書き手のほうはおそろしく繊細に気を遣っているものなのである。たとえ、一見してそうは見えないとしても。

 さて、『スイングアウト・ブラザーズ』。物語は、大学時代から古い友人の中年男たち三人が、付き合っていた女性たちからほぼ同時に三下り半を突きつけられるところから始まる。

 まさにスイングアウトの三者連続三振。いったい自分たちに何が足りなかったのか? 思わず考えこんでしまう三人の前に、大学時代の先輩が現れる。

 彼女がいうには、モテない男たちを立派なモテ男に成長させるというビジネスを始めるつもりだという。ついては、三人には特待生として無料入学してほしいのだと。

 その願いを聞いて、半信半疑ながら彼女に付いていくつもりになった三人を待っているのは、モテ男に成長するためのさまざまな試練だった――というのが概要。

 三者三様に、髪が薄かったり、時代遅れの長髪だったり、体重が三桁近かったりと、モテには程遠い状況にいるスイングアウト・ブラザーズたちが、ファッションや教養やコミュニケーション・スキルを学びながら成長していくプロセスはなかなかに興味深い。

 この手の小説の面白さは「モテるための自分の磨き方」にほんとうに説得力があるかどうかで決まって来ると思うのだが、そこは「学生の頃から現在に至るまで、恋人がいない期間がほとんどなかった」と公言する石田衣良、さすがにうまい。

 特別、変わったことを提示するわけではないのだが、だからこそ王道の正しさがある。

 しかし、読めば読むほどに、「女性にウケるための努力って大変だなあ」とげんなりしてくるのも事実。読み進めるうちいつしか、なぜそこまでして恋愛しなければならないのか?という根源的な疑問が浮かんで来ることは止められない。