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十九歳の地図

監督=柳町光男
『十九歳の地図』DVDはディメンションより9月2日に再発売。レンタルあり。

マンガやテレビドラマの『東京都北区赤羽』で東京都北区という地域を知った読者もいるだろう。作品から読み取れる北区は個性的な人間が集まり、エキセントリックでありつつ伝統的な下町の人情味も兼ね備えた呑気な近郊商業地というイメージだ。たしかに現在の北区にはそうした平和な空気がある。しかし下町のように江戸時代からの文化施設が残る地域ではない。北区には「東京朝鮮中高級学校」という北朝鮮系のエスニック・スクールがあり、同校を囲むように自衛隊駐屯地が点在する。その立地は80年代まで様々な政治対立と暴力抗争を呼んだ。


学校や駐屯地の前身は戦後占領期の米軍の軍事施設で、それは戦前には巨大な兵器・火薬工場(陸軍造兵廠)だった。戦後、その軍施設解体によって様々な歪みと退廃が押し寄せたのが北区である。もともと今日の天下太平な商業地だったわけではなく、むしろ貧困と粗暴行為に満ちた悪場所のイメージだった。だから葛飾区、墨田区のように下町映画の舞台になることもなく、映画があっても非常にダークな内容だ。

もっとも記憶に残る北区映画は柳町光男監督による『十九歳の地図』(1979年)である。本間優二を主演に、北区の新聞販売店で働く若者と中年落伍者の友情と苦悩を描く。新聞配達青年の物語であるから、北区の街路、ランドマークがよく出てくるが、飛鳥山公園にあったレトロな展望台のみならず、現在では整備されてしまった用水路のドブ川然とした景色やガスタンクも映し出される。もっとも衝撃的な映像は、造兵廠解体後、その引込線跡地を埋め尽くした在日朝鮮人たちのバラック集落だ。「王子スラム」と呼ばれていたその場所は映画の中で主人公が見る地図に記されているから、DVDで点検すれば現行の地図と照合することもできる。


スラムは現在、小奇麗な公園になっている。地域の負の遺産は地図からも歴史から抹消されていくことが、この
35年前の映画を観ることで理解できる。


助演する蟹江敬三と沖山秀子の見事な地元民ぶり。彼らのイメージこそが、ふた昔前の「北区」である。そして地域の人間の生活的背景は「東京都北区赤羽」にも確実に受け継がれているはずだが、かのマンガ、ドラマからは貧困と暴力の匂いは完全に払拭された。だが映画『十九歳の地図』には、失われた東京都北区の現代史が黒々と染みつけられている。拭いがたき現実が、このDVDの中にある。

文=藤木TDC

text by Fujiki TDC

藤木TDC

ふじき・てぃーでぃーしー1962年、秋田県生まれ。フリーライター。『宝島』『特選小説』『映画秘宝』などで連載し、映画、東京、スポーツなど幅広いジャンルで執筆活動を続けている。『アダルトビデオ革命史』(幻冬舎新書)、『場末の酒場』(ちくま新書)など著書、共著多数。