来年1月4日シンガポール大会でのUFCデビュー戦が決定した菊野克紀。我が道を往く空手をベースとした一撃必殺のファイトスタイルは現在のMMAでは異端な存在。最近では沖縄拳法空手を取り入れたこともあり、ここ5戦はすべて一本&KO勝利という結果を残している。「触れれば倒れる」という菊野の拳は北米を震撼させることはできるのか!?

沖縄拳法のおかげですよね。触れば倒れるんです。打たなくてもいいですね、触れれば……

――菊野さん! UFC参戦が決定して環境も様変わりしますし、モチベーション自体も変わってきてるんじゃないですか?

菊野 ……うーーーーーん。

――あ、そうでもないですか(笑)。選手にとって試合は試合、そこは変わらないわけですね。

菊野 そうですね……いや、あまり「変わらないようにしている」のかもしれないですね。

――平常心を保とうとしていると?

菊野 これまでボクは「世界で一番になる」という目標のなかで闘ってきたので、現時点で「世界で一番」は間違いなくUFCのチャンピオンですから、当然UFCの出場を目標にしてきました。だからといって出場が決まったから「嬉しい」という気持ちじゃないんですよね。

――その場で勝って初めて達成感が生まれるというか。そこはどのファイターも異口同音でおっしゃいますね。

菊野  UFCってファイターとして「死ぬ」かもしれない場所じゃないですか。だからそこは「戦(いくさ)に行くぞ!」くらいの気持ちですね。

――戦(いくさ)ですか! どの団体も戦績が悪かったら契約を打ち切られますが、UFCはシステムとして契約破棄が組み込まれてますから、そこの厳しさはありますね。

菊野 それに相手はバケモノだらけで、その中で勝ち続けないといけない。それにUFCとなかなか契約できるチャンスって少ないじゃないですか。「また次の機会にすればいい」という甘い世界じゃなくて、みんなUFCに出たくて順番待ちをしていて、一回のチャンスをものにしなきゃいけない。なので、そういう意味で「嬉しい」じゃないんですね。

――ところで今回のオファーはいつ頃あったんですか。

菊野 前回の試合(826日イ・ヨンジェ戦)のちょっと前ですね。佐伯(繁、DEEP代表)さんもいろいろと便宜を計ってくれて。ボクはずっとDEEPで闘ってきましたけど、対戦相手も一巡してこれからどうしようかを考えていました。

――そういう意味ではドンピシャなオファーだったんですね。

菊野 いやでも、UFCに関してはもうちょっと先だと思っていました。

――といいますと?

菊野 いまのボクが格闘家としてピークだったら迷わず行くんですけど、いまはまだ強くなる途中なんで。でも、こうやってお話をいただけることもなかなかないし、「いまの自分でUFCで勝てるのか?」って考えたときに「1月の試合までにはその試合に勝つぶんだけは強くなれるんじゃないか」、そして「その次の試合までにはその試合に勝つぶんだけ強くなれるんじゃないか」……っていう自分なりに答えを出して。

――間に合うという結論が出た。

菊野 ギリギリですけど(笑)。

――そこでUFCのオファーを断る自分って想像できました?

菊野 全然ありえましたね。

――はっはー。

菊野 そこは記念受験じゃないんで(笑)。やっぱり「勝てない」と思ったら行かないですよ。そこは「出る」のが目的じゃなくて「勝つ」ことが目的ですから。で、「勝てる」と思えたんです。来年1月のボクだったら。

――なるほど。UFCからのオファーだからってホイホイ乗っかるわけではないんですねぇ。

菊野 ボクは本当に世界チャンピオンになりたいんですよ。ボクがやってることのすべては世界チャンピオンになるためにやってます。そのためにUFCに行かないという判断もあったと思います。それにボクの場合、負けてクビになって帰ってきたときに引退することも考えるかもしれない。UFCって一度、契約を切られてからまた声がかかるのって相当難しいと思うんですよね。それだったら今回は断って、何年後かに強くなって格闘家としてピークのときに行くほうがいいかもしれないですよね。

――たしかによっぽどの実績を残さないとUFCとの再契約は難しいですね。

菊野 そこらへんはボクも真剣に考えているのですけど、ボクはUFCの試合ってあまり見ないんですよ。たまにUFCの試合を見て「凄いな!」って驚きますよ。「ボクにはこんなふうには闘えないな……」って。

――いわゆるMMA最先端戦術は菊野選手にはできない。

菊野 はい。そんな凄い彼らに勝つ「武器」がなんとか間に合うんじゃないかってことで今回のお話を受けたんです。

――まあ、菊野選手の試合ぶりもUFCファイターからすれば「あんなふうには闘えないな」と驚かれるしょうけど(笑)。

菊野 単純に面白いと思うんですよね、我ながら(笑)。

――まさに「東洋の神秘」ですよ! 今回の試合はシンガポールですけど、菊野選手のスタイルってアメリカで受けそうですね。上原投手の牽制球アウトで「忍者!」と大騒ぎする国民性からすると(笑)。

菊野 正直、ボクもワクワクしてますね。こういうスタイルで闘うのは楽しいですよね。まあ漫画じゃないですか、「触れば倒れる」って(笑)。

――次回はぜひラスベガスで闘ってほしいです! 他の試合映像はあまり見ないということでしたが、今回の対戦相手(クイン・マルハーン)の映像も見ないんですか。

菊野 送ってもらった映像はひととおり見ました。何度も見たりはしてないんですけど、「こういう感じの選手なんだな」ってくらいで。190センチもあって顔にパンチは届くんですかね(苦笑)。

――存在自体がバケモノですねぇ。いままではウェルター級で今回の試合からライト級転向になるそうで。

菊野  18勝3敗なんですよね。UFCってそんなヤツらのがたくさん集まってるわけじゃないですか(苦笑)。

――各中学校の番長が集まってくる不良高校っぽいですね(笑)。

菊野 だからって情報に惑わされたくはないんで、あまり相手のことは考えないようにしてますね。

――研究しないことへの不安ってないんですか。

菊野 相手によって自分を変えたくないんですよね。それをやっちゃうと自分の良さを殺してしまうので。ボクは頭で考えると動けないタイプみたいです。

――格闘家の中では思考派っぽいですけど。

菊野 いやいや(笑)。それは武術的な発想かもしれないですけど、なるべく「無」というか「無意識」で闘うようにしたいんです。細かいことをゴチャゴチャ考えるんじゃなくて。

――え~っと、それは無意識に技術の引き出しを開けていく感じですか?

菊野 そうですね。勝手に身体が動く、その場で起きたことに反応していく感じです。

――逆に意識して引き出しを開けようとすると、どうなっちゃうんですかね?

菊野 相手と距離がある場合はそれでもいいんですよ。でも、相手にパンチが届くくらいの距離のときに「右ストレートを打とう!」と意識しても遅いんですよね。考える前に手が出てないと当たらないです。ほかのファイターもそういう認識をしてるかどうかはわからないですが、そこは一緒だと思います。

――考える前に手が出てるかどうか。

菊野 要はそれは練習を繰り返した結果、身につくものであって、気がついたら勝っていた、倒していたとなると思うので。頭を介さずに勝手に身体が動いたほうが早いですし、相手がこうだとか考えないほうがボクはいいですね。

――それは試合中に考えちゃったことで負けた反省もあるんですか?

菊野 当然あります。まさに北岡(悟)選手との試合なんかにそうですよね。相手が寝技が強いから寝技に行かれないように意識しすぎたんですね。それで攻めれなくなった。もちろん攻めてあっさり負ける可能性もあったけど、意識したことで自分のパフォーマンスが全然できなかった。だから自分を出したほうが勝率は上がったんじゃないか、と。この試合で得たものは大きかったです。

――武道とMMAの噛み合わせって手応えはどうなんですか?

菊野 「戦い」という意味では一緒なのでリンクします。総合格闘技はルールの制約が少なくて自由に闘えるからわりと繋げやすいんですね。ルールが増えていくと活かせる部分が減っていくんですけど。

――活かせる部分というと?

菊野 単純に威力があるってことですね。少なくとも沖縄拳法を習ってからパンチの威力が大きく増したし、「見えにくい攻撃」ができるようになったんですよ。速さだったらボクシングのほうが速いと思います。でも、体感速度は沖縄拳法の突きのほうが速いかもしれない。そういう動きを型によって学んでいてボクは一日の半分は型の稽古に費やしていますね。

――それは型の練習を繰り返すことによって無意識化するってことですね。

菊野 まさにそのとおりです。強い突きを打とうと意識した時点で強い突きは打てないです。無意識化することによって強い突きが打てるようになる。

――でも、その融合は体系化されてないから、ほかの人にアドバイスを求めるわけにはいかなですね。

菊野 まあ他にやってる人がいないですから(苦笑)。

――たとえばUFCで活躍中のリョート選手の空手スタイルとはまた違うわけですよね?

菊野 リョート選手は松濤館空手で学んだことを活かして闘っていて、それはそれでほかのファイターと違うのでやりにくいんだろうなあと思いますけど、ボクとは違いますね。だから武術を総合格闘技に活かしてくれる先生がいるわけではないので、習ったものをどう組み立てていくかを自分で考えるわけです。

――それってメチャクチャ大変な作業ですねぇ。

菊野 大変ですよ! 沖縄拳法に出会うまでにいろいろ悩みましたし……。ボクは1年8カ月前に沖縄拳法に出会ったんですけど、その前はボクの試合を見ればわかりますけど、試合のたびに構えが変わってたりしてたんですよ。もちろん負けたりもしてましたし。でも、さっきも言いましたけど、UFCのファイターと同じことをやっても勝てるとは思えないんですよ。あのレスリングや寝技をやって5分5ラウンドも動けないですよ(笑)。

――そこは白旗ですか(笑)。だったら自分の武器を磨くしかない!と。

菊野 はい。何かしらを見つけなきゃならない。それがボクにとっての武術なんです。それでいろんな先生に教わったり、本を読んで練習して試合で試すってことを繰り返してきたんですね。それなりに成果もあるけど確たる自信は持てなくて、そうやっていろいろと試してきたんですけど、沖縄拳法の山城(美智)先生に出会って。もう突きを一発喰らって次元が違ったんですよね。これは人が死ぬ突きだって。

――まさに地獄突き!

菊野 パンチというものとは質が違いましたね。前から「パンチと突きの違いってなんだろう?」って考えていたんですけど、身体の使い方や威力も違いますね。それは「空手ってなんだ?」って話にも行き着くんですけど、これが空手なんだって。その先生も凄かったんですけど、お弟子さんの突きも凄いんですよ。ボクより痩せてるんですけど、威力はボクより全然あって。

――それはつまり先生の才能だけで生み出されたものではないってことですね。

菊野 はい。沖縄拳法空手の体型がしっかりしていて、それを学べば誰でも強くなれるんだってことなんです。型をやれば強くなれる。それで信じて一生懸命練習して、いまはそれなりに結果も出てるので、このペースでいけばUFCに間に合うかな、と。

――菊野選手が沖縄拳法に熱中してることってほかのMMAファイターからはどう思われてるんですかね?

菊野 ……最初は頭がおかしくなったと思われてたと思います(笑)。

――アハハハハハ!

菊野 ジムでみんながサンドバックを打ってるときにひとりでひたすら型をやってるわけですから。それに最近なんかは武器もやってますからね。

――武器!

菊野 さすがに家でですけど。

――いや、家で振り回すほうが刺激的ですよ! ブルース・リーマニアのダナ・ホワイトは喜びそうな話ですけど(笑)。