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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/05/22
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今回は、ニコ生ゼミ05月12日(#281)から、ハイライトをお届けいたします。

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 【『世にも奇妙な人体実験の歴史』 その1 】18世紀以前のヨーロッパの悲惨な医療


 ということで、今日は『世にも奇妙な人体実験の歴史』という本の話をします。

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 自分の身体を使って研究した科学者たちの話です。まさに、マッド・サイエンティストの話だよね。

 特に、冒頭に取り上げられている “ジョン・ハンター” という人。

 これ、わかるように付箋を貼って来たんだけど。

 付箋が1つに見えるよね?

 実は2つなんだよ。

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 ジョン・ハンターについて書かれた部分って、実はこの本では18ページしかないんだけど。

 もう、ニコ生3回分で取り上げれるくらい面白過ぎるんですよね。

 あまりにもジョン・ハンターが面白過ぎたので、僕、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』という、このジョン・ハンターだけを書いた本を読んだんだけど、こっちも、もうメチャクチャ面白くて。

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 これを全部取り上げるために、付箋を貼りながら読んでて。

 本当に、今週は本を読むのが止まらなかったんだけど。

 まあまあ「どんな話か?」からやっていこうか。

・・・

 さて、18世紀の終わりから19世紀というのは、一般には “科学の時代” というふうに言われてる。

 18世紀の後半くらいから、ヨーロッパ社会は本格的に科学時代に入って行ったんだけども。

 そんな科学の中でも、唯一、医学のみが、こと実用という意味では遅れていたんだ。


 『ターヘル・アナトミア(解体新書)』ってのがあるじゃん?

 この『解体新書』というのが日本で訳されたのが1774年。

 18世紀の後半なんだけど。

 これを読んだ杉田玄白は「ああ、日本の医学は西洋に比べて大きく遅れてる!」って思ったそうなんだ。


 しかし『ターヘル・アナトミア』の原本は、ドイツで1722年に出版されていたもので、杉田玄白が訳したのは、12年後の1734年にオランダ語に翻訳された版なんだ。

 なので、『解体新書』の中には、実は誤訳が多いんだよ。

 なぜかと言うと、元のドイツ版がオランダ語版に翻訳された時に、すでに翻訳の間違いが何箇所もあったから。

 そうとは知らず、杉田玄白がそのまま信じて、訳しちゃったからなんだけど。

 まあ、その『ターヘル・アナトミア』を見て、杉田玄白達は「ヨーロッパの医学科学は進んでる! 日本は遅れてるんだ!」というふうに嘆いた。

 しかし、とんでもない。

 実は杉田玄白が翻訳した時代、18世紀のヨーロッパというのは、紀元2世紀のローマの時代の医師 “ガレノス” という人が提唱した間違った医学というのを、いまだに信じてたわけだ。

 ……紀元2世紀だよ? 


 このガレノスというのは「解剖学をベースに近代的な医学を確立した」という、まさに医学の父と言われてるんだけど。

 なんかね「解剖学をベースにしてた」というのは本当なんだけど、ガレノス自身は、生涯、人間を解剖したことがなかったんだよ。

 動物しか解剖したことがなかったんだよね。

 動物を解剖して、臓器を見て「たぶん、この臓器はこんな役割だろう」と考えてた。

 それも、この臓器の役割っていうのを…

 …ガレノスというのは、もともとローマ時代の医者なんだけど、それまた前のギリシャ時代の医学の信奉者だったもんだから、そのギリシャ時代の医学にピッタリ合うように自己解釈して読んでたんだよね。


 ギリシャ時代の医学には “四体液説” というのがあるんだ。

 人間には、胆汁とか、血液とかさ、そういう4種類の液体が流れている。

 「この4種類の液体のバランスの狂いによって、人間は病気になってしまう」という考え方が、ギリシャ時代の医学にはあったんだけど、

 ガレノスはそれを、それを紀元2世紀のローマ時代に、動物の解剖をしながら「その四体液説によると、この臓器はこの役割に違いない」と調べながら、犬とかネズミとかの動物の解剖結果から、人間についても書いていた。


 だから『ターヘル・アナトミア』というドイツの医学書が、この時代の書物としては、ちょっと変な物だったんだ。

 当時のヨーロッパにも、そういった医学書を読んでいる人というのは多かったんだけども、あくまで「チラチラと読んで、それをガレノスの四体液説に当てはめて考える」という人が、すごく多かったわけだよね。

 18世紀のヨーロッパの医者のほとんどは、ローマ時代の医者の学説をそのまま信じ切っていたので、実は、この当時発見された最新の科学的な成果というのは、まだまだ医学の世界には降りて来ていなかった。

 だから、この話の舞台となるイギリスのお医者さんにも、『ターヘル・アナトミア』を訳した杉田玄白並の知識を持っていた人なんて、ほとんどいなかった、と。

・・・

 なぜかというと、18世紀の当時の医者の試験というのは「ラテン語の面接」だけだったんだよね。

 ラテン語が出来るかどうか?

 つまり、ラテン語で書かれたガレノスの四体液説の本が読めるかどうか?

 それを理解しているかどうかというのを教師に聞かれて、それに口で答えられたらOKみたいな状態だったんだ。

 その試験をパスしたら、あとは何年間か修行をすれば医者になれるということね。


 この時代のヨーロッパにおける医者というのは、「内科医」のことだったんだよ。

 内科のお医者さんが「医者」というふうに言われ、外科医というのは存在しなかった。

 そうじゃなくて、「床屋外科業界」というふうに言われたり「床屋外科組合」というのがあった。

 僕らは、なんとなく「床屋さんのサインポールが赤・白・青の三色がクルクル回っているのは、昔は床屋さんがお医者さんを兼ねてたから」という雑学の知識は持っているんだけど、それがなぜかはあんまり知らないよね?

 そもそも、当時の医者というのは、患者を触ったりしないんだ。

 そういうことは “下賤な人間のすること” であって、脈をとるのも、下男がやったりする。

 そういったお付きの人の報告を聞いて、ガレノスの知識と頭の中で照らし合わせて「じゃあ、この薬を出しましょう」と言って、効き目のない薬を出すというのが医者の仕事だったんだ。


 で、ガレノスの四体液説に沿って「ああ、ここの部分の体液が高まり過ぎているから悪いんだ」といったら、“瀉血” という、こう、血管をバーンと切って血を出すという治療をするんだけど。

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 この血管を切る治療、腕のある部分を切って血を出すという治療行為をやるのが “床屋外科” という人たちだったんだよね。

 そういう人たちをまとめて「床屋外科業界」と言ったんだけど、こういった医学が本当に行われていたんだよ。


 日常的にナイフとかカミソリを扱い慣れている床屋さんが、床屋外科組合というのを作って、瀉血のような治療をしていた。

 その他には、さっきも言った内科のお医者さんが薬をくれる。

 その薬も、もう3種類しかなかったんだ。


 まず、いわゆる浣腸とかをする下剤と、あとは嘔吐させるための薬。

 そして、水銀。

 水銀というのは、はっきり言って毒だし、もちろん口に含んだら歯が抜けたり、いろんな悪い事が起こるんだけど。

 この3種類くらいしか出さなかったんだ。

 それでもダメだなら、床屋さんが呼ばれて、こんなふうに血を抜かれるというのが当時の医療でした。


 そんなふうに「病気を治すには悪い部分の血を抜くしかない」というふうに、本気で思われていたんですけど。

 この瀉血という行為についても、実は100年近く前の17世紀、1600年代に、ウィリアム・ハーパーという人が “血液循環説” というのを唱えて「悪い部分の血なんてない。全身の血は心臓から始まって心臓に戻ってくるわけであって、腰が悪いからといって、腰の血を抜いても無駄です」と発見しているし、もう論文にも書いていたんだよ。

 みんなも、その論文は読んでいるんだけど。

 ところが、それを読んでいたとしても、みんなガレノスの四体液説というのを信じちゃっていた。

 つまり、まず、絶対の “聖典” というものがあって、その他に異端かもしれない本というのがあって、それらを読み比べることで、なんとなく自分の立ち位置みたいなものを決めてた。

 そういうふうな時代だったんだ。

・・・

 だから、ウィリアム・ハーパーが血液循環説を発表してから100年後の18世紀のロンドンでも、多くの医者や外科医が「悪い部分の血を抜く」という治療法で患者の命を縮めていた。

 つまり、「内科のお医者さんにかかったら毒薬を処方されるし、外科のお医者さんにかかると、気を失うまで血を抜かれる」と(笑)。

 これ、本当に気を失うまで抜いて、気を失わなかったら、女の患者さんが「もっと抜いてください!」って言ってたような時代だから。

 この、血液循環説という学説はあったし、『ターヘル・アナトミア』のような正確な解剖学の知識はあったんだけど、それを正しく応用する医者というのはほとんどいなかった。

 それが、18世紀の医学界です。


 大半の医者は、ギリシャローマ時代の本を読んで、それを馬鹿みたいに繰り返すだけ。

 だから「医者にかかっても死ぬだけだ」と言われていて、大体の人は民間療法ばっかり試していました。

 だって、「医者というのは、診察費がバカ高い割りに、かかっても死ぬ」なんてことは、もう庶民でもわかるわけだよ。庶民だってバカじゃないから「医者にかかった方が身体が悪くなる」ということが、段々とわかってきた。

 なので、民間療法をやるしかなかった。

 その結果、怪しげな薬の広告が新聞の中にいっぱいに増えた。

 当時の新聞を読むと「これも治ります! これにも効きます!」という広告が本当にいっぱいあるんだ。

 だけど、庶民が自己防衛するためには、そういった怪しげな民間療法の薬をいろいろと試してみるしかなかったんだよね。


 19世紀の後半になって、コカ・コーラが登場し、最初はお薬として普及したものが、どんどんと清涼飲料水になっていくというのは、この土壌があったから。

 まず18世紀までは、医者というものが徹底的にアテにならなかった。

 19世紀くらいから、ようやっと科学的なことを言い出すようになったんだけど、庶民としてはやっぱり「そこで得られるメリットとデメリットを秤にかけると、民間の怪しい薬の方がまだマシかもな」と思っていたことが、コカ・コーラの誕生になったわけだ。

 まあ、歴史というのは、本当に繋がってるよね。


 つまり、杉田玄白の憧れた西洋医学というのは、ごく一部の限られたものであって、たぶん、日本の漢方薬学と蘭学が混ざった状態の方が、ひょっとしたら当時の一般的なヨーロッパの医学と比べたらマシだったかもしれない、というふうに僕は考えています。

・・・

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 さて、そんな18世紀の医学界を根本的に変えちゃった人が、この本の最初の方に出てくるジョン・ハンターです。

 この本の中に書かれている、ハンターが自分に対して行った人体実験で、特に有名なのが性病の実験でした。


 当時、医者に求められたのは “惚れ薬” と “性病を治す薬” ばっかりだったんだよ。

 当時のヨーロッパというのはセックス革命の真っ最中で、とりあえず性病が大流行していた、と。

 
 本当に、医者に掛かる患者の4人に1人が性病に掛かってたそうなんだよ(笑)。

 で、性病に掛かりながら、「性病を治してください、先生! ……ついでに、最新の惚れ薬はありませんか?」と聞くのが当たり前の状態だったんだけども。

 その時代の性病には、淋病と梅毒の2種類があった。

 そして「淋病というのは命には影響せず、勝手に治る」というふうに、ジョン・ハンターは考えていたんですね。


 今回の話の主人公のジョン・ハンターは、「淋病というのは命に関わるわけじゃなく、放っておいても、健康にしていたら自然に治癒する。しかし、梅毒というのは放っておいても治らない。治療しないと死に至る病だ」と考えていました。

 そう考えた結果、ハンターは、まず、自分の淋病の患者を2つのグループに分けて、一方のグループには単にパンを丸めたような偽薬を与え、もう一方の患者には、当時、一応「淋病に効く」と言われていた薬を与えてみた、と。

 すると、どうなったか?

 両方のグループ共に、全く同じように、数週間で淋病は治って行った。治癒していったわけだよな。

 それを見たハンターは、「ああ、やっぱり」と。

 淋病という性病に関しては、特に薬などを処方しなくとも、健康にさえしていれば、完全に治るかどうかはわからないけど、どんどん病状が軽くなると。

 ハンターは、この実験で自分で確かめたつもりになったんだ。

・・・

 次に、ハンターはもう1つ仮説を持っていた。

 「淋病というのは性器の病気、男性だったらおチンチン周りの病気なんだけど、それが全身に転移していくと梅毒になるのではないか?」と考えていたんだ。

 現在では、この考えは完全に否定されていて、淋病と梅毒というのは全く別の病気として知られているんだけど、当時は全くそれがわからない状態だったので、ジョン・ハンターは「淋病と梅毒は同じ病気であって、淋病がどんどん進行して、軟性下疳というおチンチンに腫れ物が出た状態になり、もう治らなくなった状態のことが梅毒というのではないか?」って考えたわけだよね。


 これを調べるには、健康な患者に淋病を感染させて、それを治さずに放置して、経過を調べればいいと考えたわけだよね。

 そして「こんな危険な実験に使えるのは、自分の身体しかない! なぜなら、俺は健康で、淋病にも梅毒にもかかってないからだ!」とジョン・ハンターは考えた。

 だって、経過観察を毎日毎日しなきゃいけないわけだよ。

 「毎日毎日おチンチンを見て、どれくらい淋病が進行しているのかを調べるためには、これはもう自分自身でやるしかないわ」って、気が短いジョン・ハンターは思いついてしまったんだ。


 その結果、ハンターはさっそく自分のおチンチンにナイフで傷を付けて、その傷口に淋病患者のおチンチンについていた膿をすり潰したものを、本当に毎日塗ったくったわけだ。

 毎日毎日塗って、「さあ、これがどういうふうになるのか?」と、薬も飲まない、不健康な生活を続けながら、経過観察をずっとしていたわけなんだけど。

 そしたら、何週間か経って、ついに梅毒の症状が出てきたんだよね。

 ジョン・ハンターのおチンチンには軟性下疳といわれるシコリが出来て、梅毒の症状が出た。

 もう、この時ハンターは「やった! 俺の思った通りだ!」と、もう手を打って喜んだそうなんだけど。


 これね、ハンターの大間違いなんだよ。

 ハンターは「1人の患者が淋病と梅毒に同時にかかってる」という可能性を全く考えてなかったんだよね。

 ハンターがたまたま「よし、こいつの淋病の膿を俺のおチンチンに移そう」と思った患者が、実は、淋病と梅毒の両方にかかてたもんだから、ハンターは淋病と同時に梅毒にもかかってしまったんだよね。

 この梅毒、当時の医学では、まだペニシリンがないから、治しようがなく、その後、一生ハンターは梅毒に苦しんだんだけど(笑)。

 それくらいは、この人にとっては “当たり前のこと” だったんだよね。


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