私の意思一つで起爆する爆炎球を肩に浮かべながら、男は坑道内を先導し続ける。その背中を常に視界のどこかに捉えながら、私は少なからず違和感を覚えていた。

 この男が廃坑入口で言った『あんたが来るとは』という言葉。あれは、私の存在が想定外であるからこそと思った。しかし、私を『不落』として認識しながら少しも狼狽える様子はなく──これでも不埒な輩どもにはそれなりに名が知れている身だ──にもかかわらず身体検査も武装解除もないままに招き入れ、そうしておきながら単独での不意打ち。窮地においては仲間を喚ぼうとすらしなかった。それらに加えて、匂いだ。この男がただの山賊風情であるなら、組み伏せた時に油脂が腐り固まったような特有の不快臭がしてもおかしくなかったはずだ、だがそれも無かった。過去の経験則に当てはまらない事例などいくらでもあるが、それが二度ならず三度を超えてくるなら話は変わってくる。

 この違和感をどう捉えるべきか。この連中がまだ駆け出しの素人集団であるだけなのか、或いは……。

「着いたぜ、ここだ」

 振り向く男の声に不意を突かれ、ハッと我に返る。動揺を悟られぬようゆっくりと視線を向けた先には、一際暗い横穴が口を開けていた。ほんの少しの間を置いて視線を戻すと、燈色に照らされた男がわざとらしく片眉を上げる。お先にどうぞということらしいが、この状況で敵に背中を見せるなど、余程の自信家か考え無しの阿呆がすることだ。私にその気がないと悟った男は、やれやれといった表情で歩き出す。その後ろ姿を蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られながらも、視界の通らない通路を十歩ほど進んだ先には、それまで反響していた足音すべてを吸い込むような、開けた空間が広がっていた。


 ここは廃坑の中継地点だろうか、今までの狭苦しい坑道とは違い、帝国軍の練兵場を思わせるほどに壁は遠く天井も高い。その至る所に木組みの足場や階段などが巡らせてあり、壁に掛けられた松明やランタンがそれらを淡く照らしている。案内の終着点はどうやらこの広間の中央らしく、粗末な椅子やテーブルを十人ほどが囲んでいる。そのほとんどは案内役の男と同様の身なりをしていたが、その中に異質な者が二人いた。

 一人は、遠目にも椅子に拘束されていることが分かった。政府高官に支給される男性用の官服に身を包んでおり、足や胴体に食い込む荒縄は見るからに痛々しい。おそらく両手も椅子の背に縛り付けられているのだろう。頭には雑に編み込まれた袋を被せられておりその表情は見えない。

 それを遮るように、もう一人が堂々と椅子に身を預けていた。周囲の連中よりも目立って重装備であり、急所になり得る箇所には金属板による補強がなされている。頭部すべてを覆う兜には視界確保のための切れ込みがあるようだが、この薄暗がりでは、近付いたところでその内部までうかがい知ることは難しいだろう。だがその容姿や威風からして、連中を束ねる頭目であることは容易に想像できる。

 彼らから少し離れた位置で足を止めた案内役の男は、私の歩みを制しながら言った。

「交渉人をお連れしました、聖騎士団の『不落』です」
「……ほう、随分と大物が来たものだ。首尾は?」
「上々です。多分いけますよ、多分ね」

 頭目らしき兜付きのくぐもった声は、相応に年齢を重ねた男のものだ。話を続けようとする案内役を押しのけながら、私は男に施していた防護魔法を解除、照明代わりの爆炎球を私の頭上へと追随させた。そろそろ交渉の時間だ。

「自己紹介は必要なさそうだな。こちらはカネ、そちらはゴルトマン氏の身柄、それで取引は完了だ。まずは氏の無事を確認したい」

 私のその発言から、しばしの静寂がその場を支配した。誰も喋らず、誰も動かない。あと二~三秒ほど誰も喋らないようなら、とりあえず案内役の男に回し蹴りでも喰らわせようかと思い始めたところで、頭目が周囲を一瞥した。それに応えるように、配下どもが無言のままに頷いて見せる。そして、改めて私を正面に見据えると。

「……良いだろう、顔を拝ませてやる」

 言うや否や頭目は、ゆっくりと自らの兜に手を掛けた。なんの抵抗もなくスルリと脱ぎ捨てられたそれは、坑道内すべてに響き渡るほどの音を立てながら、引っ掻き回すように地面を転がっていく。そして露出する、顔。そこに、これまで得ていた違和感の正体を垣間見たのだ。交じり白髪に、顔の皴、射抜くような眼……間違いない、こいつは。しかし、なぜ。

「ゴードン・ゴルトマンだ。話すのは初めてだな、『不落』殿」




前章→https://ch.nicovideo.jp/game-yo-kai/blomaga/ar2207376
次章→https://ch.nicovideo.jp/game-yo-kai/blomaga/ar2210099