『風雲児たち』という歴史マンガでお馴染みのマンガ家・みなもと太郎さんは、1947年生まれだから団塊世代のど真ん中だ。物心ついた頃からマンガを読み、ひらがなは全部マンガで覚えたという。当時は物資が不足している時代で、当然マンガも少なかったけど、そういう中でみなもとさんは貪るようにマンガを探し、読み続けていたという。

それが、小学校に上がったり中学校に上がったりする頃になると、状況が変わってくる。一つは、高度経済成長で日本が豊かになり、それまで以上にマンガが読みやすくなったこと。もう一つは、団塊の世代がとにかく人が多かったので、その層を狙ったマンガ単行本や雑誌が次々と刊行されたこと。みなもとさんたちが小学生の頃に少年月刊誌が創刊され、中学に入ると少年週刊誌が創刊され、大人になると劇画青年誌が創刊された。つまり、マンガというエンタメ産業あるいは文化の成長は、団塊の世代の成長とともにあったのだ。

そういう時代を生きながら、みなもとさんは真にオタク的な生き方を貫いてきた。単なるマンガ好きを超え、「マンガとは何か?」という哲学的ともいえる問いを深めていくのだ。そうして、自身がマンガ家としてデビューしながら、一方ではマンガ研究も平行して進めてきたのである。


そんなみなもとさんは、若い頃(32歳のとき)に『風雲児たち』という歴史マンガを描き始める。これは、「歴史というものは何か?」という問いを抱いたみなもとさんが、それを知るために始めた連載だ。特に、「明治維新とは何だったのか?」ということに興味があったため、それを描こうとしたのである。

ところが、面白いのはこれをきっかけに明治維新を調べ始めると、その根っこのところにある「原因」は、だいぶ昔にあったということが分かる。それも、10年、20年の単位ではなく、100年、200年の昔から、営々として育まれてきたということに気づく。
そうして大胆にも、明治維新を描くマンガであるにもかかわらず、なんとその250年前の関ヶ原の戦いから描き始めるのである。

そんなふうだから、必然的に大河マンガになった。1979年に描き始められたにもかかわらず、38年後の今でも連載が続いているのだ。

これが、数年前に大きなブームを巻き起こした。きっかけは、マンガ編集者の佐渡島庸平さんが、マンガHONZにその評論を載せたことだ。


これを読んだ多くの人たちが興味を抱いて『風雲児たち』を読み、読んだら面白くてさらに拡散したため、ネットを中心に大きなブームを巻き起こした。実はぼくも、これをきっかけに『風雲児たち』を知り、読み始めたのである。そして、佐渡島さんが薦める通り、すっかりハマってしまって、単行本にして全部で40巻以上あるのだが、一気に読んでしまったのだ。


ちょうどその頃、ぼくは「歴史」というものに興味を感じていたのだけれど、そこのところにこの『風雲児たち』と出会ったので、なおさら歴史が好きになった。ぼくは、この作品を通じて歴史好きの度合いを深めたのだ。

『風雲児たち』の何が魅力かというと、それは作者であるみなもとさんの「歴史観」やその描き方だ。みなもとさんは、歴史をけっしてシンプルに語るということをしない。さまざまな事象に目を配りながら、俯瞰した公平な眼差しで描くことに腐心している。

しかし、それでいながらそこにあるドラマもしっかりと描くのである。これを両方できる人というのは、実はほとんどいない。
歴史というのは、ドラマを描こうとすると話がシンプルになりすぎる嫌いがある。一方で俯瞰的になりすぎると、事実や名称の列挙で読んでいてちっとも面白くない。
ところがみなもとさんは、本質的には相容れないこの「公平さ」と「ドラマ性」という二つの要素を、奇跡のようなバランスで両立させることに成功しているのだ。

ところで、そんなみなもとさんは、一方ではマンガ研究家の仕事もされている。これまで、貸本劇画やさいとう・たかをさんの評論をはじめ、さまざまな論説をものしてきた。

ところが、そんなみなもとさんはなぜかこれまで、「マンガ史」の本を書いていないのである。あれだけ歴史を描く能力があり、かつマンガ産業黎明期の生き証人で、とても詳しいにもかかわらず、マンガ史だけはぽっかりとエアポケットのようにあいているのだ。

それに気づいたぼくは、「これは大きなチャンスだ」と思った。というより、ぼく自身が大きな飢餓感にみまわれた。みなもとさんが書くマンガ史を、ぜひ読んでみたいと思ったのである。

そこで、編集者という立場を利用し、図々しくもご依頼に伺った。すると、幸運にもご快諾いただき、書いていただくことができたのである。


そのマンガ史のタイトルは、そのものずばり『マンガの歴史1』である。
(追記:ちなみに、これ自体はマンガではなく字の本です)
これは、みなもとさんが書くマンガの歴史は『風雲児たち』ほどにはいかないまでも相当な分量があるため、とてもではないが1冊に収まらず、結局4巻の分冊で出すこととなった。今度出るのは、その第1巻である。

この第1巻では、戦前から『巨人の星』の頃までが書かれている(続刊ではそれ以降を書いていただく予定だ)。この時代は、先ほども述べたようにみなもとさんら団塊の世代とともにマンガが産業としても文化としても大きく発展・成長した時期なので、みなもとさんの筆致も勢い非常に熱いものとなっている。

おかげで、この仕事は大変申し訳ないのだが、ぼく自身が大いに楽しませていただいた。仕事をしながらここまで楽しませてもらったのは、若い頃にテレビ業界で当時脂が乗り切っていた超一流の芸人たちの楽屋裏のギャグを間近で見させてもらったときと、AKB48の黎明期にその混沌をやはり楽屋裏で見させてもらったときに次いで、今回が3度目ということができよう。

そんな本当に面白いみなもとさんのマンガ史を、ようやくみなさまにお届けできるときが来た。発売は8月10日だが、何よりぼくがそれを待ち遠しい。

この本は、ぜひみなさまに読んでいただきたい。そして、ぼくが味わった面白さをみなさまと共有させていただき、「マンガの歴史談義」に花を咲かせたい。

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