ハックルベリーに会いに行く
1994:その29(1,723字)
1980年代後半、つまりバブル期の「受験」はどうだったか?
ぼくは1987年に受験した。つまりバブルのちょうどど真ん中で受験したことになる。当時はまだバブルという言葉もなかったからそんなことはちっとも分からなかったが、今から思うと当時はまだのどかな雰囲気が漂っていた。受験生はぼくから見るとみんな「ゆるく」見えた。命を賭けているという感じはなかった。
探せばそういう人もいたのだろうが、少なくともぼくの周りにはいなかった。ぼくは東京藝大美術学部建築科にストレートで合格したが、おそらく一番真剣だったのがぼくだった。入学時の成績順は発表されなかったが、ぼくはおそらくトップ合格だったと思う。つまり逆立ちしても入れたような状況だ。逆にいうと、周りは緩かったのだ。それはやっぱりバブルだったからだろう。
印象的だったのは、予備校の先生がベンツに乗っていたことだ。予備校の先生は藝大建築科の学生なのだが、まだ
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