Vol.237 結城浩/新サービスmine(マイン)で考えたこと/再発見の発想法/書籍のタイトル/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月11日 Vol.237

はじめに

おはようございます。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

ここ数日で急激に寒くなりましたね。 このあいだまで暑くて汗が出るほどだったのに、 最近は「寒い!」と言うほどになりました。

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新刊の話。

『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の再校読み合わせが終わりました! 先週の水曜日に無事再校読み合わせが終わり、 これで結城が今回のテキストに関してできることはほぼ終了しました。 あとは本ができあがるのを待つばかりです。

現在の予定では今月の26日(水)にサイン本を作ることになっているので、 物理的な本はその時点ではできあがっているはずです (そうでないと、サインできませんから)。

ということはサイン本が店頭に並ぶ可能性があるのは最速で27日(木) になりますね。実際には流通のタイムラグや書店さんの方針がありますので、 その週末から週明けに販売される可能性もあります。

いずれにしましても、今月末あたりで刊行ということになります。

ここまで、ようやくこぎ着けることができました。 応援ありがとうございます!

この本では、誤解しやすいグラフのトリックに始まり、 平均と期待値、分散、標準偏差という基本的な統計量を学びます。 標準偏差の重要性を体験し、チェビシェフの不等式、 大数の弱法則、仮説検定の基本まで。 数学ガールといっしょに統計を学び始めましょう!

 ◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』
 http://note8.hyuki.net/

 ◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』(ランディングページ)

note8landing.png

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《ブツ》を作る話。

初校ゲラを読むのに比べると、 再校ゲラを読むのはそんなにつらくありません。 むしろ、読んでいて楽しいともいえますね。 大半はスムーズに読めるからです。

今回の『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の場合、 執筆プロセスで一番つらかったのは第3章〜第5章のあたり。 章の構成がなかなか固まらず大手術を繰り返していた頃ですね。

章の構成というのは土台のようなものです。 土台が出来てくれば細かい修正も改善もできますが、 土台が固まらないとどうしようもありません。 細かい修正をしても全部がふっとぶ可能性もありますから、 自分がやっている作業の意味がわからないまま進まざるを得ません。

文章を書くときには、 曲がりなりにもレビューアさんに送れるレベルにするまでがつらいものです。 それはゼロからイチを作るまで、ともいえますかね。 ひとさまに読んでもらえるレベルまでたどり着けば、 あとはなんとでも改善が可能だし、他の人のアドバイスももらえます。 レビューアさんから指摘を受けられるようになった時点では、 一番つらいところは終わっているのです。

自分の作品について、指摘・感想・批評・意見・アドバイス…… といったものをもらうためには、 ともかく形のあるものを作らなければなりません。 「はい、これをお読みください」というものを提示できなくてはなりません。 そこまで行って初めてスタートラインに立ったことになります。

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美しさの話。

Sisyphusという芸術的な「テーブル」があります。 まずは以下のページにある動画をごらんください。

 ◆Sisyphus -- The Kinetic Art Table
 https://www.kickstarter.com/projects/1199521315/sisyphus-the-kinetic-art-table

 ◆Sisyphus(上記のページから)

sisyphus.png

 ◆Sisyphus(動画より)

sisyphus2.jpg

テーブルの中に置かれた砂、 その上をモーターで制御された球が転がっていくことで、 美しい文様が砂の上に浮かび上がるという仕組みです。

文様が絵として描かれたテーブルではなく、 立体的な文様が描かれていく過程が見えるテーブルということですね。 こんなテーブルがあったら、 ものおもいにふけりつつ、長い時間見つめてしまいそうです。

動画を見ながら、この美しさはどこから来るのだろう、 と結城は思いました。 規則的な模様が美しさを生み出しているのはまちがいありませんが、 それがリアルタイムで描かれていくというのも重要なポイントだと思います。

砂の上に描かれた図形は刻一刻と変化していきます。 いま現れたパターンは、一瞬の後には別のパターンへと変化していきます。 そのような「変化」と共に「継続」も表現されています。 だって、突然異なるパターンが生まれるわけではなく、 過去のパターンの延長線上に現在があり、 現在の延長線上に未来のパターンがあるのですから。

いうなれば、このテーブルは「流れていく時間」を体現しているのですね。

あなたはこのテーブルに何を思いますか。

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もう一つ、美しさの話。

PANORELLA(パノレラ)というサービスは、 「全天球カメラで撮影された写真を傘の内側にプリントする」 というものだそうです。

 ◆思い出の360度写真を傘に「PANORELLA(パノレラ)」
 http://www.fashion-press.net/news/26331

 ◆PANORELLA(パノレラ)の一例(上記ページより)

panorella-type-00.jpg

自分を取り巻く360度を撮影した映像を、傘の内側にプリントします。 そうすると、傘をパッと開いたときに、 自分を取り巻く360度の映像がそこに広がることになります。

パノレラという名前はきっと、 「パノラマ+アンブレラ」から来ているのでしょう。

それは「広がる空と海」かもしれないし「美しい夜景」かもしれない。 あるいはまた「にぎやかな繁華街」かも。 自分を取り巻いたその全体を保存し、何度も楽しむというのは、 《エクスピリエンス》を商品化するうまい視点だと思います。

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数学の話。

質問:

数学は、他の自然科学の分野に比べて、どのような違いがあるのですか。

回答:

数学は、自然や宇宙とは独立に理論を展開することができます。 その点がもっとも大きな違いだと思います。

自然科学は、 私たちが住んでいるこの宇宙や自然界の姿を明らかにしようと試みます。 自然科学の理論や仮説は実際の宇宙や自然によって検証されます。 自然科学者は、この世界の未来の姿を予言することを試みたり、 あちらこちらで見つかる証拠との整合性を確かめたりします。

それに対して数学は、 基本的にこの宇宙や自然界とは無関係に進みます。 もちろん、数学者が何らかの数学的概念に興味を持つきっかけが、 この宇宙や自然からやってくることはあるでしょう。 たとえそのような場合であっても、 どこかの段階で、いったん現実世界とは切り離され、 数学的に適切に扱えるような抽象化が行われるはずです。

念のために書いておきますが、 それは数学と自然科学でどちらが「えらい」とか、 どちらが「すぐれている」という話ではありません。 純粋に「違い」なのです。

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自分の仕事を「デザイン」する話。

「実力がある人が正当に報われる」というのはとてもいいことだと思います。 しかし、それと同時に「ひょんなことから、ある人にチャンスが与えられる」 という場面も大事なのではないかとよく思います。

確実で実績があって、結果を出した人が正当に報われるのはいいけれど、 それがなければまったくチャンスが与えられないというのはまずい、 という意味です。それは冒険をしない社会、チャレンジができない組織、 予想外のことが起きないコミュニティのようなもの。 それだと、おもしろいことがだんだん起きなくなるのではと感じます。

程度問題、といえばそれまでなのですけれどね。

あまり主語を大きくするのは問題なので、 結城個人の考えとして書きましょう。結城は、ものを作る身です。 ですから、こう考えています。

 いつチャンスが巡ってくるかわからないのだから、
 どんな作品でも、どんな仕事でも手を抜かないようにしよう。

ここでちょっと余談。 「手抜きをしないように」というと、 新約聖書(マタイによる福音書25章)に出てくる 「ともしびを持って花婿を迎えに行く十人の乙女」 のことを思い出します。 十人の乙女のうち五人はともしび用に油を準備していたが、 五人は油を準備していなかったというお話。

「そのとき」がいつ来るかわからないなら、 「そのとき」がいつ来てもいいように備えていなければなりません。

ところで、仕事に関して「備えている」というのはまた難しい話です。 仕事というのは、いろんな粒度で存在するからです。

目の前の仕事をしっかりやることは、確かに備えではありましょう。 しかし、忙殺されて未来のことを考えないのはまずいですよね。 目の前の仕事を懸命におこなうことが、 未来のことを考えない言い訳につながってしまう危険性があるのです。

そのような、時間軸を含めた自分の仕事を「デザイン」することは大切です。 デザインというのは、短いスパンならスケジューリングと呼んでもいいし、 長いスパンならキャリアパスと呼んでもいいでしょう。 自分の仕事そのものではなく、自分の仕事のあり方のことですね。

自分の仕事のあり方を、他人に丸投げすることは原理的に不可能です。 仕事のあり方を考える上で、他人の評価や意見は大いに参考にするとしても、 とどのつまり、他人に「わたしの仕事のあり方」を考えてもらうことはできません。 なぜなら、それは奥深く探っていくと人生観や価値観に関わってくるからです。

 「わたしはどんなふうに生きたいか」

それを他人に決めてもらうことは無理ですよね。

自分がどのような仕事を引き受けて、どのような仕事を断るか。 それをしっかり考えていくと「自分の仕事のデザイン」へ繋がります。 なぜなら、何かの仕事を引き受けて、その成果を出すなら、 その仕事に類する仕事が増える可能性を高めるからです。

あなたは、どんなふうに生きたいですか。

あなたの日々の判断は、その考えにリンクしていますか。

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では、今週の結城メルマガを始めましょう。

どうぞ、ごゆっくりお読みください!

目次

  • はじめに
  • 再発見の発想法 - Turing Test(チューリングテスト)
  • 新サービスmine(マイン)で書き始めるにあたって考えたこと - 仕事の心がけ
  • 書籍のタイトルについて - 本を書く心がけ
  • おわりに