Vol.252 結城浩/例示と理解と問いかけと/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月24日 Vol.252

はじめに

おはようございます。結城浩です。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

もう「冬まっただなか」という感じです。

日本海側は雪が降るし、太平洋側はごんごん寒くなるし。

あなたも、お風邪など召しませぬように……

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で、暗号技術入門の話。

翔泳社主催の「ITエンジニア本大賞2017」として、 一般投票で選ばれた技術書のトップ10が発表され、 結城が書いた『暗号技術入門第3版』もそのうちの一冊に選ばれました。 応援してくださった読者のみなさんに感謝です!

 ◆翔泳社主催の「ITエンジニア本大賞 2017」、
 一般投票で選ばれた技術書・ビジネス書のトップ10が発表
 http://codezine.jp/article/detail/9937

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必要条件、十分条件の話。

数学の中には「まちがえやすい用語」というものがあります。 「必要条件」「十分条件」という用語もその一種でしょう。

xに関する二つの条件P(x)とQ(x)があったとき、 その二つを「ならば」で結んだ新しい条件、

 P(x)ならばQ(x)

が成り立つとします。

このとき、P(x)はQ(x)の「十分条件」といい、 Q(x)はP(x)の「必要条件」といいます。

これって、いかにもまちがえそうですよね。

結城が高校時代のときも、この用語にめんくらった覚えがあります。 「必要」と「十分」がどっちがどっちかわからなくなるのです。 結城は、

 「このような用語が付いているのには理由があるはずだ」

と考えて、以下のような理解にたどり着きました。

「東京にいる」ならば、それだけで《十分》に「日本にいる」といえる。 だから「東京にいる」ことは「日本にいる」ことの十分条件である。

一方、「日本にいる」ことは「東京にいる」ために《必要》なので、 「日本にいる」ことは「東京にいる」ことの必要条件である。

だから「東京にいる」ならば「日本にいる」という形のときは、 「東京にいる」が十分条件で、「日本にいる」が必要条件。

このような理解です。ここまでは特に問題はありません。 ところで高校時代の私は、

 「これはこれで正しいが、スピードが稼げない」

と思いました。試験の時にいちいち考えたくない。 そこで、丸暗記する方法も考えることにしました。 要するに、

 (十分条件)ならば(必要条件)

という流れを覚えればいいので、 「十分→必要」という順番を覚える方法を考えればいい。 もっと縮めるなら「じ→ひ」さえ覚えればいい。

そこで結城は(数学的な内容とは無関係に)、

 「自費で旅行に行く」

というフレーズを考えました。純粋に丸暗記用です。 「自費で旅行に行く」というフレーズで、

 じ→ひ

という流れを覚えようと思ったのです。

スピードがいるときには「自費で旅行に行く」ことを思い出し、 考える必要があるときには「東京にいる」ならば「日本にいる」を考える。 それでこの話題を乗り切ろうと考えました。

でも実は、 このくらい暗記法を一生懸命考えると、 自然と身についてしまうものです。 なので、結局「自費で旅行に行く」 という暗記法は使わなくても済んでしまいました。

受験時代の懐かしい思い出です。

ちなみに、 今年2017年のセンター試験にもこの類の問題は出題されています。 数学I・数学Aの第1問〔2〕に、 ばっちり必要条件と十分条件が出てきましたね。

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繰り下げの話。

センター試験のニュースで、

 「雪で開始時刻を繰り下げ」

という表現を見かけました。 私だったら、たとえば9:00を10:00に変更することを「繰り下げ」ではなく 「繰り上げ」と言いそうなのでちょっと気になりました。

開始時刻を数だと考えると、未来というのは数が大きい方だと感じるので、 「下げる」よりも「上げる」に近いんじゃないかと思ったからです。

しかしながら、時間が上から下に流れていくイメージだと、 「繰り下げ」という表現にも納得がいきます。

「繰り上げ当選」や「繰り上げ合格」という表現の場合は、 価値が高い方が上にあるイメージなのかなと思いました。 でも複数の方から、 価値というよりも「名簿での順位」の上下なのではないか、 というご指摘をいただきました。なるほど。

抽象的な概念に方向性を当てはめるのは意外に難しいものです。 「予定を先送り」の「先」は未来ですよね。 「計画を前倒し」の「前」は未来とは逆方向でしょう。 ブログ記事で「次」の記事を示す矢印は、右方向を向くべきでしょうか、 それとも左方向を向くべきでしょうか。 自分ではこちらの方向が当たり前と思っていても、 読者は同じように感じるでしょうか。

本を書くときでも「上の図で」のような方向の表現は注意が要ります。 組版をしたときにその図が「上」にあるとは限らず、 「左」のページになることがあるからです。

上下について考えているうちに、 「予定していた仕事を早々に切り上げる」ときの「上げ」 はどうして「上」なのだろうと思い始めました。 ここでの「上げ」は「終わらせる」感覚なのでしょうか。 たとえば、双六の「上がり」も「終わり」という意味を持ちそうです。 仕事が終わって「本日は上がらせていただきます」の「上がる」 も同じでしょうか。そういえば「一丁あがり!」という表現もありますね。

Twitterのフォロワーさんからも、関連する話題をいくつかいただきました。 「優先度を上げる」というとき、 数字は必ずしも大きくならないのではないかと。 「優先度1」と「優先度5」ではどちらが優先度が「高い」でしょう。 「優先度5が《一番》優先度が高い」と書いたら混乱しそうですね。

センター試験の場合「開始時刻を繰り下げ」よりも、 「開始時刻を遅らせ」の方が誤解が少ないのではないか、 という意見もいただきました。確かに私もそう感じます。

その一方で「繰り下げ」には「開始時刻だけを遅らせるのではなく、 それ以降すべて予定がずれていくことを示唆しているのではないか」 という意見もありました。なるほど!

日本語おもしろいです。

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レトロニムの話。

言葉といえば、先日「レトロニム」という用語を知りました。 レトロニムというのは「昔から存在していたが、 新しく登場したものと区別するために変更された言葉」 のようです。

たとえば「紙の本」という言葉。「本」は昔から存在していましたが、 電子書籍が登場したために、それと区別するために「紙の本」になりました。

もっと身近なものとしては「アナログ時計」。 「デジタル時計」が出たために、 これまでの「時計」は「アナログ時計」となりました。

これが、レトロニム。なるほど!

Wikipediaには「レトロニム一覧」という項目があり、 「言われてみれば、なるほど!」を連発する言葉ばかりがあります。 以下はいくつかWikipediaから抜粋しています。

「可視光」は、紫外線や赤外線なども「光」としたためにできた言葉。

「固定電話」は、携帯電話の普及で生まれた言葉。

「ホットチョコレート」は、もともと温かい飲み物だったチョコレートが、 固いチョコレートが出てきたことで生まれた言葉。

「生演奏」は、もともとライブしかなかった演奏が、 録音技術が発達したことで生まれた言葉。

言葉っておもしろいですね!

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ツイート編集の話。

結城は毎日Twitterで文章を書いています。 Twitterは140文字の制限があるので、たくさん書こうとすると、 ひとつのツイートに収まりません。

結城は多くの場合、 できるだけ一つのツイートでまとまった内容を書こうとします。 もちろん、長文になるときは無理ですけれど、200文字程度の文章ならば、 あちこちを編集して140文字に収めようとするのがふつうです。

そして、たいていのツイートの場合、 何割か短くすることはそれほど難しくありません。 読点を調整したり、無駄な言葉を省いたり、 一つの話題に集中したり。どうしても難しいときには、 文を「体言止め」の形にすれば文字はかなり削れるのです。

おもしろいことに、そのようにしてツイートを短くした方が、 誤字脱字も減り、読みやすく理解しやすい文章になることが多いようです。 当然ながら、誤解される可能性も減らせます。 読み返し、編集することで、校正したような効果があるからでしょう。

現代国語の練習問題として、長めの文章を与えて、 「以下の文章を1ツイートにまとめよ」 という問題はなかなかいいんじゃないでしょうか。

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日本国語大辞典の話。

言葉といえば辞典ですが、 物書堂(ものかきどう)さん(@monokakido)が、 こんなツイートをしていました。

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 iOSアプリ「精選版 日本国語大辞典」をリリースしました。
 日本が誇る最大の国語辞典「日本国語大辞典 第二版」の精選版です。
 2017年1月31日まで発売記念セールを行います。
 どうぞよろしくお願いいたします。
 https://twitter.com/i/web/status/821160525337751552
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結城は不勉強で知らなかったのですが、 この『日本国語大辞典』というのは日本最大規模の国語辞典とのこと。 関係者には「日国」(にっこく)という略称で親しまれているらしいです。

今回、通常価格7,800円のところ特別価格4,800円で販売ということで、 結城もiOSアプリの「精選版」を購入しました。

このアプリ、 言葉の「パターンマッチによる検索」がとても楽しいです。 たとえば「雪@」のように「@」を付けて検索すると、 「雪」の後に「かな」が続く語が検索できます。 「雪@」で検索すると「雪ぐ」という言葉が見つかりました。 何と読むのでしょう。「ゆきぐ?」じゃないし……

「一つは寃罪(うきな)を雪ぐが為に」(当世書生気質) この「雪ぐ」は「そそぐ」と読むそうな。楽しいですね。

他のパターンマッチ方法として「三#五#」のように「#」を付けて検索すると、 その部分が漢字になる語句が見つかります。「三#五#」は9項目ありました。

 ◆「三#五#」で検索した様子(iPhoneのスクリーンショット)

2017-01-17_lang2.jpg

結城の「結」で始まり、ひらがなが続く語は19項目ありました。 趣深い語が多くて良いですね。

 ◆「結@」で検索した様子(iPhoneのスクリーンショット)

2017-01-17_lang1.jpg

こんな辞典が常時携帯できる時代なのですね。

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笑顔の話。

買い物をするとき、レジで「にっこり」と微笑むと、 たいていの場合、店員さんも「にっこり」してくれます。

笑顔になると気分がよくなります。 また、自分に向けられた笑顔を見るのもいいですよね。 さらには「自分の行動がきっかけで、ものごとが少しよくなった」 という感覚も気持ちいいものです。

笑顔、おすすめ!

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デミちゃんの話。

アマゾンプライムビデオで、

 『亜人ちゃんは語りたい』(ペトス)

というアニメを見ています。まだ見始めたばかりで、 話の展開もよくわかっていないのですが、とてもおもしろいです。

この物語は、亜人(デミ)と呼ばれる「人間以外の存在」 が登場する学園もののコメディです。 ヴァンパイアや、雪女や、デュラハン(首と胴体がわかれている存在) の女の子たち(少数派)が、人間といっしょに生活している世界。

結城がおもしろいと感じたのは、この物語で 「多様性」や「他者の受容」という側面が効果的に描かれているのでは? という点です。

デュラハンの女の子(町京子)は、首と胴体がわかれているので、 いつも首を持って歩きます。そのような存在と、 友人達はどう付き合っていくのか、 どこまで身体的なことをジョークにできるのか、 なにをどうしたらお互いが仲良くできるのか…… そのような繊細な問題がうまく描かれる可能性があると思ったのです。

物語がどう進むのか私は知りません。 でも、こんな話題も出てきたらいいなと思っています。 多数派のように感じられている人間の側にも ひとりひとりの事情があること。 他の人と同じように見える存在でも、 可視化したなら他人とは大きく乖離した姿が現れる可能性があること。 互いの相違点と相違点を受容し合うこと。 そんな物語になったらいいな、と勝手なことを想像しています。

これからの展開が楽しみです。

 ◆亜人ちゃんは語りたい(公式サイト)
 http://demichan.com

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過去と未来の話。

結城はふだん外に出て、カフェで仕事をしています。 そのときに大事なのはインターネット環境の確保です。

結城は基本的に無料WiFiは使わないようにしていますので、 自分で用意したモバイルルータやiPhoneのテザリング機能を使っています。

先日、使っていなかったモバイルルータが「解約月」になったので解約しました。 いわゆる「二年縛り」がある機械なので、解約月を待っていたわけです。 解約月の判断というのは意外にまちがいやすくて、 期間によっては違約金を払った方が支払金額が少なく済む場合があり、 注意が必要です。

昨年末、解約しようかと手順を調べたら、 解約月直前であることに気付いたので、数日待つことにしました。 そこまで調べた解約の手順をEvernoteにメモしておき、 日付を合わせてアラームをセットし、 「未来の自分あての手紙」も書きました。 こんな感じです。

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 未来の自分へ。
 2016年末にモバイルルータの解約をしようと思って調べたけれど、
 2017年1月がちょうど解約月になることがわかった。
 Evernoteのページに必要な情報が書いてあるから見ること。
 手順は楽だから、めんどうくさがらずにすぐやろう。
 (以下略)
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新年になって、家庭の事情でバタバタしていて、 このような「自分あての手紙」を書いたことをすっかり忘れていました。 でも、日付通りにアラームが起動し、自分あての手紙がやってきました (IT時代すばらしい)。

過去の自分が念を押したように、手順は大変楽で、 電話一本で解約作業が済みました。

思わず私は、

 「ちゃんと段取りしていた先月の私、偉いぞ!」

と言いたくなりました。

最近、ほんとうに忘れっぽくて困ります。 でも、コンピュータの助けによって、 過去の自分と協力し合うことができますね。

そして「現在の自分」は、 「未来の自分」に「偉いぞ!」とほめてもらえるような、 そんな毎日を送らなくちゃね。

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失敗がこわいときの話。

最近「似た匂い」を感じるいくつかの主張があります。

以下に列挙します。

 ・失敗がこわいから、実験しない。
 ・うまくいかないのが嫌だから、試さない。
 ・百パーセントといえないなら、ゼロパーセントだ。
 ・味方じゃないなら、敵だ。
 ・一回目で成功しなかったら、一生成功できない。
 ・理解できないかもしれないから、この本は読まない。
 ・新卒で採用されなければ、人生はおしまいだ。

これらの主張は、違うといえば違うのですが、 私には「似た匂い」を放っているように感じます。

それぞれの主張には一理ありますし、 そう感じる理由もわかります。 でも、落ち着いて考えると、 ここに列挙した主張はいささか「極端」ですよね。

そして(自分自身を振り返ると)、 極端な主張を支持したくなるときというのは、 自分に余裕がなくなってきているときが多いようです。

ですから、これらの極端な主張に与したくなったなら、 主張の真偽を議論するよりも前に、 「自分の生活」や「心の健康」を再確認したほうがいいのかもしれません。

そんなことを思いました。

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凍るシャボン玉の話。

荒堀さん(@Cheetah_mineo)という方が、 シャボン玉が凍る様子を動画で公開なさっていましたのでご紹介。

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 氷点下20度を下回る極寒の北海道で撮影された
 シャボン玉が凍っていく様子です。
 少しずつ結晶が広がっていく様子をご覧下さい。
 ちなみに早送りとかしてません。
 この速度で凍っていました #荒堀写真
 https://twitter.com/Cheetah_mineo/status/820265817732329473
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おもしろいですね! そもそも「シャボン玉が凍る」 という概念を考えたことがありませんでした。 また、これほど繊細な変化が起きるものだとも。

ところで、 この動画を見ながら結城がイメージしたのは「線香花火」でした。 思わず息をひそめて見つめてしまうところや、 一瞬にして消えるところや、最後に切ない気持ちが残るところ。 凍るシャボン玉は、線香花火に似ています。

厳寒の冬でシャボン玉が凍る様子が、 夏の終わりの線香花火に似ているというのは、 何だか不思議ですね。

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それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。

どうぞ、ごゆっくりお読みください!

目次

  • はじめに
  • 数学の問題に挑戦しよう!(問題編)
  • 自分自身に厳しくあたってしまう心理
  • 例示と理解と問いかけと
  • 「科学的に考える」を考える
  • 時間という「いやし」
  • 数学の問題に挑戦しよう!(解答編)
  • おわりに