結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2018年12月25日 Vol.352
はじめに
結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
一年は早いもので、もうクリスマスですね……あなたはどんなクリスマスを過ごしておられるでしょうか。
今回が2018年最後の「結城メルマガ」配信となります。
今年もたいへんお世話になりました。
新年もよろしくお願いいたします(ぺこり)。
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場所と記憶の話。
結城はあちこちのカフェを移動しながら仕事をしています。
ある日、何気なく、いつもと違うカフェに行きました。ところが、そこに足を踏み入れたとたん、ぱああっと記憶がよみがえりました。あっ、ここは『数学ガール/ポアンカレ予想』がなかなか進まないときに来てたカフェだ! 書いては消し、書いては消し、もがいていたあのカフェだ……
「数学ガール」シリーズの第6巻目『数学ガール/ポアンカレ予想』を刊行したのは今年2018年の春。苦労していたころのことはすっかり忘れていました。でも、そのカフェという場所がまるで私の代わりに記憶してくれていたかのように、一気に記憶がよみがえったのです。大変だったときの記憶が。
過去を振り返り過ぎるのは良くありませんが、自分の過去はすべて順調だったと自己の歴史を改竄するのも良くありません。一つの仕事が完成するまでには、紆余曲折があったこと。どうしても進まない時期があったこと。けれどもめげることなく(何度めげても)続けたこと。そういう記憶は大事です。
そういう記憶は「現在と未来の自分」を支えてくれるからです。
私は「どうも最近うまく行かないなあ、これまではいつもうまく行ったのに」という錯覚に陥ることがよくあります。でも、実は、昔だってそれほど順調じゃなかったのです。つまずいたり、ころんだりした。思うように進まないこともあった。進んだと思ったけど、また振り出しに戻ることもあった。でも、ジグザグながらも進んできた。単に自分が忘れてるだけで、実際はそうだった。
だから、たとえ、最近うまく行かなくても、順調でなくても、つまずいても、ころんでも、思うように進まなくても、振り出しに戻っても、またきっとジグザグながらも進める。過去の、大変だったときの記憶が、現在と自分の未来を支えてくれる。
その日。久しぶりに『数学ガール/ポアンカレ予想』執筆当時によく使っていたカフェに行ったとき。私はそんなふうに考えていました。大変だったときの記憶をきちんと味わいながら。ほんとに、今年刊行できてよかった……
◆『数学ガール/ポアンカレ予想』
http://www.hyuki.com/girl/poincare.html
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テキスト+静止画像→動画の話。
以前から「簡単に動画を作ることはできないかな」と思っています。YouTuberの話題を読んでいると動画の編集はたいへん時間を食いそうで二の足を踏んでいます。
次善の策として「テキストを自動読み上げした音声と静止画像を組み合わせた動画」はどうだろうと思うことがあります。以前Vol.338の結城メルマガで紹介したAmazon Pollyという自動読み上げサービスはとても手軽で便利です。
Amazon Pollyでmp3ファイルを作り、静止画像のjpgファイルを用意し、ffmpegというプログラムを動かすと、Twitterに直接投稿できるmp4ファイルが作れます。簡単な手順を以下にまとめました。
◆画像ファイル(jpg)と音声ファイル(mp3)から動画ファイル(mp4)を作成する(ffmpegを使う)
https://snap.textfile.org/20181129204816/
◆テキストから音声を合成し、Twitterで公開できる動画に変換する手順(Amazon Pollyとaudio2videoを使う)
https://snap.textfile.org/20180902204857/
たとえばWeb連載「数学ガールの秘密ノート」の宣伝動画(動いてないけど)は次のようにツイートできます。
◆宣伝動画ツイート
https://twitter.com/hyuki/status/1068114990643593218
自動読み上げのためにAmazon Pollyに与えたテキストは、静止画像に貼られているものと(改行を除いて)同じです。画像一枚とテキストから自動生成した音声をもとにツイートができるのはなかなか手軽でいいと思っています。
◆Amazon Pollyを使って簡単音声合成(結城メルマガVol.338)
https://bit.ly/hyuki-mm338
後ほど、VTuberの話題も少し書こうと思います。
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行列の話。
黒狐さん(@inaba_darkfox)が、『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』に出てくる「行列による線形変換」をヴィジュアル的に表現するWebアプリを作って下さいました。ありがとうございます!
2×2行列の四つの成分を入力すると、座標平面上に描いたたくさんの点を動かして表示してくれます。
◆黒狐さんのツイート
https://twitter.com/inaba_darkfox/status/1069333381844938752
◆線型変換ビジュアライザー(ver3.1)
https://inaridarkfox4231.github.io/LT/
◆線型変換ビジュアライザーII
https://inaridarkfox4231.github.io/LT_2/
このような変換は『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』の中でコンピュータ少女のリサちゃんがやってみせたものでした。黒狐さんはそれを実際のWebアプリにしてくださったのですね。感謝です!
◆『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』
https://note10.hyuki.net/
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教えるときの話。
「人に教えるときには、何を意識すれば上手に教えられるでしょうか」という質問をいただきました。
結城が思うに、人に教えるときには「上手に教えること」ではなく「相手がわかること」を目指すのが大事です。
これは言葉のあやではありません。「上手に教える」というときには意識が「自分」に向かっています。意識を「自分」に向けるのではなく「相手」に向けることはとても大切。教えるという活動では「相手がわかること」がゴールの一つですから。
極論をいうならば、どんなに下手くそな教え方でも、相手の思考パターンにぴったりと合って「なるほど!」という状態になるならば、それはいいことです。《相手のことを考える》のが大原則といえます。
「相手がわかること」を考えるなんて、当たり前のように思えますよね。実際、当たり前のことです。でも教える人の多くがこれを忘れています。また、覚えていても実践するのはとても難しいもの。相手のことではなくて、教える側である自分のことだけを考えがちだからです。
「相手がわかること」を考えるなんて抽象的な話ではなくて、もっと具体的なコツはないのかね……と尋ねたくなるかもしれません。でも、具体的なコツは《相手のことを考える》という原則を真剣に考えると無数に見つかるものです。そして《相手のことを考える》ということが腹に落ちていないと、具体的なコツを知っても効果は激減するでしょう。
以下のWebページには、結城が考える「教えるときの心がけ」の要点がまとめてあります。
◆教えるときの心がけ
http://www.hyuki.com/writing/teach.html
もちろん、noteにもたくさん書いています(多くは「結城メルマガ」からのピックアップです)。
◆教えるときの心がけ - マガジン
https://mm.hyuki.net/m/md7abcdf8eaf5
《相手のことを考える》というのは、単純だけど、とても奥が深いスローガンだと思います。
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長文をまとめる話。
Ryoto_Sawadaさん(@Qhapaq_49)が、長文をまとめるサービスIMAKITAを公開していました。
◆長文を3行ぐらいで纏めてくれるエンジン IMAKITAを作ってみました
http://qhapaq.hatenablog.com/entry/2018/12/09/234447
さっそく試してみました。結城が書いた文章をIMAKITAで要約させてみます。
◆文章を書く心がけ(原文)
http://www.hyuki.com/writing/writing.html
上の「文章を書く心がけ」は約1万2千文字ありますが、5行で要約する(!)と以下のようになります。なかなかいいですよね。
(「文章を書く心がけ」を5行にしたもの)
したがって、読者のことを考えるのは当然のことと言える。
読者は何を知っているかを考えよう 。
読者は何を知っているだろう。
あなたの文章を「そこまで読んできた」読者は何を知っているだろう。
読者にまずうなずかせよう。
次に「教えるときの心がけ」(約1万文字)を5行で要約してみましょう。これもいいですね。
◆教えるときの心がけ(原文)
http://www.hyuki.com/writing/teach.html
(「教えるときの心がけ」を5行にしたもの)
生徒に安心して質問させるように心がけよう。
生徒はびくびくしている。
生徒はこんなことを考えながら質問しようか迷っている。
生徒に安心して質問させよう。
生徒をおどかしてはいけません 。
小説のようなものは難しいですが、記事や説明文ならばかなりいい感じに要約されると思います。ぜひあなたも試してみてください。
◆IMAKITA Document Squeezer
https://www.qhapaq.org/imakita/
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Skebの話。
先日Skeb(スケブ)というサービスを知りました。同人作家さんなど、個人として活動しているクリエイタにお仕事を発注できるサービスです。
◆Skeb
https://skeb.jp
◆同人作家にイラスト発注できる「Skeb」公開 海外からの依頼も自動翻訳、未払い回避も
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1811/30/news137.html
このサービスの大きな特徴は、クライアント(発注する側)よりもクリエイタ(作成する側)に大きなメリットがあるように設計してある点ですね。
- 短文+自動翻訳による発注(依頼内容の確認などのコミュニケーション負担がない、海外からの依頼も受けやすい)
- リテイクなし(描き直しが発生しない)
- 報酬の未払回避(報酬はクライアント先払いで、納品するとクリエイタに支払い)
- 権利はクリエイタ側に(クライアントが使えるのは限られた用途のみ)
もしもこれがうまく回るならばクリエイタ側にとてもいいシステムになりそうです。
「クライアントは鑑賞目的の他、SNSアイコンなど一部の用途に限り二次利用可能」という制約があるので、大きなイラスト仕事発注用というわけではありません。サービス名の「スケブ」が方向性を明示していますね。同人作家さんなどにスケッチブックを渡してそこに描いてもらうことをスケブ依頼といいますが、Skebはそれのオンライン版なのです。
Skebのクライアントガイドラインによると「リクエストは140文字以内で入力してください。URLなど外部への誘導は禁止されています。金額は3,000円以上300,000円未満で設定できます」とのこと。140文字でリクエストを出すというのは「ツイートで発注する」感覚といえるでしょう。
◆クライアントガイドライン
https://skeb.jp/client
Skebのクリエイターガイドラインも大変興味深い。「クライアントは作品の原寸ファイルをダウンロードすることができます。クライアント以外には横幅最大800pxの縮小画像が表示されます」「作品の権利はクリエイターに帰属しますが、作品の販売に関する一切の責任もまたクリエイターが負います」なるほど。
リクエストに対して「再アップロード不可」だから本当に一発勝負。リテイクは不可能になっています。このサービスは、割り切りが明確なところがポイントなのでしょう。利用規約に併記して「重要なポイント」を併記してあるのはわかりやすいし、好印象です。
◆クリエイターガイドライン
https://skeb.jp/creator
たとえば、このSkebのサービスを経由して、電子書籍の表紙を描いてもらうのはなかなかいいアイディアかもしれません。「個人利用の範疇を超える二次利用を行いたい場合には、別途クリエイターの許可を取るか、リクエストに記入してください」とクライアントガイドラインにあるので「電子書籍の表紙」はたぶんセーフでしょう。むしろクリエイターさんの方でもそのポイントでアピールチャンスかも。
結城はKDPの表紙を自分で作っていましたが、こういうところに発注するというのも世界が広がって楽しいかもしれませんね。
◆結城浩の個人出版(KDP)
http://www.hyuki.com/pub/kdp.html
このSkebというサービスのポイントに「コミュニケーションをこれ以上削れないくらい減らしている点」があると思います。クライアント、クリエイターどちらにとっても大きな負担になりうる「やりとり」の部分をルールによって回避しています。
Skebのようなサービスが増えてくるのは、個人クリエイタがマネタイズする選択肢が増えるのでとてもいいことだと思います。それは個人が自分の力を発揮する場面が増えるということであり、また個人のニーズに合わせた多様な働き方を支えてくれることだからです。
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そんなところで、今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞごゆっくりお読みください。
目次
- カスタムキャストで遊んでみました
- 計画はどのように立てていますか - 仕事の心がけ
- 表現するときの恐怖心に対処する - 本を書く心がけ
- 問題を解くときの詰めの甘さを解消する - 学ぶときの心がけ
カスタムキャストで遊んでみました
「カスタムキャスト」というのは、3Dのキャラクタを簡単に作り、VTuberのモデルを作ったり、ネット配信を行ったりできるスマートフォン向けのアプリです。
◆カスタムキャスト
https://customcast.jp
結城はいまのところVTuberになる予定はないのですが、こういうおもしろそうなものは一度触れてみたくなります。スクリーンショットを撮るだけで「数学を学んでいる女性のイラスト」を以下のように簡単に作ることができます。ちなみに、この方は数学ガールに出てくるミルカさんではありません(タイプとしては近いですが)。
この画像を作るには以下のような手順を踏みました。
まず、カスタムキャストのアプリで体型、洋服、髪形、表情、眼鏡などを設定し、ポーズを選びます。
好みの場面が作れたら画像ファイルに落とし、レタッチソフトのPixelmatorで背景を透明にし、以前結城が作った板書の画像と合成します。
それだけだと、ジャギーがやや目立つ画像になるので、DistressedFXとPixlrという二つのアプリを使ってイフェクトを掛け、雰囲気を出しました。
先ほどの画像(Studying epic morphism)の製作に掛かった所要時間は合計で30分ほどです。作成に使った道具はiPhoneのみ。 はっきり言って、とても手軽。しかも楽しい!
結城はいまのところVTuberになる予定はないのですが、本当にないのですが、試しに女性に動きをつけて、Amazon Pollyの音声と合わせた動画を作ってみました。
◆最近、結城さんは圏論を勉強しているようですね - YouTube
https://youtu.be/fJAb7oEZ_Qg
この女性の口の動きは、Amazon Pollyの音声とはあまり同期していませんが、結城の口の動きと同期しています(リップシンク)。カスタムキャストの機能で、カメラで発話者の口や顔の動きに合わせてキャラクタの動きも同期するのです。上の動画では、Amazon Pollyで合成した音声を結城が耳で聞きながら発声し、リップシンクでキャラクタの口を動かすという迂遠な方法を取っているのであまりうまく行ってないのですね。
それはそれとして、自分の動きに合わせてキャラクタが動くというのは非常に強い魅力があります。VTuberの動きを見るのと、自分のキャラクタの動きを見るのとでは感覚がずいぶん違います。
しかも、カスタムキャストで「外カメラAR」にするとリアルな世界を背景にしてキャラクタを表示することもできます。自分の生活空間に、アニメのキャラクタが登場するというのはかなりの衝撃です。リアルな世界の黒板をARの背景にしてキャラクタがしゃべるというのもすぐにできちゃいますね。
バーチャルな美少女になることを「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」と呼ぶそうです。バ美肉して、やさしい数学トークをする……なんて、楽しそうです!
残る問題は、声です。自分の声で動画配信はあまりやりたくないので、男声女声のリアルタイム変換ができればなあ……実際「バ美肉」を検索すると「ボイチェン(ボイスチェンジャ)」が検索候補に出るので、みんな同じこと考えているのでしょうね。
結城はいまのところVTuberになる予定はないのですが、もうちょっとで始めたくなるかも……と思う最近の技術進歩です。
* * *
すでに、学問的なことを解説するVTuberの活動はさかんに行われています。たとえば以下の「VRアカデミア」ではVTuberのみなさんが、バーチャル講師としてバーチャル空間で講義を行っています。
◆VRアカデミア
https://sites.google.com/view/vr-academia
講義情報などは、Scrapboxにある以下の「VRアカデミア公式Wiki」を参照してください。
◆VRアカデミア公式Wiki
https://scrapbox.io/vr-academia-wiki/
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