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窪寺博士のダイオウイカ研究記-その12
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窪寺博士のダイオウイカ研究記-その12

2018-07-25 00:00
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    [本号の目次]
    1. 調査三年目の奇跡 – 上がってきた触腕
    2. 調査三年目の奇跡 – 巨大な吸盤
    3. 調査三年目の奇跡 – 船上のインタビュー
    4. 調査三年目の奇跡 – ロガーの静止画

    調査三年目の奇跡 – 上がってきた触腕

     太さ2.5㎜ほどの赤褐色のナイロン・テトロン幹縄が、ラインホイラーのローラーに巻き上げられて籠の中にぐるぐると溜まってくる。磯部さんは巻き上げるスピードを慎重に調整した。秒速0.8mほどで、漁業用縦延縄を巻き上げるときの約半分の速さである。私はラインホイラーの横に立って、海の中から揚がってくる幹縄を見つめていた。20分ほどたって、幹縄が終わると磯部さんはその下のナイロンテグスを素手で手繰り始めた。

     「先生なんか変なものが付いているよ! ダ、 ダイオウイカの足だ!!」

    海中を覗き込むと、白いロープのようなものがロガーの下のイカ針にかかって上がってくる。私も思わず

     「ダイオウイカの足だ! いや、触腕だ!!」

    と叫んだ。その声を聞きつけて、NHKのスタッフが舳先のほうから飛んできた。磯部さんはゆっくりと仕掛けを引揚げると、イカ針にかかった触腕を慎重に引き上げ始めた。手繰っても、手繰ってもなかなか最後までたどり着かない。甲板には太くて長いゴムチューブのような触腕がトグロを巻いた。船上は興奮の渦に巻き込まれた。

     「ひえー、ダイオウイカの触腕が、釣れちまった・・」

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    調査用旗流し縦延縄の旗竿と浮き球を取り込む

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    幹縄をラインホイラーで巻き上げる

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    船上に取り込まれた長い触腕とイカ針

    調査三年目の奇跡 – 巨大な吸盤

     引揚げられた触腕は、最初生きているかのようにウネウネと動いたが、すぐに弛緩して動かなくなった。伸ばすと船尾から前甲板まで達した。しっかり測ったわけではないが、6mを優に超えているだろう。先端部の70㎝ほどは柳葉状に広がり触腕穂になっている。その中央部には直径3㎝に達する巨大な吸盤がジグザグの二列に並び、その両側に長い柄の先に付く小さな吸盤が大きな吸盤と互い違いになるように配列されている。それらの吸盤に指を押し付けると、かなり強く吸いつき、中の角質環歯が食い込んだ。触腕穂は先端に向かうにしたがい細くなり、吸盤も小さくなり、ほぼ同じ大きさの四列吸盤となる。触腕穂基部側には、吸盤と肉瘤が小判型に配列された固着器がある。さらに固着器の手前、触腕の柱にあたる内側に小さな吸盤と肉瘤が点々と間をあけて一列に並び、切断部近くまでで続いている。この構造から、ダイオウイカはこの固着器で触腕穂の基部を接着させ、お互いの触腕柱に相対する小吸盤と小肉瘤でちょうどジッパーのように二本の触腕を一本の軸のようにとじることができると考えられている。二本の触腕がバラバラになるのが嫌なのだろうか・・・。

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    触腕穂と巨大吸盤、直径が3㎝を超える

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    指に吸い付く吸盤

    調査三年目の奇跡 – 船上のインタビュー

     大きな触腕穂を前にして、小山ディレクターがインタビューを開始した。岡本カメラマンがカメラを回して、関口さんが音声を記録する。みんな興奮気味である。

    小「これはダイオウイカの触腕に間違いありませんね?」
    私「間違いありません。確認のため研究室に戻ったらDNAも調べてみましょう」

    小「どうして一本だけ揚がってきたのですかね?」
    私「恐らくエサのスルメイカを両触腕で捕まえに来た時にその1本がイカ針にかかってしまったのでしょう。その後、自分で触腕を引きちぎって逃げたのか、我々がロガーを引上げる力で触腕がきれてしまったのかもしれません」

    小「大きさはどのくらいでしょう?」
    私「触腕穂の長さや吸盤の大きさが測定できますので、既知のデータから相関式を求めて推定できると思います」

    小「ダイオウイカの触腕を釣り上げたのは、世界初の快挙になりますね」
    私「小笠原や沖縄の漁師さんが偶にダイオウイカを釣り上げることがあると聞いたことがありますので、世界初ではないかと思います。でも、研究者の仕掛けた静止画ロガーにかかったのは初めてでしょうね」。

    小「小笠原ホエールウォッチング協会に帰ってカメラの画像を確認するのが楽しみですね」
    私「冷静のようで、話しているうちにだんだん興奮してきました。後はロガーのカメラとストロボがちゃんと稼働してくれているのを祈るだけです」

    調査三年目の奇跡 – ロガーの静止画

     父島二見港奥の漁船用岸壁に第八興勇丸が着岸すると直ちに、取り外した静止画ロガーを片手に握り、小笠原ホエールウォッチング協会に向かう。出迎えてくれた森さんに、

    「今日はダイオウイカの触腕が釣れちゃった。それもロガーの付いた仕掛けで」

    と、興奮を押し隠して、ぶっきらぼうに伝えた。森さんは少し戸惑ったようすで、

    「それって、ひょっとしたらロガーにダイオウイカが写っていることですよね!!」

    と叫ぶと、右手を突き出してきた。固く握手を交わしながら、

    「でも、ロガーがうまく動かなかった可能性もあるね」

    と少し弱気になった。漁の後かたづけを終えた磯部さんも押っ取り刀で駆けつけてきた。机の上にロガーとパソコンを置いて、専用のケーブルで繋ぐ。ソフトを立ち上げて保存するフォルダーを指定してリターンを押した。何時ものようにパソコンのモニターに、ロガーの静止画が数秒間隔で一枚ごとに現れては消えていく。大丈夫だ、ロガーは正常に動いていた。ちょっと安心。しかし、始めのうちは、仕掛けのラインと吊るした餌のスルメイカがぼんやりと写っているだけの画像が、分解写真のように続いた。そのうち一瞬、巨大なイカの頭と大きく左右に広げた腕が確認できた。

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    ロガーを開けてケーブルを繋ぐ。

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    49枚目、ダイオウイカ出現30秒前の静止画像。白いラインが仕掛けのテグス。その下に上下に餌のスルメイカが分かる。



    ・・・その13へ続く。

    一番最初からから読みたい方は下をクリックしてください。
    その1:http://ch.nicovideo.jp/juf25sui/blomaga/ar1471337

    *著者情報
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    【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
    水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
    ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。

    専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
    主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
         「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他

    詳しいプロフィールはこちら
    www.juf.co.jp/seminar/kubodera/

    「烏賊解剖学のススメ」を日本水中映像チャンネルにて公開中!是非ご覧ください
    http://ch.nicovideo.jp/juf25sui



    *頭足類の映像もあります
     日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7

    *講演情報などもアップしています
     日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms




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