[本号の目次]
1. 調査三年目の奇跡 – ダイオウイカを撮る
2. 調査三年目の奇跡 – 連続静止画像
3. 調査三年目の奇跡 – もう一つのミラクルショット
4. 調査三年目の奇跡 – 水深計の語ること
調査三年目の奇跡 – ダイオウイカを撮る
「お、お~」と3人から思わず声が上がる。しかし、画像の取り込みは中断することができない。その数秒後から長い腕を大きく広げて動き回る画像が次々と現れると、確証にかわった。我々は世界で初めて、ダイオウイカの生きて動き回る連続静止画像を撮ったのだ。森さんが今度は無言で握手を求めてきた。磯部さんは漁師の手でバシッと私の背中をたたくと、「先生、やったね!」と顔を綻ばせた。
600枚ほどの静止画像が自動的に番号を振られ、5分ほどでフォルダーに保存された。後は、静止画像のブラウザーを立ち上げて、一枚一枚時間をかけて見ていく。ロガーが水深200mに達し、30秒後ごとに画像を撮り始めてから50枚目、25分後の一枚が下の画像である。あまり鮮明ではないが、ダイオウイカの頭部と左右に広げた腕、腕に付いている吸盤、その間にぐるぐると丸めたような触腕が確認できる。仕掛けの下に付けた餌のスルメイカを二本の触腕で捕らえて、腕の間に引き込んだ瞬間を捉えたものと判定される。30秒ごとに1枚の画像としては、ミラクルショットといっても過言ではない。しかも、上に付けた餌のスルメイカに比べてなんという巨大な頭腕部であろう。
撮影開始から50枚目(25分後)の静止画、ダイオウイカが現れる。
調査三年目の奇跡 – 連続静止画像
その30秒後、51枚目の画像がこれである。フレームの下端に餌のスルメイカとその下に、ダイオウイカの腕の先端が写っていた。恐らくダイオウイカは餌を抱えてカメラの視界から泳ぎ去ろうとしたものと思われる。その後、10枚ほどは仕掛けのラインも餌のスルメイカも何も写っていない画像が続いた。そして62~88枚目になると、再び仕掛けのラインと一番下につけたイカ針を引っ張る細いロープのようなものが画像に捉えられるようになった。いったん泳ぎ去ったものの、触腕の一本がイカ針にかかってしまったため、逃げるに逃げられなくなったに違いない。89~106枚目では、下の方から仕掛けに近寄り、腕を大きく広げたりそのうちの何本かの腕でイカ針を包み込んだりする様子が連続して撮影されていた。恐らくかかった触腕を外そうとして、何度もトライしたと思われる。仕掛けのラインが強く引かれたため、ロガーのカメラとダイオウイカが相対することになり、このようなダイナミックな画像が記録されたのだろう。
右:67枚目の画像。仕掛けのラインとその下に白い紡錘形のイカ針(赤⇒)と針にかかる白い細いロープ状の触腕(赤⇒が写っている。
再びダイオウイカが現れた89枚目から5枚(2分30秒)おきに、94枚目、99枚目、104枚目、109枚目の画像。下の方から仕掛けに近寄り、腕を大きく広げたりそのうちの何本かの腕でイカ針を包み込んだりした。
その後、ダイオウイカは腕を大きく広げることはしなくなり、イカ針を抱えてラインの下に吊り下り蠢く様子が217枚まで続いた後、再度222~244枚目と257~265枚目にかけて仕掛けに近づき腕を広げて触腕を外そうとする行動が撮影された。357枚目からは、仕掛けのラインが画面から外れて、イカ針が時々視野にはいるだけとなった。やがて545枚目になると、イカ針とかかった触腕の一部が再度カメラに捉えられるようになり、555枚目にはイカ針に引っ掛った触腕穂と長く伸びる触腕柱がはっきりと確認された。そして、その30秒後の556枚目には、大きく撓んだ仕掛けのラインとその下に折れ曲がる触腕柱が捉えられた。見方によってはなんの変哲もない画像だが、引っ張り続けてきた触腕がこの時切れたことを示す貴重な画像となった。言うまでもないが、引っ張られて強いテンションのかかっていた触腕が破断したことにより、仕掛けのラインが撓んだのだ。30秒ごとに1枚の撮影で、数秒でも違っていたら、捉えられなかった一瞬である。これもミラクルショットであることは間違いない。
555枚目の画像、ラインの下に付くイカ針に触腕穂の基部がかかっている。
右:556枚目、触腕が破断した一瞬。仕掛けのラインが大きく撓んでいる。
調査三年目の奇跡 – 水深計の語ること
ロガー内蔵の水深計の記録を縦軸に、画像の番号を横軸にして示した図が下である。1000mの縦縄に付けたロガーが水深200mから撮影を開始してから25分後には、ロガーが水深900m付近まで達し、ほぼ静止状態になってすぐにダイオウイカがイカ針にかかったことが分かる。かかった後、ロガーは水深900mから二時間ほどかけて水深600mまで引き上げられた。この間に、仕掛けに近づき腕を大きく広げる行動が4回ほど観察された。恐らくダイオウイカは引っ掛った触腕を外そうと、仕掛けを力強く引きながら腕を大きく広げる行動をとったものと思われる。そのため、ロガーのカメラと腕を広げるダイオウイカが相対することになり、あのような連続画像が撮影されたものと考えられる。その後、ダイオウイカは疲れたのかロガーを強く引けなくなり、画角から外れるようになったのであろう。そのため、ロガーは水深600mから3時間ほどかけて幹縄と同じほぼ水深1000mまで沈んだ。そして画像578枚目、約4時間30分後に揚収のためロガーが急速に巻き上げられたことが分かる。触腕が切れた瞬間をとらえた556枚目は、我々がロガーを引揚げ始める10分ほど前のことであり、これがダイオウイカは自分自身の力で自らの触腕を引きちぎって逃げたことを証明する、貴重な一枚となったのだ。
縦 軸:水深(m)
横 軸:静止画像の番号(120で1時間)
hook on: ダイオウイカがイカ針にかかった瞬間
arms extend: 腕を大きく広げる行動が観察された時間
tentacle cut: 触腕が切れた瞬間
・・・その14へ続く。
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その1:http://ch.nicovideo.jp/juf25sui/blomaga/ar1471337
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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