小説『神神化身』第十三話

「舞奏」


 私が相模國(さがみのくに)の舞奏社(まいかなずのやしろ)で社人(やしろびと)として働き初めてから一年あまりが経つ。
 特に舞奏や舞奏社に造詣(ぞうけい)が深かったわけではない。興味があったわけでもない。私の暮らす浪磯(ろういそ)という地域では舞奏が盛んで、舞奏社もそれなりに重んじられていた。そんな中で、ちょうど人の求人があったものだから、応募してみただけだ。待遇も悪くはなかったし、この町における舞奏社というのは結構大事なのだ。町の中心……とまでは言わないけれど、シンボルではあると思う。
 とはいえ、舞奏についての知識は全然無かった。知っていることと言えば、この国の各地で親しまれている古くからの郷土芸能(とはいえ舞奏で一番重要なのはファンたちこと観囃子(みはやし)の歓心を得ることなので、耳に入る音楽自体は何も知らない私でもいいなと思うようなものだった。舞奏っていうのはエンターテインメントなのだ)だということくらい。
 実際、社人を務めるようになり、初めてまともに観たそれは迫力があって、とても楽しかった。これだけ観ていて楽しいものなら、各地で愛され続けている理由も分かる。特に相模國には六原三言(むつはらみこと)くんという浪磯の外でも有名な覡(げき)の子がいて、彼の舞は目を惹いた。

 六原くんはずっと前から舞奏の稽古を受けている努力家の覡で、しかも数少ない化身持ちなのだという。化身というのは、身体にある痣のことだ。これがあると優れた才能を持つ覡だと見做(みな)され、無条件に舞奏社へ所属出来る……らしい。化身が無いノノウの人たちが高い技量によって覡として所属を許される例もあるようなのだけれど、やっぱり舞奏社では化身の有無を重要視しがちだ。実際、化身持ちである六原(むつはら)くんはノノウたちより優れた舞をするし、化身を重用する傾向も分からなくはない。

 ただ、私個人の意見としては、六原くんの舞が優れているのは、彼自身の努力の賜物だ、と思ったりもする。

 そんな彼は、今度の舞奏競(まいかなずくらべ)に出るという。

 舞奏には主に二種類ある。一つはこうして観囃子の皆さんを楽しませるためのもの。もう一つは他の舞奏衆(まいかなずしゅう)と技量を競い合う舞奏競と呼ばれるもの。
 各地には沢山の舞奏社がある。舞奏衆はいわばその代表だ。精鋭たちが集う大会とあれば、その盛り上がりは伝わるだろうか。勝敗は観囃子のみんながどれだけ楽しんだかで決する。そして、一番優れた舞奏衆を決めるのだ。
 これは舞奏社というものの成り立ちからみても大きなことだ。舞奏というのは元々、観囃子の熱狂を通じてカミに歓心を捧げる為のものだったらしい。ということは、こうして様々な場所の覡たちが一堂に会する機会は何よりカミを喜ばせるものだということだ。盛り上がったら、やっぱり嬉しいっていうことなんだろうな。


 ところでここでいうカミとは、八百万一余(やおよろずひとあまり)と称されることも多い。これは神道で用いられる『八百万の神』に由来する言い方だ。これは舞奏社におけるカミの性質を簡単に表していると思う。私達が知っている神様とは違うカミ。八百万からも外れた一余りのカミ。私が先輩から受けた説明では、このカミっていうのは、宛先を限定しない祈りの行く先、なんだそうだ。
 苦しいとき、悲しいとき、人は思わず何かに助けを求める。あるいは信じられないほど嬉しいことがあったときや、すんでのところで助かったときなんかは思わず何かに感謝したりする。そのふんわりとした人間の感情の向かう先が『カミ』という不思議な受け皿なんだそうだ。

 私はこの考え方が好きだ。そういうカミなら確かに、あの舞奏の場の不思議な熱狂と相性がいいだろうな、と思う。私たちの楽しい気持ちというか、何に宛てたわけじゃない「世界、ありがとう~!」の気持ちが巡り巡ってカミに届いてるなら、まあなんか嬉しいなって。
 ちなみに、勝ち進んで大祝宴(だいしゅくえん)に到達したら、カミは舞奏のお礼に願いを叶えてくれるっていう逸話もある。まあ、それは多分ただの逸話でしかないんだろうけど。夢があるよね。

 そうだ、六原くんの話だ。六原くんが舞奏競に参加するということになって、相模國の社はにわかに活気づいている。私たち社人の役目は広範な舞奏のサポートだ。覡とノノウの管理の他に、稽古のスケジュールを組んだり、色々な申請をしたりするのが仕事である。こうして書くと、芸能人のマネージャーに近いのかもしれない。
 ともあれ、自分のところの覡が舞奏競に出るというのは大ごとなのだ。私たち社人は粛々と、それでも一丸となって六原くんのことをサポートしている。
 六原くんの舞奏は本物だ。彼ならきっと勝てる。どんな覡にも負けない。……なんてことを思うのは、自分のところの覡に甘すぎるだろうか。でも、舞台の上の六原くんを見た人間はみんな同じことを思うはずだ。
 少し気になるのは、六原くんには舞奏衆を組む相手がいない、ということだ。少し前に化身の出ていないノノウ出身の覡と二人組を組んでいたのだけれど、今は結局六原くんが一人で舞っている。六原くんの実力を疑っているわけじゃないが、六原くんと一緒に頑張ってくれる相手がいないのは心配だ。
 この町の化身持ちといえば、もう一人有名人がいる。九条屋敷と呼ばれる駅前の大きな屋敷に暮らす、九条比鷺(くじょうひさぎ)くんだ。九条の家はこの町で一番の資産家で、発言力も強い。そこの息子の一人である九条くんは、小さい頃から色々な意味で有名人だった。才能豊かな九条のお坊ちゃんで、おまけに化身まであるというから、相模國には九条くんの所属を待ち望んでいたらしいのに。結局九条くんは覡にはならなかった。一社人として、彼の舞奏を見てみたかった気もするけれど。

 

 今日も六原くんは稽古に来る。自主練習も欠かさない。私は淡々と業務をこなしながら、カミに向かって祈っている。六原くんが大祝宴まで辿り着けますように。

 



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著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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