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小説『神神化身』第三十二話 「舞奏競・果ての月 決着」
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小説『神神化身』第三十二話 「舞奏競・果ての月 決着」

2020-12-25 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第三十二話

    舞奏競・果ての月 決着」


     結果が発表されるまで、比鷺は生きた心地がしなかった。上手く舞奏が奉じられなかったからじゃない。あまりにもさっきの舞台に手応えがあったからだ。三人で舞っている時、比鷺はまるで自分達が一つに溶け合ったかのような錯覚を覚えた。
     互いに視線を向け合っていたわけでもないのに、比鷺には二人がどこに立っているかが手に取るように分かった。稽古中には届かなかった領域に、櫛魂衆は確かに触れられたのだ。
     勿論、まだ自分達の舞奏には足りないところがいくらでもある。九条家の血を引いた覡としては、あまりに未熟で恥ずかしいくらいだ。やっぱり弟の方ではその程度。きっと、目の肥えた観囃子ならそう言ってくるだろう。
     しかし、今出来ることはやった。その手応えが間違いなくあった。
     だから、認められたかった。幼馴染である自分達の絆が、歓心を得るに相応しい宝物であると。
     隣に立っている遠流は、柄にもなく緊張しているように見えた。三言はいつも通り落ち着いている。いや、比鷺には分かる。静謐な表情の奥で、三言は微かに高揚している。興奮を押し隠して、初めて挑んだ戦いが終わるところを待っている。
     一瞬が永遠にも感じられる。どうか、お願いします。もう誰に祈っていいものかも分からないけれど、必死に頼む。お願いします。


     そして、舞奏競を取り仕切る社人が高らかに宣言した。
    「果ての月──勝者は相模國・櫛魂衆」
     厳かに告げられたその言葉を噛みしめる。櫛魂衆、という言葉が自分の幻聴でないかが不安で、声が上げられない。
     そんな比鷺の横で、小さな声がした。
    「……やった」
     らしくもない声に、思わず視線を向ける。声の主は遠流だった。普段の冷徹な遠流でもなく、嘘っぽい国民の王子様でもなく、小さい頃の何にもやる気の無い遠流でもない。大きな目の端に微かに涙が滲んでいたが、それを笑う気にはなれなかった。
     何故なら、比鷺の視界も滲んでいたからだ。ずっと付き合っていた大作RPGのエンドロールってわけでもないのに。そのまま、遠流が言う。
    「やった! 三言! 比鷺! まだ一回だけど……僕達、勝ったんだ!」
     遠流が言うと共に、観囃子からの拍手が送られる。そして、舞台の照明が完全に落とされた。暗闇の幕で覆われた舞台から下がり、改めて噛みしめる。──嘘じゃない。本当に勝ったんだ。
    「……比鷺、お前泣いてるのか?」
     遠流が呆けたように言ってくる。慌てて目を擦って言い返した。
    「……ぐ、泣いてないし。や、泣いてたとしても別にいいし。舞奏披の時に三言だって泣いてたし、全然恥ずかしくないし、そうだ三言だって、みっ、三言こそ泣いて、」
     そして、比鷺は三言の方を見た。きっと三言も喜んでいるだろうと思ったからだ。あの三言だって、嬉しそうに涙を滲ませて自分達のことを見つめているだろうと──。
     けれど、そうではなかった。
     三言が見つめているのは、相手取った闇夜衆の方だった。より正確に言うなら、リーダーの皋所縁だ。
     皋は三言の視線に気がついていないのか、悔しそうな、けれどどこかこの結果を噛みしめているような表情でいる。あれだけ凄まじい舞奏を奉じたのだから、やりきった表情になるのも無理は無いのかもしれない。そのくらい、闇夜衆は凄かったのだ。ややあって、三言はよく通る声で言った。
    「萬燈さん。俺が──いや、櫛魂衆が勝てた理由を教えてください」
     声を掛けられた萬燈夜帳が、三言に視線を向ける。藤色に澄んだその瞳は圧が強く、自分を見られたわけでもないのに、少し気後れしてしまう。
     負けたというのに、その顔に浮かんでいるのが得体の知れない喜びであることも恐ろしく感じる。まるで、初めて海に触れたかのような顔だった。萬燈はそのまま、笑み混じりの声で言った。
    「リーダーをすっとばして俺に聞くのか。言語化の面ではまあ妥当だな。六原。お前は見る目がある」
    「俺達は、何故勝てたんですか」
    「そりゃあ観囃子の期待に十全に応えたからだろう。お前らの舞奏は俺が沸き立つほど素晴らしかった。それだけ実力があって、そのことが分からないわけでもねえだろう? お前は櫛魂衆を誇ってるんじゃねえのか?」
    「それは──そうです。それじゃあ、闇夜衆が負けた理由は何ですか? 俺は、闇夜衆を凄いと思った」
    「それまで俺に聞くか? なあ、九条比鷺。お前はどう思う?」
    「ぎっ……な、なんで俺……」
     萬燈の視線が不意に比鷺に向けられる。このまま走って逃げようとも思ったのだが、二人を置いていくわけにはいかない。そして何より、萬燈がどういうつもりで自分を指名してきたかは分かっている。その奥の期待が、嫌だけど分かってしまう。
     だから比鷺は、仕方なく口を開いた。
    「だ、だって、その、闇夜衆は凄かったし……格好良かったけど……あんな風に互いを食い合うようなやり方で上手くいく方が難しいんじゃないの。最初は萬燈先生が明らかに強すぎる舞奏をするなって思ってたけど……それに応じる為に、皋さんと昏見さんが好戦的な舞奏を全力で奉じてたでしょ。なんかその……見てて、息出来ないくらいだった。あれが正直、どうかなっていうか……あと中盤一箇所、攻めに転じすぎて皋さんの振りが乱れた瞬間があった、し。いや、一瞬だったんだけど」
     小さい頃から、舞奏を見る目だけは鍛えられてきたのだ。本当に優れた舞奏はどんなものなのか、何が本物の才能であるのかを、比鷺はずっと試され続けてきた。だから、分析出来てしまう。
    「ひっ、生意気言ってすいませんでした! お、俺みたいな人間が意見とかマジで無理……で、でも俺、闇夜衆の舞奏、俺達とは全然違ってて、魅了されたし……」
    「ああ、それでいい。負担を掛けて悪かったな。感謝する。……さて、六原。大体お前の知りたいことは分かったんじゃねえのか? お前の親愛なるチームメイトが語ったのが、闇夜衆の舞奏の特色。飽くなき競い合い、食い合う死闘だ。が、それはまだ育ちきってねえ」
     萬燈が、舞奏に使用していた扇を広げる。
    「だが、舞奏競はこれで終わりじゃねえ。この飽くなき競い合いが、これからも熟れゆくことを俺は期待している。いいや、確信している。おっと、うっかり宣戦布告までしちまったな。関心には応えられたか?」
    「じゃあ……」
     その時、三言が独り言のように呟いた。
    「……願いの有無は関係が無いのか」
     三言が本当に聞きたかったことが何かが、そこでようやく分かった。修祓の儀で初めて闇夜衆に相対した時に、皋所縁に言われた言葉を思い出していたのだろう。
     闇夜衆の舞奏を見てから、ずっと。
    「飽くなき競い合い……あれが、願いを持つ人間を旗手に据えた舞奏。闇夜衆の、舞奏……。俺は、それを凄いと思った。……魅了された。あの輝きがどこから来るのか、俺は知りたい。あれが願いがあるが故なら──」
     眩しい、と比鷺は思った。三言は自分の感じた輝きが、自分の率いる櫛魂衆に宿るかどうかを心配している。三言の舞奏は十二分に美しく、輝いているのに。それでもまだ足りないと思っている。だから、強引にでも萬燈に理由を求めた。
     どうして三言はここまで一心に舞奏に向き合うことが出来るのだろう。考えると恐ろしいのに、その姿勢を尊く思っているのも事実だった。
    「いいや、そうじゃない。六原。願いが無くとも、お前が率いる櫛魂衆の舞奏は素晴らしかった」
     舞台上で発したのと同じくらい朗々とした声で、皋が言った。
    「だから、種類が違うだけだ。お前はお前の信じる道を行けよ、六原。櫛魂衆で、お前の信じる舞奏を奉じ続ければいい」
     けどな、と皋が前置いてから、不敵に続ける。
    「事件が迷宮入りするのは探偵が諦めた時だ。どれだけ時間がかかっても、真相に辿り着いた時が解決だ。だから、俺は諦めない。必ず最後には勝ってみせる」
    「そうですね。夜は何度でも来ます。再び相見えることもあるでしょう。感謝しますよ。今日は私にとっても夢のひとときでした」
     昏見が笑顔で言う。それを聞いた三言が、結果発表後初めての笑顔を見せた。
    「……分かりました。次も負けません。ありがとう、闇夜衆」


     果ての月で見事勝利を収めた櫛魂衆には、御秘印が授けられることになった。
     御秘印というものがどんなものなのかは知らなかった。九条の家で伝え聞くことがあっても、実際にそれを目の当たりに出来るのは舞奏競の勝利者だけだからだ。
     社人が取り出してきたのは、金色の矢羽を持った一本の矢だった。普通の矢と違うところは、鏃の部分が鍵の形になっているところだ。即ち、御秘印とは鍵の頭部が矢に挿げられた鍵──開化舞殿を開く為のものであるのだろう。
     そのことに、比鷺は驚きを覚える。隣にいる遠流も驚いているだろうと思っていたが、遠流の方は特に驚いてもなさそうだった。まるで何を受け取るのかを知っていたかのような顔だ。御秘印を遠流が見るのは初めてのはずなのに。あるいは、遠流は御秘印というものに興味が無いのかもしれない。
     代表者である三言が御秘印を恭しく受け取る。その姿は様になっていて、それだけで頑張った甲斐があったな、と思った。いや、ここから更に頑張るのは正直しんどい気もするけれど、それでもだ。
     その時、御秘印を受け取る三言の右手の甲に──化身のある部分に微かな変化があった。波と菊を合わせたような化身に、弾ける波の飛沫のような、散り行く花弁のようなものが足されていた。





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    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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    ©神神化身/ⅡⅤ

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