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第四話第一章 虚舟  

著:古樹佳夜
絵:花篠

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■『不思議堂【黒い猫】~阿吽~』 連載詳細について


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◆◆◆◆◆神社◆◆◆◆◆

光のどけき春の日
風に煽られた桜の花びらが、さらさらと音を立てて宙を舞う。
花びらは忙しなく地面に降り積もり
赤い鳥居や、小さな境内社を、白のまだら模様にかえる。
神社には誰もいなかった。
麗かな春の風景を見つめているのは、
鳥居の前の二匹の狛犬だけだ。
右の狛犬は口を大きく開け、
左の狛犬は口を閉じていた。
と、思いきや……

吽行「ふわ〜……」

左の狛犬が、大きな欠伸をしたのだった。

阿行「吽行。人の子が見ていたらどうする」
吽行「居ない、大丈夫だ」
阿行「まったく、石像が欠伸をするな。おかしいだろう」
吽行「阿行はいいな。いつも口を開けていられるのだから。私だって、たまには口を開けたくなる」
阿行「閉じておけ。それがお前の仕事だ」
吽行「ふん……」

苦言を呈された狛犬は不満そうに口を閉じた。

魚売り「ふう、ふう」

神社の階段を、棒手振りの魚売りが息を切らせながら登ってきた。

まずい、と狛犬たちは背筋をいっそう伸ばして、
微動だにしないように努めた。

境内に近づいてきた魚売りは狛犬たちの前で一礼し、
鳥居を潜ってまた礼をする。
それからパンパンと、柏手を打った。

魚売り「神様、今日も河岸で仕入れた魚は、全部売り切れました! 長屋のおかみさんたちも喜んでたし、感謝感謝です」

大きな声で、今日の成果を報告している。
その横で、狛犬たちは男をチラリと横目で見た。