ぼくと妻は大きな鏡の前に坐っている娘を後ろから見ていた。鏡に映る娘は神妙な顔をしている。中腰になった美容師さんが髪に櫛を入れている。やさしく、丁寧に、細くて長い髪を解いていく。生まれて以来一度も切ることのなかった後ろ髪は腰の上辺りまであった。娘がこの世界で呼吸し始めてからの歳月そのものだった。ぼくらが娘とともに過ごした季節そのものだった。ぼくらは海から歩いて5分くらいのところにある美容室を訪れていた。ガラス張りの店内にやさしい冬の陽光が降り注いでいた。
「ゆきちゃん(Eテレの子供番組に出ている小学生のお姉さんだ)みたいにしてください」
たどたどしくも意志のはっきりした娘の注文を理解した美容師さんは「はい、お客様」と笑いかけ、後ろ髪をゴムで結んで三本の毛束にした。振り返ってぼくらを見ると、ひと呼吸ついてから、毛束一本ずつにゆっくりと鋏を入れた。
「こちら、持ち帰られますか?」
三本の毛束がぼく
草の根広告社
「愛というのは、互いに相手の顔を眺め合っていることなのではなくて、同じ方向に二人で一緒に眼を向けることなのである」
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