朝、娘が咳き込んでいた。楽しみにしていた遠足の振替日だった。熱はないが、食欲もない。
「念のためだからね」
 八時過ぎに娘を近所の小児科へ連れて行く。平日の海辺の町はとても静かで窓を開けると秋の清冽な潮風が車内を吹き抜けていった。絶好の遠足日和なのに可哀想にと後部座席の娘を見遣った。

 ちょっとした手違いで診察まで車の中で三十分ほど待つことになった。娘と二人きり。これといってやることもない。
「こっちに坐る?」
 娘を走行中は坐ることのできない助手席に誘った。いつも坐りたがる助手席からの景色に興味津々だった。サンバイザーの鏡に向かって百面相をしている。
「話でもしようか?」