体温計が忽然と消えた。
最後に手にしていたのは娘だった。日曜の朝のことだ。起き抜けに娘の頬に触れたら熱っぽい感じがしたのでベッドの上で計るのに使ったのだ。幸い平熱だったので体温計をケースに戻したところで「じぶんではかる」と奪われてしまった。「どこに置いたの?」と聞いたが「うーん、わからない」と首を傾げる。それでも寝室から持ち出されてはいないことだけは確かだった。妻と娘と三人で寝室中をくまなく探した。ベッドの下、マットの間、毛布の中。クローゼット。午前中いっぱい探せるところは何度も探したけれど、どこにも見当たらない。体温計は寝室という密室からまるで煙のように消失していた。
草の根広告社
「難事件」
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