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ビジョンと共に 3 高橋 朗
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ビジョンと共に 3 高橋 朗

2012-12-16 20:56
     9
     
     フロッガーとピョンスキーに別れを告げ、ケロピーとデメックは再び二匹だけの旅を続けた。その旅は、いよいよ最終段階に入る。既にベースキャンプまで、あと2日くらいの距離まで戻ってきている。
     そして、この地で最終課題を行う。今ケロピーとデメックがいる場所には、蛇がたくさんいる。最終課題とは、蛇を撃退する練習なのだ。文字通り、命がけである。
     「蛇を見たら、即座に逃げる。それが、身を守るための鉄則だ。しかし、逃げ遅れた仲間がいた場合、ハンターである我々は、逃げるわけにはいかない。我々ハンターは、自分の身を挺して、仲間を助けなければならない。だから、一人前のハンターになるためには、蛇の撃退方法を身に付ける必要がある」
     「はい」
     ケロピーは、気を引き締めて返事をした。
     「この周辺のことについては、お前も知っているな?」
     「はい。ここは、第一次警戒エリアです」
     第一次警戒エリアとは、一般のカエルの立ち入りが禁じられている場所のことである。その理由は言うまでもなく、蛇がたくさんいるので危険だからだ。そのためケロピーは、これまで一度も、この辺りに近づいたことがない。
     「蛇は、我々よりも長い距離を素早く動くことができる。だから、逃げ遅れた場合は、確実に捕まる。つまり、100%間違いなく、ヤツらの牙の魔の手に掛かるわけだ」
     「それじゃあ、助けようがないじゃないですか」
     「まあ、慌てるな。ここにいる蛇は、アオダイショウと言って、毒のないタイプなんだ。だから、噛まれただけでは、死なんよ」
     「でも、食べられてしまうでしょう?」
     「いや、ヤツらは、噛み付いても、すぐには飲み込まない。飲み込む前に、獲物の大きさを見極めるんだな。どのくらい大きく喉を広げれば飲み込めるのかを、ゆっくりと考えるんだよ」
     「そうなんですか」
     ケロピーは、蛇がカエルを口に銜えて、獲物の大きさを吟味した後で、ゆっくりと飲み込むところを想像した。それは、一気に食べられてしまうよりも、よけいに恐ろしいことのように感じた。
     「だから、そこが救出のチャンスになる。蛇が考えている間を狙うんだ」
     「でも、どうやって?」
     ケロピーには、蛇に対抗する方法が全く思い浮かばない。相手は身体が大きい上に、動きが速い。それに何より、鋭い牙を持っている。それなのに自分は、何の武器も持っていないのだ。
     だからケロピーは、人間たちが「蛇に睨まれたカエル」という言葉を遣っていることを思い出した。そして、きっと自分も蛇に睨まれたら、恐ろしくて身動き一つできないだろうと思った。しかしデメックは、落ち着いた声でケロピーに言った。
     「よく考えてみろ。獲物を口に銜えている時の蛇は、牙が使えない。つまり、丸腰状態だ」
     「あ、そうか。そうですね」
     「だから、恐れる必要はない。落ち着いて、攻撃のチャンスを見極めることが大切だ」
     「どうやって攻撃すればいいんですか?」
     「ヤツらの頭を、思いっきり蹴っ飛ばすのさ。こんなふうにな」
     そう言ってデメックは、右足で空中を蹴った。しかし残念ながら、いくらデメックと雖も、カエルの蹴りでは蛇をやっつけることはできそうにない。だからケロピーは、また不安になった。
     「でも、それだけじゃ、蛇にとっては、何のダメージもないんじゃないですか?」
     「その通り。でも、それでいいんだ。目的は、ダメージを与えることじゃない」
     「じゃあ、何が目的なんですか?」
     「ビックリさせることさ。ヤツらは獲物を銜えている時、自分が無防備であることを知っている。だから内心、ビクビクしているんだ。そういう時に不意打ちを食らったら、驚いてすぐに攻撃態勢を取ろうとする。つまり、牙を出すために、獲物を口から離すってことだな」
     「ああ、なるほど」
     デメックの説明を聞いて、ケロピーは心底から感心した。言われてみれば、その通りだ。そう思って、蛇がビックリして銜えていたカエルを口から離すところを想像した。オタマジャクシの頃から恐れていた蛇を、自分がビックリさせる。ケロピーはこれまで、そんなことは一度も想像したことがなかった。
     そして、そういうことを想像するのは、とても楽しいことだった。だから、知らず知らずのうちに、笑顔になっていたらしい。デメックに、それを指摘された。
     「な? 蛇を蹴るのは、楽しそうだろう?」
     「はい。早くやってみたくなってきました」
     「よろしい。では早速やってみようじゃないか」
     蛇を撃退する練習をするために、二匹は蛇を探し始めた。ケロピーにとって、蛇を追い求めるという経験は、もちろん初めてのことだ。これまでのケロピーにとっての蛇は、追い求めるどころか、見かけたら即座に逃げなければならない相手だったのだ。
     「なあ、ケロピー」
     「はい」
     「蛇を探して歩くのは、楽しいと思わないか?」
     「言われてみれば、そうですね。楽しいです」
     「よし。それでいい」
     ケロピーは、デメックに言われるまで、自分が楽しい気分になっていることを自覚していなかった。そして、楽しい気分になっていることに気づいて、不思議な感じがした。恐ろしいはずの蛇を探すのが、なぜ楽しいのか分からなかったのだ。
     「でも、なんで楽しいんでしょう?」
     「それは、いつもと違うことをやっているからさ。そして、そういうことを楽しめることは、ハンターにとって、とても重要なことなんだ。違いや変化を嫌っていたら、危機や問題に気づかない。違いや変化があることに、喜びを感じるくらいじゃなければ、危機や問題に気づくことはできないんだよ」
     「確かに、そうでしょうね」
     ケロピーは再び「蛇に睨まれたカエル」という言葉を思い出した。相手を恐れて立ちすくんでいたら、むしろ危険が増す。止まっていてはダメだ。動き回った方がいいに決まっている。変化を好むということは、自分も動いて変化するということでもあるのだ。ケロピーは、そう思った。
     蛇をビックリさせることを想像しただけで楽しかったのは、これまでと違うことを考えたからだ。そういうことを考えることは、楽しいことなのだ。それは、自分が変化したから、楽しいのである。ケロピーは、それに気づいた。
     そして、ミツバチたちの8の字ダンスを観察していた時のことを思い出した。あの時も、実は楽しかった。だから、あれだけ執念深く観察できたのだ。あの観察が楽しかったのは、変化を探していたからだ。ちょっとした違いや変化を見つけることが、楽しかったのだ。それが、執念につながっていたのである。そして、その執念のおかげで、ちょっとした違いや変化を見つけることができた。
     つまり、変化を好むことと執念を持つことは、表裏一体なのだ。変化を好まなければ、執念は生まれない。そして、執念を持たなければ、変化を見つけることはできない。ケロピーは、そのことに今気づいた。
     「ケロピー、いたぞ」
     「え? どこですか?」
     「ほら、あそこ」
     ケロピーは、デメックが指差した方を注意深く見つめた。すると、少し離れた場所の茂みの陰に溶け込んでいる、蛇の姿が確認できた。
     「大きいですね」
     「あれは、さほど大きな方じゃない。まあ、練習には丁度いい大きさだな。とにかく、ヤツが獲物を捕らえるのを待とう。それまでは、この距離を保つ」
     「了解です」
     それからケロピーとデメックは、慎重に蛇を見張り続けた。近づきすぎると、危険がある。しかし、離れすぎると、見失ってしまう。そのギリギリの距離を保ちながら蛇を見張り続けるのは、とても緊張する作業だ。何しろ、命がけなのだ。
     ケロピーは、集中力が途切れないように、心の中で老師の言葉を繰り返し唱えた。ビジョンと共にあらんことを。
     
     
     
     10
     
     しばらくして、蛇の方も、ケロピーとデメックの存在に気づいた。そして、二匹が意図的に距離をとっていることも理解したようだ。だから、二匹を捕らえようとして近づいても、すぐに逃げられてしまうと判断したらしい。そのため蛇は、二匹の方には近づいてこない。
     そうなると、蛇にとっては、ケロピーとデメックは存在していないのと同じだ。餌にもならず、敵にもならないのだから、気にしたって仕方がない。いてもいなくてもいい存在というのは、いないのと同じなのだ。だから蛇は、二匹のことを無視している。
     そういう状態が、丸一日続いた。そして遂に、蛇が獲物を捕らえる時が来た。蛇がねずみを見つけたのだ。そして、そのねずみは、蛇に気づいていない。だから恐らく、蛇はねずみを捕らえるだろう。
     二匹は、その瞬間のために、こっそりと蛇に近づく。蛇は二匹のことを気にしていないので、まんまと蛇に近づくことができそうだ。ケロピーがそう思っていると、デメックが小さな声で言った。
     「止まれ」
     「え? どうしてですか? この距離じゃ、まだ、跳んでも届きませんよ」
     「跳んで届く距離に近づくのは、ヤツがねずみを銜えてからだ。その状態になる前に近づくと、こっちが食われてしまうかもしれないからな」
     「分かりました」
     蛇がゆっくりとねずみに近づいていくのが見える。少し進んでは止まり、ねずみの様子を確認して、また少し進む。蛇がねずみを捕らえるのは、もう少し時間がかかりそうだ。
     「いいか、ケロピー。ヤツがねずみを捕らえたら、一気に近づく。ただし、蛇の方も移動する。だから、蛇がどっちに移動するのかを、よく見るんだ」
     「はい」
     「お前はこれまで、蛇が獲物を銜えているところを見たことがないだろう?」
     「ええ、ないです」
     「獲物を銜えている時の蛇は、自分が攻撃できない状態にあるから、警戒態勢になる。だから、一方向に進まずに、あっちに行ったりこっちに行ったりするんだ。つまり、どっちに移動するのかが分かりにくいってことだ」
     「なるほど」
     「それに、蛇の方が我々よりも動きが速い。だから、蛇の動きを予測して、先回りする必要がある」
     「どうすれば予測できるんですか?」
     「だから、相手の動きをよく見るんだよ。そして、考えるんだ。どんなに予測不可能に見える動きでも、必ずそこには規則性がある。その規則性に気づけば、次にどっちに方向転換するのかが分かるはずだ」
     「分かりました」
     蛇は、かなりねずみに近づいた。もう少しで、射程距離に入りそうだ。ねずみはまだ、蛇に気づいていないらしく、その場を動こうとしない。
     突然、蛇がねずみに襲い掛かった。蛇の牙は、ねずみの身体にがっちりと食い込んでいる。そのため、ねずみが激しく暴れているのに、蛇の口からは外れそうにない。
     「今だ! 行くぞ!」
     そう言ってデメックは、蛇に向かって先に走り出した。ケロピーも、急いでデメックに続く。
     ねずみの動きが次第に小さくなっていく。それがケロピーの目には、どうあがいても無駄だと観念したかのように見えた。でも今回は僕が助けてやる、とケロピーは強く思った。
     ねずみの抵抗が治まってくると、蛇は移動し始めた。どこか安全な場所に移動してから、ゆっくりと食事を楽しむのだろう。今の蛇は、無防備だ。あの状態でカラスにでも襲われたら、いくら蛇でもひとたまりもないだろう。
     ねずみを銜えた蛇は、デメックが言っていたとおり、頻繁に方向を変えながら移動していく。そのせいで、進むスピードが遅くなっている。だから、ケロピーの足でも追いつくことができる。
     しかし、次にどちらの方向に進むのかを見極めることは、とても難しかった。ケロピーは走りながら、蛇の動きを注意深く観察した。蛇の向こう側を、ケロピーと同じように、デメックが走っているのが見える。万が一ケロピーがしくじったら、すぐにフォローする態勢だと分かった。
     ケロピーは、温泉に行く途中でデメックから教わったことを思い出した。それは、仮説の構築のことだ。何かに気づくためには、「こうかもしれない」という仮説を立てる。そうしなければ、新しいことは見えてこない。
     仮説を立てながら蛇の動きを観察していると、蛇の動きの基本パターンがあることが分かってきた。蛇は方向を変えずに進んでいる時には、基本的に同じように動いているのだ。そして、方向を変える時には、その寸前にほんの少しだけ違う動きをする。ケロピーは、それに気づいた。
     だからケロピーは、蛇の動きを予測して先回りした。すると蛇は、ケロピーの思ったとおりの方向に頭を向けた。ドンピシャ!
     ケロピーは心の中でそう叫びながら、思いっきり蛇の頭を蹴飛ばした。
     不意を衝かれた蛇は、驚いて口を開けた。とっさに反撃するために、反射的にねずみを放して、牙を出したのだ。その瞬間、ねずみは一目散に逃げていった。蛇は、ねずみを追いかけようとした。その隙に、ケロピーは蛇から離れて、草むらに隠れた。
     蛇はきっと、自分を攻撃したのがカエルだということにも気づいていないだろう。何も考えずにのうのうとしていたら、蛇でもカエルに攻撃されるのだ。どんな強者にとっても、いつどんな落とし穴が待っているのか分からないのである。しかも、ボンヤリしていたら、落とし穴に落ちても、その原因にすら気づかない。今の蛇は、そういう状態だ。
     蛇がどこかに行ってしまうのを待って、ケロピーは草むらから這い出した。そして、デメックの姿を探した。
     「デメックー!」
     「ケロピー、こっちだ」
     デメックの声のする方を振り向いた。すると、デメックがニコニコしながら近づいてくるのが見えた。
     「見事だったぞ」
     「ありがとうございます」
     「蛇の頭を蹴飛ばした感想は?」
     「爽快でした」
     「だよな。オレも、初めて蛇の頭を蹴飛ばした時のことは、今でもよく覚えている。あの時は、実に爽快だったな」
     「今は、蛇を蹴飛ばしても、爽快じゃないんですか?」
     「もう慣れてしまったからな。爽快な気分になれるのは、初めてのことにチャレンジした時だけだよ」
     「蛇を蹴飛ばすことも、何度もやれば慣れることができるんですね」
     「まあな。どんなことでも、何度もやれば慣れるさ。逆に、一度もチャレンジしなければ、どんなに簡単なことでもできないままだ」
     「怖がって避けていることでも、チャレンジすれば意外に簡単なのかもしれませんね」
     「小さな変化を受け入れることすら、怖がるヤツもいるからな。でも我々ハンターは、そういうわけにはいかない」
     「そうですね」
     「ところで、これで修行は終了だ。卒業おめでとう」
     「あ、そうか。これまで、色々ありがとうございました」
     ケロピーは、デメックに頭を下げた。そして、これまでのことを思い出した。ここまでの道のりは、長かったような気もするし、短かったような気もした。
     「さあ、ベースキャンプに戻ろう。もうひとがんばりだ」
     「はい」
     デメックが言ったとおり、もうひとがんばりしないと、ベースキャンプには辿り着けない。何しろ今は、第一次警戒エリアの中にいるのだ。いつ蛇に出くわすか分からない。だから、しばらくは緊張を解けない状態が続く。
     でも、今のケロピーは、その緊張すら楽しめるくらいに成長している。そして、その成長に、自分自身でも気づいている。成長は変化することであって、だからこそ成長することは楽しいのだと、ケロピーは実感していた。
     
     
     
     11
     
     ケロピーとデメックは、無事に第一次警戒エリアを抜けて、ベースキャンプに戻ってくることができた。二人の帰還を、ハンター仲間たちが出迎えてくれた。みんな、二人の無事の帰還を喜び、最後まで修行をやり遂げたケロピーを褒め称えた。
     修行が終わると、1週間後に、お祝いのパーティをする慣わしになっている。すぐにではなく1週間後なのは、それまでの間に、ゆっくりと修行の疲れを癒すためだ。
     実際、ケロピーは、かなり疲れていた。旅をしている間は、緊張状態が続いていたため、あまり疲れを感じていなかった。しかし、敵が襲ってくる心配のないベースキャンプに辿り着いて、眠り慣れた自分の寝床に入ったら、一気に緊張が解けて疲れを感じた。ケロピーは、泥のように眠った。
     しかし、その眠りは長くは続かなかった。何か大変なことが起こったらしく、非常警報が鳴り響いたのだ。
     その音を聞いて、ケロピーは飛び起きた。そして、寝床から出て、どこかに走って行こうとしているカエルを呼び止めた。
     「何があったんだ?」
     「蛇だよ蛇!」
     「蛇が、どうかしたか?」
     「蛇がベースキャンプの中に入ってきたんだよ!」
     「まさか! ベースキャンプの中には、蛇は入れないはずだろう?」
     「とにかく入ってきたんだよ! お前も早く逃げろ!」
     そう言って、そのカエルは走ってどこかに行ってしまった。恐らく、それとは逆の方向に蛇がいるのだろう。だからケロピーは、そちらの方向に向かって走り出した。もちろん、蛇を撃退するためだ。
     途中で何匹ものカエルとすれ違った。みんな大声で何かを叫びながら逃げていた。それらの叫びから判断すると、侵入した蛇はとても大きいようだった。
     さらに先まで進んでいくと、若いハンター仲間たちが10匹ほどで、何かの作業をしているのが見えた。近づいていくと、周辺に落ちている瓦礫を積み上げて、バリケードを作っているということが分かった。どうやら、その向こうに蛇がいるらしい。ここで食い止めれば、仲間たちは助けられる。そう判断したケロピーは、ハンター仲間に声をかけた。
     「手伝うよ」
     「ああ、頼む」
     バリケードを積んでいると、その隙間から蛇の身体が一部だけ見えた。それだけでも、とてつもなく大きな蛇だということが分かる。ケロピーが修行の時に蹴飛ばした蛇よりも、3倍くらいは大きいだろう。
     あんなものが襲ってきたらと考えて、ケロピーは恐ろしくなった。ベースキャンプの中には、ハンターではない普通のカエルたちが多いし、オタマジャクシだっている。ここを突破されたら、皆殺しになってしまうかもしれない。
     ケロピーは、ハンター仲間たちと共に、必死でバリケードを積み上げた。しかし、いくら積み上げたところで、蛇がいなくなるわけではない。蛇がベースキャンプの奥深くまで侵入してくるのを、一時的に防いでいるだけだ。このバリケードが蛇に破られるのは、時間の問題だ。
     「皆の者、ご苦労である」
     声の方を振り返ると、老師が立っていた。そして、その後ろには、マスターたちが勢揃いしていた。もちろん、その中にはデメックの姿もある。バリケードを作っていたハンター仲間たちは、いっせいに直立姿勢になった。
     「わしらはこれから、このバリケードの向こうに入って、蛇をベースキャンプから追い払う。皆は引き続き、ここでバリケードを固めるのじゃ。決してバリケードの中に入ろうとしてはならん。よいな?」
     「はい、マスター」
     老師の指示に対して、若いハンターたちは直立姿勢のまま、声を揃えて答えた。それを見届けてから、老師は後ろに控えているマスターたちを振り向いて声をかけた。
     「では、参るかの」
     老師はそう言うと、マスターたちの先頭に立って、バリケードの隙間から向こうに進んでいく。その老師の背中に続いて、マスターたちが次々とバリケードの向こうに消えていく。
     「よし! 僕たちは、老師のご指示通り、バリケードを固める作業を続けるぞ!」
     「おー!」
     誰かの声に応じて、若いハンター仲間たちが声を上げた。そして、いっせいに作業を再開した。
     ケロピーも、その中の一匹だ。もっと高く、もっと固く。ケロピーは、そのことだけを考えながら、無我夢中で作業を続けた。
     どのくらいの時間が経ったのか、30分か、それとも1時間か、あるいはそれ以上なのか、ケロピーには全く分からなかった。気づくと、全身から汗が滴り落ち、のどがカラカラだった。
     ケロピーは、一休みして、水を飲みに行くことにした。疲れ果てた身体を引きずって、ようやく水場に辿り着いた。そして口にした水は、とても甘く感じられた。まさに、生き返る思いだった。
     そこでケロピーは、はっと我に返った。のどが渇いて水が飲みたいのは、自分だけじゃないことに気づいたのだ。一緒にバリケードを作っている仲間たちも、いや、それ以上に、蛇と戦ってくれているマスターたちの方が、単純な作業をやっていただけの自分なんかよりも、もっともっとのどが渇いているはずだ。
     ケロピーは、いつの間にかマスターたちの戦いのことを、他人事のように考えていた自分のことを恥じた。この戦いは、マスターたちの戦いではなく、自分たち全員の戦いなのだ。当事者意識を持たなければダメだ!
     そう思ったケロピーは、自分に今できることを考えた。それは、すぐに思いついた。水を汲んで、マスターたちに届けるのだ。
     ケロピーは、急いでバリケードに戻った。そして、水をマスターたちに届けたいということを、仲間たちに話した。ケロピー一匹だけで汲むことができる水の量は、高が知れている。だから、みんなで水を汲んで、できるだけたくさんの水をマスターたちに届けるというのが、ケロピーの考えだ。
     仲間たちは、すぐにケロピーの考えに賛同した。問題は、どうやってバリケードの向こうにいるマスターたちに水を渡すのか、である。しかし、これについても、ケロピーには考えがあった。
     自分がバリケードの中に入るのだ。他の仲間たちは、まだ修行を終えていない。だから、蛇の撃退方法を知らない。ここにいる仲間たちの中で、ケロピーだけがそれを知っているのである。
     ただし、老師からは、絶対にバリケードの中に入ってこないようにと指示されている。しかし今は、緊急事態だ。老師だって、蛇との戦いがこんなに長引くとは思っていなかったに違いない。だからこそ、水の準備をせずに、バリケードの向こうに入って行ったのだろう。ここは、臨機応変に行動すべきだろう。ケロピーは、そう判断した。
     とは言え、無謀なことをすれば、かえってマスターたちの足手まといになってしまうかもしれない。だから、バリケードの中に入るといっても、向こう側に手を出す程度までだ。そこまででも、水を渡すことはできる。
     水を汲む作業は、すぐに開始された。みんなでバケツリレーをして、どんどん水を汲んで、バリケードの前に集める。それをケロピーが背負って、バリケードの中に入っていく。
     向こう側が見えてきたところで、蛇の様子を確認したが、そこからは何も見えなかった。それに、マスターたちの姿も見えない。蛇もマスターたちも、どこかに隠れているようだ。
     「デメーック!」
     ケロピーは、大声でデメックの名前を叫んだ。
     「来るなと言っただろう!」
     どこからか、デメックの声が返ってきた。
     「そっちには行きません。水を運んで来たんです。ここに置いて行きますから、飲める時で飲んでください」
     「了解! すぐに戻れ!」
     「はい」
     デメックの指示に従って、ケロピーは水を置いて、すぐに後退した。そして後退しながら、今耳にしたばかりのデメックの声を思い返した。その声の調子から、デメックは決して怒っていなかったことが分かる。そのことからケロピーは、自分の判断が正しかったことを確信することができた。
     
     
     
     12
     
     蛇との攻防は、その後も続いた。蛇もマスターたちも身を隠した状態なので、我慢比べ状態になっているのだ。先に動いた方の負けだ。
     ケロピーと仲間たちは、水だけではなく、食料も運び始めた。デメックがケロピーに、そう指示したからだ。
     その指示を受けたケロピーは、デメックから自分が一人前のハンターとして認められていることを実感した。何しろ、大きな蛇がいる場所まで食料を運んでくれという指示なのだ。命懸けの仕事だ。そんなことは、一人前のハンターにしか頼めないものだ。
     ケロピーは再び、自分に今できることを考えた。ただし、さっきとは少し違う。今度は、一人前のハンターである自分が今できることは何かを考えているのだ。
     しかも、何度も水や食料を運んだことで、バリケードの向こう側の状況も少しずつ分かってきた。明らかに言えることは、マスターたちの疲労がかなりのレベルに達していることだ。水や食料は確保できているとはいえ、戦闘状態の中の緊張は、時間と共に、確実に肉体にダメージを蓄積させていく。これ以上このままの状況が続けば、いくらマスターたちと雖も、どうなってしまうか分からない。だから、一刻も早く戦いを終わらせることを考えるべきだ。
     しかし、ケロピーには、自分に何ができるのか分からなかった。何しろマスターたちですら手を焼いている状況なのだ。そこに自分が飛び込んでいっても、何の役にも立たないどころか、足手まといになるだけだろう。
     もし自分にデメックくらいの実力があれば、とも思った。でも、仮にそれだけの実力が自分にあったとしても状況は変わらないと、すぐに気づいた。何しろ当のデメック自身が既に戦闘に参加しているのに、この状況なのだ。
     ケロピーは、想像してみた。自分がデメックの実力だったら、ではなく、デメックが今の自分の立場だったら何をするんだろう、と。きっとデメックなら、一番疲労が激しいマスターと自分が交代しようとするだろう。でも、ケロピーには、マスターと交代できるだけの実力はない。
     では、老師だったら、どうするだろう? 老師ならきっと、デメックとは違うことをするような気がする。ケロピーは、老師になったつもりになって、一生懸命に考えてみた。
     老師が今の自分の立場だったら、きっと老師は戦闘には加わらない。なぜなら老師なら、他のマスターにもできることはしないと思うからだ。他のマスターにはできない、自分だけがやれることをしようとするはずだ。それは、なんだ?
     他のマスターにはできなくて、戦闘に加わらない老師だけがやれることは、どんなことだろう?
     それは、自分だけが戦闘の外にいるという条件を最大に利用するということだ。
     それに気づいたケロピーは、それならば自分にもできるのではないかと思った。そして、戦闘の外にいる者だけができることを考えた。そして、一つのアイデアを思いついた。うまくいくかどうかは、分からない。でも、やってみなければ、何も起こらない。そして、仮に失敗したとしても、それによって生じる不都合は、自分が少々無駄な苦労したということだけだ。そんなことは、どうでもいい。そう考えたケロピーは、思いついたアイデアを、すぐに実行に移すことにした。
     まず、急いで外に出た。そして、ベースキャンプの壁に沿って移動する。中で戦闘が行われている辺りまで行くのだ。
     その辺りに着くと、ケロピーは枯葉を集め始めた。そして、ある程度の量が集まると、それに火をつけた。枯葉に火がついたのを確認すると、再び枯葉を集めて火にくべた。それを何度か繰り返すたびに、火が大きくなって煙も盛大に上がっていく。
     その煙は、ベースキャンプの方に流れていく。ケロピーがあらかじめ風を読んで、そうなる場所で焚き火を作ったのだ。
     次にケロピーは、煙の流れに沿って、ベースキャンプに近づいていった。そして、ベースキャンプの壁まで来ると、そこにあった窓を開けた。当然、窓から煙が、ベースキャンプ内に入っていく。
     それからケロピーは、また焚き火のところに戻って、枯葉を集めて火にくべるということを繰り返した。どんどん火が大きくなり、煙がもうもうと立ち上る。ベースキャンプからは少し離れているので、火は届かない。煙だけがベースキャンプ内に入っていく。
     ケロピーが狙っているのは、まさにこれだ。ベースキャンプに煙を充満させて、蛇を燻し出そうとしているのだ。蛇はどこから侵入したのか分からないが、きっとそこから出て行くはずだ。マスターたちにも煙たい思いをさせてしまうが、どうしても我慢できなくなったら、バリケードの外側に退避することだろう。とにかく今は、蛇をベースキャンプの外に出すことが最優先だ。
     ケロピーはそう思っているのだが、果たしてその通りになるだろうか。それは、神のみぞ知るところだ。
     ケロピーは、蛇が出て行ってくれることだけを念じながら、ひたすら焚き火に枯葉をくべ続けている。かなり大きくなった焚き火の近くにいるのだから、もちろん熱いし煙い。でも、中にいるマスターたちは、もっと煙いはずだし、蛇と命がけの戦いをしているのだ。焚き火くらいのことで、音を上げるわけにはいかない。
     ケロピー自身は必死の想いなので気づいていないが、この時ケロピーの全身は、ひどい火傷を負っていた。
     自分も一人前のハンターなんだという思いが、ケロピーを奮い立たせていた。ビジョンと共にあらんことを。ケロピーは、それを繰り返し唱えた。
     しばらくすると、ベースキャンプの方から、声が聞こえてきた。
     「おーい! そこの君!」
     煙が入ってく窓から、一人のマスターが顔を出して、大きな声で叫んでいる。
     「蛇は出て行った! だから煙は、もういい!」
     え? 蛇が出て行った? そうか。うまくいったんだ。みんな助かったんだ。そう思った途端に、張り詰めていたケロピーの緊張が一気に解けた。そして、そのまま気を失った。ケロピーは、体力の限界をとっくに超えていたのである。
     2週間後、ベースキャンプは、すっかり平和を取り戻していた。そして今、パーティが始まろうとしている。ケロピーのためのパーティだ。
     本来であれば、1週間前に、修行の終了を祝うパーティが行われているはずだった。そのパーティの仕切り直しという意味もあるが、それだけではない。
     盛大なファンファーレが鳴り、パーティの開始を告げる。大勢のカエルたちが見守る中、一匹のカエルがゆっくりとした足取りで壇上に上がっていく。そのカエルは、身体のあちこちに包帯を巻いている。身体中に、怪我をしているのだ。だから、ゆっくりとしか歩けないのである。
     そのカエルが、ケロピーだ。ケロピーは、全身に火傷を負い、昨日まで入院していた。今でも包帯だらけではあるが、もう大丈夫。自分で歩けるし、食事もできる。だから今日、ケロピーのためのパーティが開催されたのだ。
     ファンファーレが終わり、ケロピーが壇上の席に座った。そして今度は、壇上に老師が姿を見せた。
     「皆の者、今日は素晴らしい報告ができる」
     老師は、厳かな声で言った。
     「今ここに、一匹の若きマスターが誕生する」
     そう。ケロピーは、マスターの称号を与えられることになったのだ。今回の活躍が認められて、これまでの記録を抜き、最年少でのマスター昇格である。
     「若きハンターよ。そなたは、今この瞬間より、マスターとなる。その名を汚さぬよう、より精進に励むが良い」
     「はい、マスター」
     「ビジョンと共にあらんことを」
     「ビジョンと共にあらんことを」
     こうしてケロピーは、マスターとなった。久しぶりのマスターの誕生ということもあり、盛大なパーティが行われて、みんなお祭りムードになっている。そして、その中心に、ケロピーは座っている。
     しかし、とケロピーは思っていた。2週間前の蛇の侵入の原因は、まだ特定されていない。だから、またいつ侵入されるかもしれないのだ。危機は去ってはいない。今がどんなに平和に見えていても、危機はすぐそこに迫っているかもしれないのである。そう思いながらケロピーは、密かに気を引き締めるのだった。
     そんなケロピーのことを、少し離れた場所からデメックが見守っていた。デメックはケロピーの表情から、これだけのお祭り騒ぎの中、しかも自分が主役であるにも関わらず、ケロピーが油断せずに危機意識を持ち続けていることを見抜いた。そして、愛弟子が期待以上に成長したことを、心から喜んでいた。
     
     
     
     終わり
     
     ***
     
     ●「ビジョンと共に 3」 高橋 朗(リアルテキスト塾2期生)
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    橘川幸夫放送局通信
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