「おばさん」をキーワードに、揺らぐ年齢観や女性の価値観の変化を、歴史社会学者の田中ひかるさんがつづる連載、第9回目は、「おばさん」という呼び方のニュアンスを変えた理由を、あるブームから紐解きます。

「オバタリアン」が流行語大賞を受賞

この連載では、「おばさん」と「オバサン」を適宜使い分けてきました。“他意”なく中高年女性を指す場合は「おばさん」、“他意”がある場合は「オバサン」です。

「おばさん」を「オバサン」と書き換えなければならないほどに、そのニュアンスを大きく変えたのが、1990年代の「オバタリアン」ブームです。

「オバタリアン」という言葉は、「おばさん」と1986年公開のホラー映画『バタリアン』(Battalion=大群)の合成語で、堀田かつひこさんの4コマ漫画『オバタリアン』で使われたのが最初です。

『オバタリアン』は『まんがライフ』(竹書房)などに連載されたあと、1988年から1998年にかけて単行本13巻が刊行され、テレビアニメも製作されました。作品では図々しいオバサンの生態がおもしろおかしく描かれ、「オバサンは図々しい」というイメージが定着してしまいました。

世の中がなんとなく「オバサンて図々しいよね」と感じていたところへ、『オバタリアン』がお墨付きを与えた形です。共感が共感を呼び、ブームとなったことは、「オバタリアン」という言葉が1989年の「新語・流行語大賞」で流行語部門の金賞を受賞したことからもわかります。

なぜ「オバサンは図々しい」とされたのか

「オバタリアン」ブームが始まった1990年前後といえば、“団塊の世代”の女性たちが40代半ばに差しかかった頃です。この世代の女性たちは、20代前半にウーマン・リブの洗礼を受けているため、上の世代に比べると男女同権意識が強いと言えます。「女は一歩下がって男に従うべき」という考えの人たちには、図々しく映ったのではないでしょうか。

また、「図々しい人」はどの年代にも一定数いるはずですが、“団塊の世代”の場合は母集団が大きいため、「図々しい人」の人数も多かったのかもしれません。さらに、この世代の女性たちは、積極的に社会へと出て行ったため、目立ったということもあるでしょう。

『女性の呼び方大研究――ギャルからオバさんまで』(三省堂、1992年)の著者遠藤織枝さんは、社会が豊かになり、時間に余裕のある主婦たちが、生協や産直共同購入を始めたり、市民運動に関わったりと「マス(集団)」として社会に関わるようになったことで、「オバサン」が目に付くようになったと述べています。

「オバタリアン」ブームの頃に比べれば、最近は「オバサンは図々しい」という偏見はあまり聞かなくなりました。それは、女性が社会に出て男性と対等に働くことが当たり前になり、女性が“男性のように”主張したり、行動したりすることを「生意気」「図々しい」と捉える人が少なくなったからでしょう。

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田中ひかる(たなか・ひかる)さん
歴史社会学者。1970年、東京都生まれ。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行っている。近著『明治を生きた男装の女医―高橋瑞物語』(中央公論新社)ほか、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)など著書多数。公式サイト

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