仕事からその人が見つけた大切なモノを探る「大和撫子の生き方クローゼット」第6回。
世の中には「カラダにいい」と言われるものがあふれています。きちんと選んで取り入れていくためには、自分なりの軸がとても大切です。
今回お話を伺うのは、新規就農者(はじめて農業に従事する人)支援や有機栽培についての情報を発信し、安心できる食べものをつくる人と食べる人を結ぶ「ほんものの食べものくらぶ」を運営する手島奈緒(てしま なお)さん。最近では、1か月間、遺伝子組み換え食品を食べない生活を綴った書籍「いでんし くみかえ さくもつ のない せいかつ」を出版、5日には「新鮮野菜.net」というサイトもオープンしました。
手島さんにとって、本物の食べものとは?と聞くと「わたしが食べておいしいもの!」と即答。この「おいしいもの」とは、どのように選び抜いてきたのでしょうか。
食べものは命をいただき、自分のカラダを作るもの専門学校を卒業し、大阪の広告代理店に就職。情報誌の編集に携わった後、一度故郷の鳥取に戻ります。手島さんが食に興味をもったのはちょうどそのころ。
「26歳の頃、『美味しんぼ』というマンガを読んだんです。そこには、伝統的な製法で作った調味料や、農薬や食品添加物が少なく、真面目に作られたものはおいしいと描かれていました。それで、単純にどのくらいおいしいか知りたくなりました」
当時の鳥取ではなかなか手に入らない食材が多かったため、東京に出てすぐ、こだわりのお醤油や有機野菜をワクワクして購入したそう。
「でも最初は全然おいしいと感じなかったんです。それでも買ってしまったので食べ続けなくちゃいけなくて。すると、しばらくして一般の市販品を食べたら、逆にそっちがおいしく感じられなくなっていたんです。自分のカラダが有機や食品添加物の入っていないものでできあがっていったので、他のものがまずく感じられるようになったのだと思います」
その後、「大地を守る会」に入社し、広告代理店での経験を活かして商品情報誌の編集を担当。会社にある本をすべて読み、食品添加物やマクロビオティックなどの知識を得たといいます。また、当時の大地を守る会では、入社時の研修で屠畜場の見学があったのだそう。
信頼関係は素の自分を見せない限り作れない「実際に現場を見て、食べものは命なのだと認識しました。その経験がベースにあるので、自分の食べるものが自分を作るということを実感できました」
商品情報誌を作っていく上で、加工品や畜産の知識を身につけた手島さん。入社して7年目、産地担当への部署異動がありました。
「産地をまわり、契約農家に会いに行くのですが、当時、産地担当の女性はわたし一人。女だというだけで『信用できない、来なくていいから』と言われたこともありました」
異動したてでそんな厳しいことを言われたらへこたれてしまいそうですが......
「へこたれませんでしたね。人になめられるのはイヤなんです(笑)」
厳しいスタートから6年。産地まわりを経験して、性格が大きく変わったと手島さんは言います。
「最初は嫌われたくなくて、自分を取り繕っていました。でも、そのうちそういうのが面倒になって......。相手は素なのに、自分が取り繕っていては話を聞いてもらえない、好きなことが言いたい! と思い、バサッと取り繕うのをやめました」
さらりと言ってのける手島さん。ですが、実際に自分ができるかと考えると、とても勇気がいることに感じます。 素の自分で向き合うことで、農家の方々との関係性は変わりましたか?
「そうですね。農家の人たちってお世辞はいらないんですよ。おいしくなかったら、そう言ってほしい。こちらが素直にイマイチなんじゃない? と言ってはじめて、本音を話してくれるんです。『おいしいね、でもちょっと渋いねー』なんて言うと、それまで『今年はよくできた』と言っていたのに、『あ、わかっちゃった?』なんて。本音を見せてこそ、本当の信頼関係が築けるとわかりました」
手島さんが担当していたのは、作る人の顔が見える有機栽培の野菜や果物。口にするものを売るという責任があるからこそ、信頼関係は不可欠だったと言います。
心を第一に働かせて、進み続ける「雑談の時にぽろっと農家の方の本音を聞くことがあったんです。『食べる人の顔を思い浮かべると、変なものを作れない。自分の作ったものを食べて、それが命になるのだから』と。そんなことを話してくれるのも、信頼関係があってこそ。以前、商品情報誌の取材で聞いていたのはうわっつらの話だったんだなぁ、と気づきました」
産地担当になってから6年。楽しく仕事をしていた手島さんに、再び異動の話が。 会報誌のリニューアルにあたり、制作部署のチーム長として古巣の編集へと戻ることになります。入社当初に編集を担当していたときとは、書くことが全く違ったのでは?
「違いましたね。必ず取材に出かけ、表紙にも農家やメーカーさんなど作り手を起用して、生産の現場をきちんと伝える内容にしました。最初の編集の際に得た畜産や加工、そして産地まわりで得た野菜の知識。すべてを制作の現場に投入しました」
自給自足を目指して、家庭菜園をしている手島さん。11月下旬に収穫したたくさんの野菜。おいしそう!
どんな環境に移っても、前のステージで得た知識と経験をきちんと次に活かし、一つひとつ改善していく手島さん。それは、「やりにくいな」とか「何か違和感があるな」とざわついた心に目を背けず、自分の気持ちを素直に受け止めているから。
大人になると頭ばかりを働かせて、気持ちと相反することが訪れたときも「これでいいんだ」と自分を納得させようとしますが、まずは頭よりも心が感じたことに従うと、本当においしいもの、ひいては、本当に大事なモノに出会えるのかもしれません。
自分を好きでいるために予期せぬ異動や、うまく進まない仕事にストレスを感じている女性へアドバイスをいただけますか?
「思うようにいかないことは多いと思いますが、その中にも楽しいことや改善できることは必ずあるので、それを見つけて精一杯やってみてください。今やっていることに、何一つ無駄なことはありません。その経験は絶対マイナスにならないし、いつか役に立ちます。
今を精一杯楽しんで過ごすことも、自分のためによい食べものを選ぶことも、どちらも自分を大切にすること。『こんなつまらない仕事をしている自分』ではなく『いつか役に立つから改善する力を身につけようとしている自分』の方が楽しいに決まっていますし、そういう自分の方が好きになれます」
生き方自体が問題点改善の旅のような手島さん。次のテーマは「新規就農者が作る野菜の売り先づくり」だそう。
信念を持って食べものを作る新規就農者に立ちはだかる、「作ったものを売る場所がない」という壁。手島さんはその状況を改善するべく、つくり手と食べる人を結びつけるポータルサイト「新鮮野菜.net」をオープンさせました。
生き方にも「おいしい」の言葉にも、しなやかで強い芯が感じられる手島さん。そんな手島さんが生み出したサイトで、本物の食べものに出会うのが楽しみです。
[ほんものの食べものくらぶ,新鮮野菜.net,いでんしくみかえのないせいかつFacebook]
(取材・文/渡部えみ)