はじめまして、フォトグラファーの柳原久子です。都会のまん中に住みながら自宅で野菜を育て、はや10年。そら豆は空にむかって実るので「空豆」、落花生は花が落ちた土のなかにさやが生まれるので「落花生」など「へえー」な発見の毎日です。野菜のことをもっと知りたいと、野菜ができる様子、おいしい野菜を作るための工夫、そして売りものの野菜を見る食べるだけでは伝わらない、農家さんの野菜への想いのレポートを始めました。
今日訪れたのは千葉県山武市にある有機農園「三つ豆ファーム」。個人宅配やレストラン、都内のマーケットに出荷している農園です。笑顔で迎えてくれたのは代表の山木孝介さん(37才)と妻の暖子さん。ちょうど午前の出荷を終えたばかりのお昼ころ。「今からお昼ごはんなんですよ。よかったらご一緒に」というありがたいお言葉。もちろんです!とずうずうしくもいきなりお昼のご相伴にあずかることに。


さっそく二階建ての古民家風のおうちへおじゃまします。さて今日の献立は?
「小松菜のいためものと水菜、春菊とカブのたまねぎドレッシングサラダ、ふかした里芋です」と、ササっとお料理を出してくれる暖子さん。さっそくいただきます!
見た目もイキイキとした野菜はみずみずしくスルスルと体へ入っていきます。毎日の食卓に穫れたて野菜をふんだんに使うそう。うらやましい限りです。
「今日は特別にモンゴルうどんもつくりました」。うわーいうれしいなあ、でもモンゴルうどんって何ですか?
「農業研修のとき、モンゴル系中国人の仲間とこの家をシェアして住んでたんです。粉文化圏の彼らはお米を食べ続けるとお腹をこわしちゃう、といつも小麦を練ってうどんやぎょうざを食べてました。台所に湯気がこもってハフハフしながら食べているのがあまりにも美味しそうでつくり方を教わったんですよ」。
へぇー。それはぜひともいただきたい。さっそくハフハフしながらずずっと。びっくりするのはスープのうまみ。スパイスも効いています。「だしは豚肉と野菜だけ。ひき肉と野菜を煮込むとうまみがよくでるんですよ。彼らは夜食べたうどんの残りのスープにまたうどんを入れて朝も食べてました」。その気持ち、わかるなあ。私もさっそくつくってみようっと。
ところで「三つ豆ファーム」という農園の名前、おもしろいですね。
昔の農民は豆を蒔くとき三粒ずつ蒔いた。
一粒は空の鳥のため。
一粒は地の虫のため。
一粒は人間がいただくために。『豆を蒔くとき、三粒ずつ蒔け』より引用
『豆を蒔くとき、三粒ずつ蒔け』小松昌幸著/光曇社刊
棚から大事そうに取り出してくれたのは一冊の本。「タイトルを借りました。収穫するものぜんぶを持っていこうとしたら農薬を使ったりしないといけない、持続可能にはできない。いのちあるものと共に生きていける農業をしたいと」。
そうですね、都会に住んでいると忘れがちだけれど私たちはたくさんの命と共存して生きているんですよね。
身も心も暖まったところでいよいよ畑へ。田んぼや畑、雑木林の間を軽トラで走ること10分、ひらけた平地の一画が三つ豆ファームです。カブ、ダイコン、ホウレンソウ、コマツナ、ブロッコリーなど多品種の秋野菜が色とりどりに順調に育っています。
明日のマーケットのためにてきぱきとホウレンソウを収穫していきます。
「これからですよ、千葉の野菜がおいしくなるのは。寒くなると野菜はじっくりと大きくなって甘みが出てきてきます。旬の野菜は栄養価も高いです」。

「これは『まほろば』っていう、今はあんまりつくられなくなった日本ホウレンソウに近い品種です。病気に弱い、葉が柔らかいから流通に向いてないからって、一般にはつくられていないんです。でもウマいんですよ、ウマいからつくる」。
横からひとくちパクリ、たしかに柔らかくてえぐみがないですねえ。そしてホウレンソウにしては色が薄いような。「チッ素分など肥料を増やせば緑色が濃くなっておいしそうには見える。でも入れすぎると土のバランスが悪くなって虫が増えたり病気になったりする」。
へえー。色の濃い野菜がおいしいと思ってましたが違うんですね。
「おいしい野菜って品種選びが大事なんです。ふつうカブっていうとカブでしょ。でもウマイ品種、マズイ品種ってあるんですよ。つくりやすさ、姿かたちのよさ、葉が折れにくく流通しやすいっていう理由で育てる品種が選ばれちゃう。けど僕は自分が食べてウマイって思ったものをつくってます。あとは旬、鮮度がよければ」。
ちなみに今収穫しているのは?「これは白馬というカブです。甘みがあっておいしいんです」。そういえばお昼のサラダにも入ってましたね、みずみずしくて甘かったです。
収穫を終え次の畑へ。こちらの畑ではキャベツ、ハクサイ、レタスなどが虫よけネットの中で育っています。「出荷するにはちょっと早いかなあ、でも今日はキャベツ食べたいな。初ものはうれしいんで特においしく感じちゃいます」。最初に食べられるのはもちろん育てた人。農家の特権ですね。
まるまると太ったいも虫を発見しました。コイツですね、葉に穴を開けているヤツは。「夜盗虫くんで~す。でもつぶしちゃいま~す」。えええっ。手で、ですか?
「僕はぜったい手で殺すことにしています。だって無礼じゃないですか。命を断つのに足でつぶすなんてことはしない、最後はわが手で」そ、そうかもしれないけれど。「ここは虫よけネットをかけるのが遅くなって虫が発生しちゃった。ネットをかければ無農薬でも大丈夫なんです」。そうすると野菜もおいしくなる?「おいしい野菜のための無農薬、じゃなくて。農薬かけるとイモ虫だけじゃなく関係ない虫も死んじゃう。いい虫も悪い虫も何もしない虫も。人間が全部持っていくのはイヤなんです」。

畑はすべて無農薬。土のなかの虫、それらを食べる鳥などまわりの生き物のことも考える。山木さんの力強いことばに三つ豆ファームの名前の由来をあらためて思いおこしました。
無農薬、ということは肥料にもこだわりが?「もちろんです。見に行きましょう」案内してくれた畑には巨大なポリ容器がふたつ。「この中では米ぬかとダイズのおからを混ぜたものが発酵中です。そろそろいい感じに仕上がっているはず」。
シートを外して中から出てきたものは...あらっ、これは色といいかおりといいぬか床では?
「ぼかし肥料です。発酵させているので野菜が吸収しやすく育ちがよくなるんです。あ~このニオイがたまらない」。山木さん、なんだか畑にいるときよりうれしそう。
「微生物が好きなんです。大学院ではバイオテクノロジーを学んでいました」
なるほど、目が研究者になっています(笑)。
「山木くーん」となりの畑の農家仲間が声をかけてきました。「今からホウレンソウをまくんだけどさ、この品種ってさ......」。なにやら農法の相談のようです。たよりにされてますね。「勉強熱心なんだよね、山木くんは。栽培方法を地元の農家に聞くと大体答えは同じ。けど山木くんは、違うよ、これでもできるよってつねに新しい方法にとり組んでいる」。山武市では新規就農者が多く、10年前に農園をはじめた山木さんは先輩として一目おかれる存在です。

「10回やって9回は失敗、やっぱり昔ながらの方法がよかったりもします。でもやってみなくちゃわかんない。成功したらその技術は惜しみなくまわりの仲間と共有する。そしたらもっといい方法が見つかるかもしれないし」。
自然と地域と人と共存しながらの三つ豆ファーム、これからも楽しみです。
取材を終えて
取材翌日、わが菜園でも発見しました、カブについた青虫。さっそく我が手で...と素手で取れたものの手で断つのはやっぱりムリ。いのちと向き合うにはまだまだ修行が必要でした。
モンゴルうどんのレシピ
◆材料
ひき肉(豚肉、牛肉など)、ネギ、ニンニク、じゃがいも、青菜(チンゲン菜、ほうれん草など)、塩、胡椒、粉山椒、八角、ゴマ油、うどん
◆作り方
1.ひき肉をきざみ、塩、胡椒、粉山椒、ゴマ油、きざんだネギ、ニンニクをくわえてもみこみしばらく置いておく。
2.フライパンでひき肉をいため、じゃがいも、青菜をあわせていため水と八角をいれしばらく煮込む。
3.じゃがいもがやわらかくなったらゆでたうどんを入れる。
三つ豆ファームの野菜を買える場所
三つ豆ファームの野菜を食べられるところ
[三つ豆ファーム]
撮影・文/柳原久子