■はじめに
株式投資をする上で、なにが最も参考となる資料でしょうか?
わたしは、その問いに自信を持って「決算短信」(以下、短信)と答えます。
さて、短信とは、個別企業が決算動向を3カ月ごとに発表するときの定型資料のことです。企業が短信をプレスリリースすることを、「決算発表」といいます。短信は、20数ページに及ぶ資料ですから、目を通すだけでも大変です。
しかし、そんな人でも決算短信(以下、短信)の「表紙」くらいは目を通すことはできるでしょう。短信の表紙を分析するだけでも、実に多くのことがわかるのです。
短信の表紙に記載されているいくつかの項目が株価の動向を決めるといっても過言ではないのです。株式市場では大量の情報がシャワーのように降り注いでいます。流言や観測記事の多くは雑音に過ぎません。数ある情報の中で、短信が最良、最速の情報なのです。
決算発表が直接的に株価動向を決するわけですから、短信の表紙を理解することがファンダメンタルズ分析の第一歩です。
短信を正しく理解することで、投資成績は格段に向上します。
巷には、「すぐわかる」を売り物にした株式投資の教則本で満ち溢れています。
すぐわかるのはよいのですが、書店に置かれている株関連の書籍のほとんどが、一目均衡表やローソク足といった、特定のテクニカル分析手法を紹介するものです。
例えば、株価がある一定の範囲で上下すると想定して、範囲の下限で買い、上限で売るというボックス・トレードと呼ばれる手法があります。
しかし、どんなに優れているテクニカル指標も、銘柄と相性のあったものを選ばなければ失敗してしまうのです。
あまり一般には認識されていませんが、テクニカル分析は、正反対で相容れない2つの手法が矛盾しながら共存しています。「順ばり」とよばれる上がった銘柄を買う方法と「逆ばり」という下がった銘柄を買う方法です。
両者は全く逆の概念で全く逆のことを推奨しているのです。
順ばりを選ぶべきなのか、逆ばりを選ぶべきなのかは、投資家の判断にゆだねられています。
どちらが正しいのでしょう。
それは、そのときの運しだいというのが本当のところです。
株価は「上がる」と「下がる」の繰り返しです。
上がった後に、まだまだ上がる株もあれば、上がったり下がったりを繰り返す株もあります。株価の動きは、振り子の運動のような力学的な原理ではないため、過去の動きからの予測は困難なのです。
たとえば、天気予報では、台風の進路を予測します。台風であれば、偏西風の向きや強さや気圧の配置といったように、予測するために必要となる要素が株価予測よりは、比較的少ないといえましょう。偏西風はいつも西から吹いてきます。それでも台風の進路を正確には当てることができないのです。
ましてや、株価を当てるのはもっと難しいでしょう。
なぜならば、株式市場では、一瞬のうちに追い風が向かい風になることがあります。また、どんなささいな経済ニュースも個別株に無関係とは言い切れません。株価に関係がありそうな要素が無尽蔵にあることも、株価予想を難しくしている一因です。
テクニカル手法の分析対象は過去の株価のみです。
わかりやすい判断を導くため、また、複雑な経済活動を単純化するため、業績もバリュエーションもあえて無視しています。それでも、テクニカル投資は、順ばりと逆ばりという矛盾する2つの概念を混在させざるをえないのです。
たとえば逆ばりは、下がったら買い、上がったら売りの戦略です。
確かに勝率は高いのですが、これを繰り返して自動的に儲かるのであれば、苦労はしません。買った後、また下がったらどうするのでしょうか?そして、その後下がり続けたらどうするのでしょうか。損失が雪だるま式に増えるだけです。
逆ばりは、「下がったものは上がり、上がったものは下がる」という哲学に基づいています。下がったら下がっただけ買うのが、逆ばりの真髄なのです。逆張りにはナンピンという買いコストを下げる戦略があり、ナンピンは、勝率を高めるための有効なツールです。ただし、勝率を高めるだけではなく、潜在的な損失リスクも高めてしまうので、株の教則本にはナンピンを勧めるものは少数です。
一方で、順ばりも偏った思想です。
「上がっている株は、下がるまでは上がり続ける」という哲学に基づいています。考えてみれば当たり前のことです。
思惑通りに買って上昇している間は大きな含み益となります。しかし、買った後に下がったら、その哲学に従えば、逆のポジションを取らざるを得ません。
なぜなら、「下がった」ということは、今度は「上がるまでは下がり続ける」という戦略にスイッチしなければ自己矛盾をしてしまいます。つまり、順ばりは、その哲学に「損切り」という戦略を内包させているのです。「上がったら買い」のスタンスでは、実践上は、損切りの連続で勝率は大変低くなります。
「損切り」順ばりは勝率が低く、「ナンピン」逆ばりはリスクが高いのです。そのどちらかを相場の局面で選び、銘柄との相性で適切に選べといわれても、簡単に選べるわけはありません。
数あるテクニカル指標も、銘柄との相性があり、どんな指標がどんな銘柄に合っているかは、やってみるまでわからないのです。その結果、テクニカル分析は多くの挫折者を出しています。
テクニカルを勉強したのはいいものの、株が一向に上手くならないと嘆く方は多いのではないでしょうか。
なんとか挫折することなしに株式投資におけるタイミングをわかりやすく解説できないでしょうか。また、テクニカル分析に頼らずに儲けられる方法はないのでしょうか。
ファンダメンタルズ分析は、個別企業の基礎的な企業体力や収益動向を基本に株価の割高や割安を判定する手法です。そして、ファンダメンタルズ分析の基本は、短信を正しく読みこなすことなのです。
ファンダ分析は、「将来の企業収益の見通しが株価を決める」という哲学に基づいています。
ところが、世の中一般的には、
「ファンダメンタルズ分析は個人投資家には難しすぎる」
といわれています。これは完全な誤解です。むしろ、解釈が多種多様のテクニカル分析の方が難解です。ファンダメンタルズ分析は難しくはありません。
また、「ファンダメンタルズ分析では売買タイミングは計れない」というのも著しい誤解です。実は、ファンダメンタルズ分析によって自動的に近い形で売買タイミングが設定できるのです。
本連載は、以下のような方を対象読者にしています。
1)数ある銘柄から、どんな銘柄を選ぶべきなのかがわからない人
2)好きな銘柄を選んだのはよいが、それらをどういうタイミングで売買すればよいのかわからない人
3)テクニカル分析では成績が残せず挫折を経験した人
4)これから株式投資を始めたい人
5)株式投資が上手くなりたい人
6)どちらかというと中長期投資に興味があり、小さな利益よりは大きな利益を上げたいと考えている人
本連載を読み進む上で前提となる予備知識は必要ありません。専門用語も特別な知識も不要です。
株で儲けるために、短信を読みこなす技術を、誰にでもわかるように書くように努めました。
■危険な材料株投資
テクニカル分析では、出来高、流動性があって値動きがよいものが結果として「よい銘柄」ということになります。しかし、流動性に富む大型株のほとんどは値動きが非常に悪いのです。
そこで流動性が非常に高くて値動きが激しい「材料株(材料などの思惑で動く株)」というものに人気が集中してしまいます。てっとりばやくすぐに利益が出せると思うからです。
本質的には材料株は、もともと企業の実態としては小さな会社で流動性に乏しいのです。しかし、ほんの数日から数ヶ月の間だけは、異常に出来高が増加して相場を盛り上げるのです。もともと流動性が低い材料株に一気に資金が流入すると株価が一時的に急騰します。その上昇を見て、割高だと感じるファンダメンタルズ分析の人たちや逆ばりを得意するテクニカル分析の人たちが空売りで市場に参加してきます。
一方で、順ばりの人たちは、なにが割高か、なにが割安かという尺度で株価を見ていません。「よく動いているから買う」、「上がったので買ってみた」という単純な理由で参加しているのです。そういう株は、大変な割高になってしまい、ついには急落して終わりになります。
出来高が増加している期間は短いのですが、いざ、自分がトレードしていると、いざとなったらいつでも逃げられる気になるのです。自分だけは特別と思い込んでしまうのです。
そして、材料株がその役割を終え、大量の資金が、今度は流出することで、大きな損失を被ってしまうのです。
短信を読んで投資判断ができるようになれば、このような悲劇に巻き込まれることはないのです。
割高なものを平気で買う人が個人投資家には多いのですが、短信を読むことで、株価が割高とはどういうことかがわかり、割高な企業への投資を避けることができるのです。
将来の株価を当てるために過去の株価を使うというのがテクニカル手法の特徴です。これは野球の勝率を占うのに過去の勝率を当てにするということと基本的には同じです。
過去、勝率が高いチームは、今後も強いチームではないかと考えるのです。なるほど、一見、理に適った手法のように見えます。しかし、今日勝ったからといって、明日勝つとは限りません。今日と明日では、自チームの投げるピッチャーも違えば、他チームの投げるピッチャーも違うからです。
あまりにも不甲斐なく負けてしまったとき、2通りの考え方ができます。
「これほど大敗したのだから、明日は奮起してくれるだろう」と考える逆ばり的な考え。あるいは、「こんなに調子が悪いのだから、簡単には調子を取り戻せないだろう」という順ばり的な発想。結果は、このどちらかですね。
このように順ばりか逆ばりかを決めなければならない投資手法はいたずらに混乱を招くだけです。
■保有期間は数ヶ月が基本のファンダ投資
ファンダメンタルズ分析には目標株価と現在の株価があるだけで、順ばりや逆ばりという考え方はありません。
また、投資タイミングは業績の変化を基準とします。変化はよい変化と悪い変化しかありませんから、よい変化で株を買い、悪い変化で株を売るという徹底した思想です。ファンダメンタルズ分析で挫折を味わうことはまずありません。
ただ、後述するように、ファンダ分析による目標株価は、業績の回復の度合いによるので、大概、数ヶ月から数年の保有期間になります。ファンダ分析に基づく投資は、比較的投資期間が長いのです。
また、売買タイミングに関するテクニカル戦術は、デイ・トレーダをはじめとする短期売買が好きな方には向いた手法ですが、短期売買は、毎日のようにトレードをしなければならないため、手間隙がかかります。
もっと手間隙がかからない楽な方法で、もっと大きく儲ける方法があります。それがテクニカル分析に頼らないで、業績動向に注視して、ファンダメンタルズ(企業業績)から株の売買タイミングを探る戦術なのです。
ファンダメンタルズ分析では決算発表を基準に売買を考えますから3ヶ月という時間軸がひとつの単位となります。数ヶ月に一度程度のチェックであれば誰でもストレスなく行えるでしょう。
<用語>
ファンダメンタルズ:
企業の業績(決算数字)のこと。特に予想利益の動向を指す場合が多い
ファンダメンタルズ分析:
企業の業績の動向を分析すること。目的は、株価を予想すること
テクニカル分析:
過去の株価の動きを分析して将来の株価を占うこと
業績:
売上げと利益をまとめて業績という
続落:
2日以上続けて株価が下がること
続伸:
2日以上続けて株価が上がること。
値動き:
日中の株価の動き。変動率。
塩漬け:
買値から下回った株で含み損がある状態を長期間にわたって継続すること
(山本潤)
(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。)