マル激!メールマガジン 2016年9月21日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド 第806回(2016年9月17日)
象徴天皇制と天皇の人権が両立するための条件
ゲスト:木村草太氏(首都大学東京都市教養学部教授)
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天皇陛下がご高齢や健康上の理由から象徴天皇としての責務を果たせなくなることに不安を抱いていることを、自らの言葉で語られるビデオが公表された。間接的、かつ非常に慎重な言い回しではあったが、「生前退位」の意思表示だったことは明らかだ。
世論調査などを見ると、国民の圧倒的多数は陛下の生前退位を認めるべきと考えている。しかも、大半の国民は一過的な対応ではなく、恒久的な制度にすべきだと考えていることも明らかになっている。しかし、今のところ永田町界隈では、皇室典範の改正までは踏み込まず、一過性の対応で切り抜けようという意見が、大勢を占めているようだ。
そもそも天皇は憲法で政治権力の行使が禁じられているので、陛下の「お気持ち」の表明を受けて直ちに法改正に乗り出すこと自体が、天皇の政治権力の行使を認めることになる可能性があり、問題なのだという。しかも、一部の識者たちは、天皇の生前退位を認めること自体に強く反対している。いやしくも天皇という地位は、個人の意思でそこに就いたり就かなかったりするべきものではないと考えているからだ。
基本的な人権の尊重を謳う日本国憲法下で、国民統合の象徴とされる天皇に職業選択の自由や移動の自由、婚姻の自由といった基本的な人権が認められていないことに加え、高齢や健康を理由に退位する自由さえ認められていない今日の事態を、われわれはどう考えればいいのだろうか。
現在の象徴天皇制が規定されてから約70年、日本人は象徴天皇制という名の下で、統合の象徴たる天皇の存在を享受してきた。しかし、その一方で、その制度が、天皇および天皇家という人々の犠牲の上に成り立っているという現実からは、目を背けてきた。そして、今上天皇がご高齢となり、健康にも不安を覚えるようになった今、われわれは否が応にもその問題に向き合わなければならなくなった。
今こそ、象徴天皇という制度と天皇の人権をいかに両立させるかについての議論を始め、合意形成を図るべきではないか。
戦後のあり方そのものを問い直すことにもつながる象徴天皇制の現状と天皇の人権問題、そして民主憲法との整合性などを、憲法学者の木村草太氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・旧皇室典範と新皇室典範にある“裏の議論”
・「宣言者」ではなく、「遂行者」としての天皇
・近代憲法は天皇の存在を許容するか
・生前退位を巡る議論では、「伝統」と「人権」を深く考えよ
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■旧皇室典範と新皇室典範にある“裏の議論”
神保: 本編でこの問題を取り上げるのは初めてです。巷的な言い方をすれば、「生前退位」とか「譲位」問題ですが、それだけの問題ではなく、われわれとしては天皇の人権、憲法のことをやはり考えるべきだろうと。日本国憲法ができて70年、ようやくご本人からの意思表示によって……というのが情けないんだけど、これを議論しなければならないところに来ました。しかし、どうもなるべく本質的な議論をせずに終わらせようとしているという感じがする。そこでマル激では、憲法、人権という大事な問題を真正面から取り上げたいと考えています。
ゲストはもはやご紹介するまでもない、憲法学者の木村草太さんです。まずは天皇陛下のお気持ちの表明を、さわりだけあらためてご覧ください。
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2016年8月8日
天皇の高齢化に対する対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにもさまざまな影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2カ月にわたって続き,その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
初めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを、切に願っています。
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