マル激!メールマガジン 2017年5月3日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/
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マル激トーク・オン・ディマンド 第838回(2017年4月29日)
ビッグデータに支配されないために
ゲスト:宮下紘氏(中央大学総合政策学部准教授)
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 どうやらわれわれが望むと望まざるとにかかわらず、今やわれわれの個人情報は丸裸にされているらしい。
 アメリカの情報機関職員だったエドワード・スノーデンが、アメリカ政府が外国人のみならずアメリカ国民をも広範に監視対象に置いていたことを内部告発して世界に衝撃を与えたことは記憶に新しいが、今やそれは政府に限った話ではなくなりつつある。いやむしろ、民間のネット事業者などが政府に一般市民の個人情報を提供していたところに根本的な問題があると言った方が、より正確なのかもしれない。
 ドナルド・トランプが大本命のヒラリー・クリントンを破った米大統領選の大番狂わせの背後にはケンブリッジ・アナリティカというコンサルティング企業のビッグデータ分析の力があったと言われている。同じく昨年の英国のEU離脱の国民投票でも、ブレグジット派(EU離脱派)が同社のデータ分析を活用していたことが明らかになっている。宣伝文句を額面通りに受け止めるべきではないだろうが、同社によるとSNSなどから集めたビッグデータを彼らが独自に開発したアルゴリズムにかければ、どこにどのような情報をどのくらいの量撒けばどれだけの票を動かせるかが、かなりの精度で見通せるのだそうだ。民主主義の根幹を成す投票行動でさえビッグデータに支配されているのであれば、われわれの消費活動に影響を及ぼすことなど朝飯前であろうことは想像に難くない。
 奇しくも来たる5月30日、日本では改正個人情報保護法が施行される。今回の改正で個人情報の保護が、インターネット時代により適合したものにアップデートされることは歓迎すべきこと。しかし、どうやら時代は更にその先を行っているらしい。
 中央大学総合政策学部の宮下紘准教授は、ビッグデータ時代の個人情報保護で最も問題となるのが、方々から集めた膨大なデータから個々人の自画像を勝手に作り出すプロファイリングと呼ばれる作業だと指摘する。本来われわれのインターネットの閲覧履歴や商品の購入履歴、クレジットカートやポイントカードを利用した消費履歴などのデータは、いずれも本人の同意がなければ転売や利用ができないことになっている。しかし、実はわれわれの多くがネットサービスやカードなどを利用する際、プライバシー・アグリーメントというものに同意している場合が多い。会員サイトへの登録を申し込む際に、長々とした文言が画面に表示され、最後に「同意する」にチェックをつけるあれだ。しかし、あれに同意した瞬間にわれわれは、自分たちに関する情報の転用や転売に同意してしまっている場合が多い。
 広範な個人情報が容易に転用されてしまえば、例えば投票行動も消費行動も、われわれは自分で考えて自分で選択をしているつもりでも、実は自分自身に関する膨大な個人情報を蓄積している事業者の思いのままに操られてしまっている可能性が出てくる。アマゾンがいつも自分が欲しかったものをドンピシャで提案してくれると感じる人は、実は自分の過去の購入履歴や閲覧履歴のみならず、SNSの「いいね」履歴や「シェア」履歴、ウェブサイトの閲覧履歴やラインの投稿やメールに頻繁に登場する単語までモニターされ、ビッグデータとして蓄積されていると考えれば、納得がいく人も多いのではないか。
 この問いかけは、そもそも選択とは何なのか、自由意志とは何なのかにも関わってくる重大な問題を孕んでいる。われわれはここらで一度立ち止まって考えないと、取返しのつかない局面を迎えているようにも思える。いや、今、自分がそう考えているのも、何かによってそう仕向けられた結果なのだろうか。ビッグデータに心の中まで支配されないために今、われわれに何ができるかを、気鋭の政治学者宮下紘氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・個人情報保護法への“過剰反応”はなぜ起こったか
・主客が逆転する、人間とコンピュータ
・システムに依存しながら、主体を維持する道とは
・「ファイナルアンサー」だけでなく、「選択肢」を作ることができるか
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■個人情報保護法への“過剰反応”はなぜ起こったか

神保: 先週は弁護士の清水勉さんをお招きし、共謀罪について取り上げました。清水さんが言っていた重要なことは、共謀の疑いがあれば令状が出て、例えば盗聴、GPSなど含めて情報が集められてしまうことです。その情報が、かつて公安などが一生懸命、足で稼いでいたレベルではなく、ビッグデータになる。

宮台: 一口で言えば、お役人たちが市民あるいは政治家のプライバシー情報を丸裸にすることができます。当然、役人と政治家の力関係も変わるし、もしかすると、そこに潜在的な目的があるかもしれない。これは今までの紋切り型の反論・批判のなかで、あまりきちんと拾われていない部分でした。

神保: ビッグデータというのは、ビジネスの世界では非常によく出てくる話です。ビジネスに応用できることは大きく、その機会を逃してはいけない、というのはわかる。一方で、そのリスクについては十分に顧みられていないように思います。