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吉見俊哉氏:コロナが再定義する大学とグローバル化の行く末
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吉見俊哉氏:コロナが再定義する大学とグローバル化の行く末

2020-11-25 20:00
    マル激!メールマガジン 2020年11月25日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド(第1024回)
    コロナが再定義する大学とグローバル化の行く末
    ゲスト:吉見俊哉氏(東京大学大学院情報学環教授)
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     コロナ禍のために日本でも4月からほとんどの大学が対面授業を中止し、キャンパスを閉鎖に近い状態に置いている。今年の新一年生の中には、大学に入学して以来、一度もキャンパスに足を踏み入れたことがない生徒もいると聞く。ようやく後期から徐々に対面授業が再開され、ようやく通常の大学生活が戻ってくるかと期待していたところに、またしてもコロナの第3波が襲いかかろうとしており、先行きは再び不透明になっている。
     今回、感染症の拡大を防ぐために対面授業を断念し一斉にオンライン授業に切り替えたのは、もちろん日本の大学だけではない。世界中で同じことがほぼ当時多発的に起きていた。日本は従前よりネット回線のインフラ整備は進んでいたため、その面では大きな障害はなかったが、20年以上前からオンライン授業のメリットに注目し、優れたコンテンツ開発に取り組んできた欧米の先進的な大学と比べると、日本の大学は東大や早慶といったトップクラスの大学でも、これまでオンラインへの取り組みをサボってきたことのつけが、ここに来て大きく回ってきている。現時点ではITツールを上手く使いこなし、充実したオンライン授業を提供できている教員と、そうでない教員との間の格差が非常に大きく、それが生徒の側の満足度にも大きな差となって現れている。
     しかし、大学に起きている変化は、単に授業形態が対面からオンラインに移行しただけにとどまらない。今回のコロナが、以前から大学が問われていたその存在意義や役割を決定的に問い直す結果になった。そもそもキャンパスもなく、サークル活動もできず、ネット経由で講義を聴くだけが大学だとしたら、必ずしも何かを真面目に勉強する目的で大学を選択していない人が大半を占める日本の大学が今度重大な苦境に陥ることは想像に難くない。また、歴史的に見ても、大学の変化は社会全体の学びのあり方にも影響を与えてきた。
     『大学という理念 絶望のその先へ』、『大学とは何か』などの著書を通じて大学のあり方を問うてきた東京大学の吉見俊哉教授は、コロナによって大学が半ば強制的にオンライン化を余儀なくされたことで、社会における大学というものの役割や位置づけが根本的に変化し始める兆しが見えると指摘する。
     思えば大学の起源は12、13世紀のヨーロッパに遡る。この頃、ヨーロッパでは人々が都市から都市へと渡り歩く移動のネットワークができあがり、その上を商人や職人、聖職者、芸能者らに混じって知識人が行き来するようになった。どこかの都市に学識のある人物がいるとの評判が立つと、そこに多くの学徒が集まってきて学びの舎を形成し、彼らは世俗権力からの干渉を避けるために、ローマ教皇から学問の自由についての勅許を得るようになった。これが現在のユニバーシティ(大学)の起源だと吉見氏は言う。そこで重要なのは、現在の大学誕生の背景には、「移動の自由」の存在があったことだった。
     また、大学は歴史的にもパンデミック(流行感染症)とも密接な関係性を持っていた。14世紀にヨーロッパで猛威を振るったペストは、ユーラシアを統一した元の下で地域内の移動がボーダーレスになった結果、アジアの感染症に対する免疫を持たないヨーロッパ人の間で広がったものだった。そして、ヨーロッパの人口が3分の2まで減った結果、人手不足を解消するために発明されたグーテンベルグの活版印刷によって書物の大量生産が可能になったことで、書物さえ入手できればわざわざ学識者の下に集まらないでも学べる時代となり、移動の自由に支えられながら学識者の下に集うというそれまでの大学の前提にも大きな影響を与えていくことになる。
     今回の新型コロナウイルス感染症も「移動の自由」をさらに世界規模で推し進め、人、物、カネの移動を世界規模で自由化する、いわゆるグローバル化によって世界規模で広がった。しかし、コロナによって各国は国境を閉鎖し、大学も対面授業を辞め、オンラインでの繋がりに移行している。幸いにしてコロナ禍を乗り越えた後も、大学や学術会議、国際会議などによるオンライン活用の流れは変わらないだろう。それは単に感染症の拡大を防ぐための「移動の自由」の制限という次元にとどまらず、恐らく今後人類の学びの形態や知の集積のあり方や方向性にも影響を与えることが必至だ。
     今週のマル激ではコロナによって全世界的にオンライン授業に移行した大学が今後どう変わっていくのか、大学にとって物理的なキャンパスの存在や「移動の自由」というものがどのような意味を持っていたのかなどを中心に、全世界的なパンデミック下で大学に起きている変化が今後人類の学びやグローバル化の流れに与える影響などについて、大学論の一人者である吉見氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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    今週の論点
    ・「大学」の成り立ちと感染症の歴史
    ・オンライン授業をめぐる混乱はなぜ生じているのか
    ・ミネルバ大学に見る“中世の復活”
    ・出遅れている日本、ポイントは戦前への回帰か
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    ■「大学」の成り立ちと感染症の歴史

    神保: 今回は「大学」がテーマです。宮台さんはこの番組の司会であるとともに、大学教授の当事者。最初に総論的なところはありますか。

    宮台: 学生の反応を聞くと、やはり教員によるコミュニケーションの力量の差が歴然です。オンライン授業になり、非常に効果が上がったという先生がいる一方で、本当に退屈で眠っているしかなく、ビデオをオフにして立ち去るという授業も多いというのが現状です。当然ですが、僕はすべてビデオをオンにして、発言も指名もする。最近はマンモス授業で200人以上の生徒が参加しますが、随時質問が出るような状態に持っていっています。 
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