マル激!メールマガジン
永濱利廣氏:「日本病」による失われた30年をいかに取り戻すか
マル激!メールマガジン 2024年12月18日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1236回)
「日本病」による失われた30年をいかに取り戻すか
ゲスト:永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
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見事なまでに経済が成長しないまま30年の月日が過ぎる間に、日本は先進国のみならず新興国にも経済的に抜かれ始め、1990年代の世界トップの経済大国から今や先進国の地位さえも失おうかというところまで転落している。
なぜこのような事態に陥ったのか。いや、より深刻なのは、なぜそのような状態からいつまでたっても抜け出すことができないのか。
かつてパックス・ブリタニカの名を戴き、何世紀にもわたり世界の盟主として君臨しながら、1960年代以降、経済が停滞し、世界の盟主としての地位を失ったイギリスの状態は「イギリス病」と呼ばれた。それは主に「ゆりかごから墓場まで」で知られ世界の垂涎の的だった社会保障の肥大化に起因する経済不調だった。
しかし、1990年代から30年の間に世界のトップから先進国の地位から転落するところまで落ち続けた日本の状況も、世界では今、「日本病」(Japanification)と呼ばれるようになっている。要するに世界の多くの国にとって日本は反面教師であり、「われわれはああはならないようにしましょうね」という、わかりやすい失政の実例になっているというのだ。
第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は、著書『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』の中で、日本病とは低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」が続く状況のことだとしている。
そもそも日本が長期にわたる日本病に陥った最初のきっかけは、バブル崩壊後の政策上の失敗だったと永濱氏は指摘する。まず、日銀が金融緩和に着手するのが遅かった。バブル崩壊が始まった1990年初頭から日銀が利下げに転じるまで1年半、さらにゼロ金利に下げるまでには9年もかかっており、その間に日本はデフレに陥り、国民の間にデフレマインドが定着してしまった。経済が不況になると財政状況も悪くなり、取れる政策の選択肢も狭まってしまった。
バブル崩壊で資産価格が下がったために、日本、とりわけ金融機関は大量の不良債権を抱えることとなった。しかし政府・日銀が迅速な金融緩和や財政出動で財政出動経済をテコ入れし落ち込んだ資産価格を引き上げることをしないまま不良債権処理を優先したことで、ますます経済が傷んでしまった。これは明らかに政策的なミスだったと永濱氏は言う。
また、バブル後の初動で失敗した上に、日本は長らく経済低迷下にあっても、財政規律を重んじる財務省の抵抗で、思い切った財政出動ができなかった。更に、財政出動をしても、補助金や助成金で既得権益セクターを支えるばかりで、イノベーションを引き起こす新規産業への投資はほとんど行えなかった。明らかに指導層にそのための知恵や歴史観が足りなかったのだ。
どこの国でも財務当局というのは財政規律を重んじる傾向がある。しかし、それでも他の先進国は必要とあらば大胆な財政出動を行ってきた。しかし、日本は官僚に対して政治の力が弱いため、財政規律を重んじる財務省の抵抗を政治の力で乗り越えることができなかったと永濱氏は指摘する。
また、更に遡ると、日本のバブルは1985年のプラザ合意で突如として円高を受け入れざるを得なくなり、そこから日本は一気に内需拡大に舵を切ったところにその遠因があった。その意味で、日本の失われた30年の発端となったバブル処理の失敗の背景には、日本の政治が霞ヶ関にもアメリカにも抗えないという、何とも情けない問題があったということだ。
しかし、日本病の発症の原因がそこにあったとしても、なぜ日本はその後30年もの間、そこから抜け出せないでいるのか。永濱氏は日本の経済停滞がある程度続いた結果、国民の間にデフレマインドが広がってしまったことにその原因があると指摘する。今、日本は世界的な資源価格の高騰と日米金利差に起因する円安によって、物価が上がり、事実上のインフレ状態になっている。
しかし、にもかかわらず、国民がデフレマインドから脱却できていないため、物価が上がる局面になっても、もっと高くなる前に買っておこうではなく、できるだけ節約して再び物価が下がるのを待とうと考えるようになってしまった。一度良い生活を経験してしまうと元の生活水準に戻れなくなることをラチェット効果というが、長期にわたるデフレのせいで、消費を抑えて節約しても生活できると思ってしまう逆ラチェット効果が起きていると永濱氏はいう。
今の状況を打開するためには、とにかく個人消費を活性化させる必要がある。その方法の一例として永濱氏は韓国のキャッシュレス決済の所得控除のような、お金を使った人が得をするような政策を打つ必要性を唱える。韓国は物を買うときにキャッシュレスで決済をすると、税金の控除を受けられるような仕組みを導入し、消費の活性化に成功したという。日本ももっと消費を喚起する施策を実施する必要がある。
日本でも先月、石破政権が経済対策を発表しているが、相変わらず電気・ガスやガソリンの補助金、住民税非課税世帯への給付など、一時的な補助金や給付など旧態依然たる施策が多い。永濱氏によると、それでは事業規模だけは39兆円と金額を積み上げている割には消費刺激の効果は薄いのではないかと言う。
そもそも日本はなぜ日本病に陥ったのか、日本病から脱却するために誰が何をしなければならないのか。なぜいつまでたっても日本の政治は必要な施策を実行することができないのかなどについて、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・「日本病」のきっかけとなったバブル崩壊後の政策ミス
・デフレマインドから脱却できない日本人
・与党の立場が弱い今の政治状況は良い兆しなのか
・「失われた50年」にしないために
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■ 「日本病」のきっかけとなったバブル崩壊後の政策ミス
神保: 今日は「日本病」と呼ばれるものについて話していきます。かつて英国病と呼ばれるものがありましたが、現在、日本のようになってはいけないという意味で使われるJapanificationという言葉があり、これを真正面から取り上げたいと思います。
本日のゲストは第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣さんです。永濱さんは2022年に『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』という本を出されました。海外では日本が悪い模範としてあり、日本病という言葉が使われています。日本病という言葉は英語のJapanificationと同義だと考えて良いのでしょうか。
永濱: そうですね。Japanizationと言う人もいますが、世界共通で認識されていることです。
神保: 永濱さんが唱える日本病は4つの「低」で、低所得、低物価、低金利、低成長が続いてしまう状況とされています。日本の現状を示す指標として、日本、アメリカ、中国を比較すると、2000年には日本の名目GDPは世界の14.55%でしたが、2023年には3.99%になりました。途上国が伸びたということもありアメリカも相対的には下がっていますが、2000年は30.03%、2023年は25.95%です。中国は3.53%から16.80%になっているので、中国は2000年には日本の4分の1だったのですが今では4倍になっているということです。
永濱: 日本病の根底にはバブル崩壊後の経済政策に失敗したということがあります。リーマンショックは欧米のバブル崩壊のようなものなので、その時は日本の失敗を見ていたのでうまくデフレを克服することができました。日本でも足元では物価、賃金、金利も少しずつ上がってきているのですが、海外と比べたら全然低く、まだまだ日本病は続いています。
日本病はデフレ脱却という話と並行で語られるのですが、私が違和感を覚えていることは、岸田政権の時から、物価はもう上がっているのにデフレ脱却を確実なものにすると言っていることです。そもそも経済学的には物価が2年以上下落することをデフレというので、これはデフレではありません。何が問題なのかというと、デフレから脱却しているのにもかかわらず国民がデフレマインドから脱却していないということです。
したがって政府は「デフレ脱却」ではなく、「国民のデフレマインドからの脱却」と言うのが正しいと思います。デフレマインドが根底にあるということが日本病というものなのかなと思います。