2018年最後の配信は、チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は上海の燃油タンク跡地をリノベーションした美術館・TANK Shanghaiでオープニングを飾るチームラボの展覧会がテーマです。工業地帯からIT都市へと生まれ変わりつつある地区に、なぜ今、現代アートが集結しているのか。議論は都市とアートの関係から、密度や混ざり具合の違いが人間の認識や行動に与える影響にまで広がっていきます。
▲チームラボは、中国・上海のTANK Shanghai(上海油罐芸術中心)にて、オープニング展「teamLab: Universe of Water Particles in the Tank」を開催中。会期は8月24日まで。
上海で燃油タンクが美術館になる意味
宇野 今回は上海で3月23日から始まった「teamLab: Universe of Water Particles in the Tank」に来ているわけだけど、まずは、この展覧会のコンセプトの話から聞きたいな。
猪子 この美術館、TANK Shanghaiは、燃油タンクの跡地の建物をそのまま使ってつくられたもので、そのオープニングのエキシビジョンのオファーがチームラボに来たんだよね。この美術館は私設なんだけど、オーナーの喬志兵(チャオ・ジービン)氏が世界でトップ200に入るような、中国を代表する現代アートのコレクターなんだ。そんな彼が燃油タンクをリノベーションして現代美術館にしたんだよね。
この西岸(ウェストバンド)エリアは、もともと川崎みたいな工業地帯だったんだけど、都市が拡大したことで工業地帯が移転して、今はアート地区みたいになってる。有名どころだと、火力発電所の跡地を国立の美術館にした上海当代美術博物館とか、現代アートの美術館の龍門雅集とか。六本木ヒルズに蜘蛛みたいな大きな彫刻があるでしょ。あれを作ったルイーズ・ブルジョワの大規模な回顧展をこの前まで開いていた龍美術館とかがある。あと余徳耀美術館(Yuz Museum)には『レイン・ルーム』が常設されてる。Random Internationalというアート集団の、雨の中を歩いても濡れないという作品ね。あれが常設されているのは以前はここだけだったんだよね。今はドバイにもあるらしいけど。
とにかく、ルイーズ・ブルジョワにしても『レイン・ルーム』にしても、世界的に見てもすごい作品で、それらを展示するパワフルな美術館が集まってる。この一帯は今後さらにパワーを持つエリアになっていくと思う。
TANK Shanghaiはその地区の一番端になるんだけど、敷地内にあるタンクのうちの一つでチームラボは個展をしています。あとの二つは、中国を代表する現代アーティストたちのグループ展と、アルゼンチンを代表するアドリアン・ビジャール・ロハスの展覧会になってますね。
会場は2フロアあります。まずは2階に上ってもらうと、燃油タンクの形状をそのまま使った、『Universe of Water Particles in the Tank, Transcending Boundaries』(以下『滝』)と『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』(以下『花と人』)という作品を展示しています。燃油タンクって本当に巨大で円形だから、その中に一つの小宇宙を作りたいと思って、水の流れと生と死を繰り返す花の作品が共存している空間を作った。
▲『Universe of Water Particles in the Tank, Transcending Boundaries』
▲『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』
そして、燃油タンク沿いに階段をおりていくと、1階では『Black Waves: 埋もれ失いそして生まれる』という波の作品を公開していて、来場者がさまよって方向感覚がわからなくなるような空間の中で、さらに三つのディスプレイ作品を展示している。大枠で言うとそういう展覧会です。
宇野 まず作品の外側の話から始めたいんだよね。猪子さんが意識しているかはわからないけど、場所に意味が出ちゃうっていうこと。つまり、なぜあのタンクが美術館になったかというと、中国の沿岸部が経済発展してるってことだよね。燃油タンクって20世紀的な工業社会の重工業の象徴で、それがITを中心とした新しい産業の都市の中心にあるってことだから。
猪子 まさにその通りで、燃油タンクの目の前に超巨大IT企業の上海オフィスが建設されている最中なんだよ。
宇野 ITって実体を持たないじゃない? 工業社会では燃油タンクや工場といった目に見えるアイデンティンティがあったけど、IT社会ではそれを持てないから、代わりにアートで確立しようとしてると思うんだよね。ただ、自分たちのアイデンティティを、建物というモノによって記述するのは、その発想自体が工業社会のセンスだと思う。
チームラボがシリコンバレーやシンガポールに招かれたのも、それらの都市がアイデンティティを求めていたからで、都市が新しいステージに上がって自信をつけようとしたときに、それにふさわしいアートを備えようとするのだと思う。この地域に新しい美術館がつくられているのは、情報社会に生まれ変わった上海の新しいアイコンになろうとしているからだと思う。かつて燃油タングが並んでいた場所だからこそ、たとえばアリババやテンセントみたいな巨大IT企業の支社ができなきゃいけないし、新しい美術館ができないといけない。これは猪子さんが意図していなかったとしても、結果的にそういう意味が後から追いかけてくると思う。
猪子 なるほどね。もちろん建物を壊さずにそのまま使うのがカッコいいという、世界的なリノベーションの流れもあると思うけどね。彼らには日本のような20世紀へのノスタルジーは全くないし、世界の中心は自分たちだと本気で思っている気がする。ただ事実として、宇野さんの言うように、かつての工業地帯が今は美術館エリアになっているし、IT企業のオフィスがつくられている。
宇野 今後、IT企業のオフィスができたとき、この地区は新しい意味を持った場所になると思う。それこそ工業社会から情報社会に移り変わったことの象徴としてのね。そのときに、巨大IT企業の支社だけでなく美術館があるというのが現代的だよね。
以前、映像圏のカルチャーからもう一度、アートに揺り戻しが来るんじゃないかという話をしたけど(参照)、そういうことだと思うんだよね。アートというのは、鑑賞者にとっては固有の体験になるから。20世紀は、モニターの中で皆が同じ夢を見るということばかりを追求していた100年間だったんだけど、その揺り戻しが明らかにきている。そういう意味で、あそこに美術館がいくつもあることには意味があると思うよ。
作品に「360度」包まれる
宇野 しかしここの展示、つまり2階の、まさに燃油タンクの中にあたる部分の展示は圧巻だね。球形の空間の内壁がそのまま作品になっていて、鑑賞者が360度包まれるというのは、実は今まではあまりやってこなかったよね。いまだに僕も消化しきれていないんだけど、これはいろいろ応用できる気がする。
猪子 ちょっと近いのが豊洲(「チームラボプラネッツ TOKYO」)のドーム(『Floating in the Falling Universe of Flowers』)だよね。でもそちらは、ドームであることすら感じさせない作品だけど、今回はタンクの形状をより意図した作品だから。
宇野 豊洲ではどこに壁があるのかわからないような空間に没入させられるけど、今回は明確に球体の内側に閉じ込められていることを自覚せざるを得ない。視覚的にも新しいし、あの閉じ込められている感覚は面白い。床と壁が全部作品で、ぐるっと包まれている。この表現が正しいかはわからないけど、妙な安心感があるよね。
猪子 一つの小宇宙というか、箱庭みたいだよね。
宇野 僕はジオラマが好きなんだけど、あの感覚に近いなと思っていて。世界をまるごと手に入れたかのような錯覚。チームラボの一連の作品は自然のようなエコシステムを作り上げているわけなのだけど、それに360度囲まれるというのは、自分が一つの小宇宙を手に入れたような感覚がある。今回の作品はタンクの建物に合わせた、素材の面白さを引き出すためのアプローチを取ったのだと思うんだけど、すごく応用可能性があると思う。これは大事なことで、パリ展とかボーダレスのような大規模展示を見ちゃうと、全部あれの部分輸出に見えちゃうわけ。そうじゃない戦い方をするには街の文脈と対決する、つまり、この場所でこういう展示をするのはどういう意味があるかを追求するか、あるいは建物という素材に徹底的に向き合うかしかない。それは今後、チームラボが世界中のいろいろな都市で作品を展開していく上で重要なことだと思うんだよね。そこからはまた別の意味が出てくると思うし。
今回の作品でいうと、この地域でやっていることの意味と、360度という作品のコンセプトがうまく組み合わさると、より重層的になるのかなと思った。場所と建物に、今回の展示は結果的にかもしれないけれどしっかり向き合ったものになっていると思う。
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