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思想としての発酵/発酵する思考|小倉ヒラク
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思想としての発酵/発酵する思考|小倉ヒラク

2020-09-08 07:00
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    今朝のメルマガは、イベント「遅いインターネット会議」の冒頭60分間の書き起こしをお届けします。
    本日は、「発酵デザイナー」として活躍する小倉ヒラクさんをゲストにお迎えした「思想としての発酵/発酵する思考」です。
    味噌や醤油、ヨーグルトに醸造酒と、人類が古来から豊かな食文化を築くために活用してきた微生物たちの「発酵」という活動には、どんな叡智が隠されているのか。そして多彩な発酵食品や醸造文化との付き合い方を見つめ直すことで、現代人の生活をどう豊かにしていけるのか。目に見えないものたちとの協働が育む思考や世界各地の発酵文化の魅力など、「発酵」を通じて見えてくる社会とライフスタイルへの気づきについて、たっぷりと学んでいきます。(放送日:2020年8月4日)
    ※本イベントのアーカイブ動画の前半30分はこちらから。後半30分はこちらから。
    【本日開催!】
    9/8(火)19:30〜柴那典×藤えりか「文化現象としてのBLM」
    白人警官により黒人男性のジョージ・フロイドさんが殺された事件をきっかけに広がっている運動「Black Lives Matter」。ハリウッドスターや著名アーティストといったトップエンターテイナーをはじめ多くの人々を巻き込みながら、いまだ大きなうねりとして世界中で展開されています。アメリカを、そして世界を揺るがすムーブメントを、文化の視点から読み解きます。
    出演:柴那典(音楽ジャーナリスト)、藤えりか(朝日新聞記者(経済部兼GLOBE編集部))、宇野常寛(評論家・PLANETS編集長)

    生放送のご視聴はこちらから!

    遅いインターネット会議 2020.8.4
    思想としての発酵/発酵する思考|小倉ヒラク

    井本 こんばんは、本日ファシリテーターを務める、編集者の井本光俊です。

    宇野 はい、PLANETSの宇野常寛です。

    井本 「遅いインターネット会議」、この企画では政治からサブカルチャーまで、そしてビジネスからアートまで、様々な分野の講師の方をお迎えしてお送りしています。本日は有楽町にある三菱地所のコワーキングスペースSAAIからお届けします。それでは、本日のゲストをご紹介いたします。発酵デザイナーの小倉ヒラクさんです!

    小倉 どうぞよろしくお願いします。

    井本 本日のテーマは「思想としての発酵/発酵する思考」です。小倉さんのご著書『発酵文化人類学』は話題を集めておりますし、下北沢に開業なさった、各地のユニークな発酵食品を集めた専門店「発酵デパートメント」もたいへん興味深いお店です。世界でただ一人、発酵デザイナーという名のもとに精力的に活動している小倉さんに、古来から人類が豊かな食生活を築くために活用してきた、微生物たちによる発酵という現象に、人類のどういう叡智が隠されているかという点をお伺いできたらと思います。目に見えないものたちとの協働が育む思考や世界各地の発酵文化の魅力など、発酵を通じて見えてくる社会とライフスタイルの気づきについて、今日は小倉さんにたっぷり教えていただきたいと思っています。

    宇野 僕が小倉さんのことを知ったのは、ほとんどの人がそうなのかもしれないけれども、この本なんですよ。『発酵文化人類学』が出てしばらく経った後に、友人から「宇野くん、これ面白いよ」と勧められて読んで、すごく面白かったなって思ったんです。僕と小倉さんは共通の知り合いはいっぱいいるんですが、これまで絡む機会がなくて、実は今日が初対面です。僕は小倉さんの活動をずっと意識していて、例えば青山ブックセンター店長の山下店長が自分の店舗で出版事業を始めようとしたときに、小倉さんの監修した写真集を選んだこととか、近いところで面白いことをしているなって思っていたんですよ。

     そしてこのコロナ禍になってからずっと家にいる中で、今まで何かに急き立てられるように都市生活を送ってきたのを堰き止められて、「この時間をどう捉えていったらいいんだろう」と考えたときに、ふと「発酵」っていうキーワードを思い出したんです。小倉さんがやっていた「発酵」という文化のエヴァンジェリスト的な活動と「発酵」ってキーワードを世の中として見直していこうとすることが、どうシンクロするのか、僕はいまいちこの本を読んでもわからない部分があったんですが、ステイホーム期間になって初めて、感覚的に分かったところがある。なので、このタイミングで一度小倉さんとちゃんとお話してみようと思ってお呼びしました。よろしくお願いします!

    小倉 はい。大変光栄でございます。今日はよろしくお願いします。実は僕も、宇野さんに聞きたいことがいっぱいあって。

    宇野 まじですか! あんまり恥ずかしいこと聞かないでくださいよ(笑)。

    文化人類学的な視点から見た「発酵」とは?

    井本 今日は大きく2つに分けて進めていきたいと思います。最初の第1部では、発酵デザイナーとしての小倉さんのご経歴やこれまでのご活動についてお伺いしていきたいと思っております。それを受けて第2部では、「発酵と地方」「発行と食文化」「発酵と思想」という3つの大きなキーワードを考えているんですけれども、小倉さんと宇野さんとで議論を交わしていただければなと思っております。では、さっそく第1部のほうに入りたいと思います。

    小倉 はい。まずは僕の活動のことを、スライド資料を使ってお話ししたいと思います。僕の活動を包括的にお話しする機会って何故か海外のほうが多くて、ちょっと英語が変でもご容赦くださいね。

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    宇野 この表紙は何ですか?

    小倉 これは、新潟県の妙高っていう、新潟と長野の間くらいに日本でも有数の豪雪地帯があるんですよ。そこに「かんずり」っていう唐辛子を発酵させるすごく珍しいペースト調味料があって、1年で一番寒い大寒の日に、その唐辛子を雪の中に撒く工程の「雪さらし」ですね。

    宇野 知らなかった。井本さん知ってた?

    井本 「かんずり」は知ってますけど、この白い雪の中に赤い唐辛子撒いてる姿、すごく鮮烈ですね。

    小倉 真っ白な平野に赤い花が咲いたようで、とても美しいんですよ。もこもこに着ぶくれしたお姉さんたちが唐辛子を撒いていて、僕もやらせてもらったんですけど、こんな綺麗に撒けない。

    宇野 人生で一回やってみたいですね。

    小倉 無茶苦茶寒いですよ、この時。

    宇野 じゃあ、ちょっと考えます(笑)。

    小倉 指、ブルブル震えながら撮ってたんです(笑)。それでは次のスライドに進みますね。

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     僕はもともとデザイナーで、今は発酵デザイナーって名乗っています。いろんな縁があってかなり特殊な仕事をしていて、スキルセット的には非常にデザイナー的なんですけれども。大学時代は早稲田大学で文化人類学を学び、30歳になる手前くらいで東京農業大学に研究生で入り直して微生物学・生物学を学んで、今はお店をやったり、仕事で食文化のこともやっています。いろんなことを複合的にやりながら、「発酵」の世界の面白さをいろんな人に伝えたり、その技術を社会の中でどうやって活用していくかっていうプロジェクトをやったりしているんですね。今日は、僕がどういうことをフィールドワークしているのかというお話と、具体的にどういうことをしているのかというお話をクロスしながらお話していきたいと思います。

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    宇野 これは何ですか?

    小倉 僕の一番最初のキャリアのスタートって子供向けの食育プログラムで、これは「麹の歌」というアニメです。日本の和食のベースになっている麹っていう文化があるんですけど、その麹を作っている「アスペルギルス・オリゼ」っていうカビと麹のことが、楽しく歌って踊って分かるようになっています。宇野さんに読んでもらった本では、ちょっと学術的な要素とかもあるんですけど、基本的に僕はかなり直感的に、みんなが体験できて、手に取ったり、一緒に楽しめるようなものを作っていて、その出発点がこういうアニメだったりするんです。

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     それで、そもそも僕がやっているこの「発酵」というのは何なのかっていう話なんですけど、皆さん、微生物って見たことありますか。

    宇野 ないですね。小さい生き物を目視したのはシロアリぐらいが限界です。

    小倉 まぁ肉眼で見えないから微生物なんですけど。

    井本 そうですね(笑)。

    小倉 ここは都会のど真ん中ですけど、この中にもいっぱい微生物がいて、1立方平方メートルあたり、だいたい数千匹の菌がふわふわと舞っているんです。今ここに人間が3人いますけど、それぞれにいっぱい微生物がくっついている。実は人間って微生物の箱であるというお話もあるぐらい、微生物だらけなんですよ。一般的にはそれが目に見えないので、僕はデザインを使ってその微生物がどうやって働いてるのかとか、人間にどういうことをしてくれているのかを可視化するというところから仕事を始めているんですね。

     スライドに「大きなものを分解するよ」とありますが、微生物が地球の生態系の中でどういうことをしているかというと、高校のときに、生態系の中で植物が生産者で、動物が消費者って習いませんでした? 実は分解者という第3の役割があって、それが僕の言っているこの菌、微生物です。微生物は酵素というハサミみたいなものを使って、いろいろな大きなものをチョキチョキと小さく細かく分解して、最後はその生態系の中の水とか空気とか大気に戻していく、還元していくことを通じて、生態系を掃除しているんですね。

     その掃除していく化学的プロセスの中で、たまたま人間の役に立つことが稀にあって、そういうものを「発酵」と言うんです。これは後で詳しく説明しますけど。僕はそういう目に見えない世界の中で起こっている還元作用や分解作用を、具体的なプロダクトや展覧会といったデザインのプロジェクトによって、その機能をどういうふうに伝えていくのか。あるいは、どうやって社会の中に価値として埋め込んでいくのかというような活動をしています。では、次へいきましょう。

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     この本でもちょっと書いたんですが、発酵の世界って、今は割とライフスタイルとか健康という話に結びついていますが、実際はすごく理系の、化学の領域の話なんです。この式はヨーグルトの発酵のことですが、乳酸菌がどうやって発酵していくか、つまり、微生物の力を使って物質を分解していくことを指しています。今、微生物がコロナの話もあってすごく注目されているけれど、基本的に何をしているかというと、小さな場所に取り付いて、それを分解して別のものに変えていっているんですね。

     今回のコロナはウイルスで、微生物とはまたちょっと違うんですけど、かなり端的に言うと微生物と同じで、人間に取り付いて、人間の細胞に変質を起こしていく。たまたま今回のコロナウイルスは人間に致命傷を与える恐れがあるっていう役割なんですけど。例えば、この乳酸菌の場合、牛乳とかにくっついて、牛乳を酸っぱくして爽やかな美味しいものにして、保存機能をよくして人間に役立つ、ということをしている。目に見えない微生物とかウイルスっていっぱいいるんですけど、ほとんどは人間にとってあまり関係ない。役に立たないし、害でもない。たまに病原菌とかでそういう害のあるものがいて、たまに役に立つものもある。僕の専門は、その役に立つものがどういう働きをしているかってことです。

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     「発酵」って理系の世界の中のもので、そのようなお話は僕も勉強してきたんです。けれど、もともと大学で文化人類学をやってきて、デザインとかアートとかを勉強して、デザイナー時代に地方を回っていろんなところでフィールドワークしていたので、発酵のことを単純な生物学とかケミストリーだけではなく、非常に文化的なものなんじゃないかと思い始めまして。その話も後から細かく出てきますけれども、そこから「発酵とデザインと人類学をくっつけてみたらどうなるだろう」っていうところから、今までに本を2冊書いています。実は他にも絵本とか書いているんですけれど、一般向けの読みものはこの2冊。特に1冊目の『発酵文化人類学』という本は、謎のニッチロングセラーになりまして、いまだにずっと売れ続けているという......。

    井本 いや、まわりですごい評判ですよ。

    小倉 本当にありがたいことで、いまだにいろんな感想が届きます。では、次へお願いします。

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     今日は化学的なところにはあまり深入りせずに、文化人類学的なお話をしていきたいと思うんですけれど。僕の研究は、菌を調べてその働きを論文にまとめるというよりは、具体的に、人類が発酵を使ってどういう文化を産み出してきたのかという、発酵の文化的な側面のフィールドワークをいっぱいしているんですね。この画像は今から4000年前以上前のエジプトの壁画なんですけれど、ブドウを積んでワイン作ってるとか、魚や鳥みたいなものを壺に入れて発酵させているように、おそらく、言葉ができるよりももっと前に人間は発酵を利用していた。例えば、古いものでジョージアでは8000年以上前のワインの文化が確認されているんですけど、実は人間の文化の起源に発酵というものが深く関与しているんですよね。


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    最終更新日:2024-04-23 07:00
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