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読書のつづき [二〇二一年三月]人生に相渉るとは何の謂ぞ|大見崇晴
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読書のつづき [二〇二一年三月]人生に相渉るとは何の謂ぞ|大見崇晴

2021-09-14 07:00
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    会社員生活のかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動する大見崇晴さんが、日々の読書からの随想をディープに綴っていく日記連載「読書のつづき」。
    今回は二〇二一年三月に綴られた日々の記録です。夏目漱石と同時代にイギリス近代小説に触れた徳田秋聲が、いかに漱石とは異なる日本近代文学の歴史を切り拓く可能性を持っていたかの気づきや、大河ドラマの時代考証を降板するに至った歴史学者の舌禍など、新旧の文壇・論壇のありようを読書を通じて等距離から随想します。

    大見崇晴 読書のつづき
    [二〇二一年三月]人生に相渉るとは何の謂ぞ

    三月ニ日(火)

     昼食に日高屋、中華そば。ブックオフで以下を買う。

    • 鈴木美潮『昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか』
    • 岡本かの子『老妓抄』

     大江健三郎が大江健三郎賞を受賞した作家たちと対談した本を買いたいが、新刊書店でも古書店でも見かけなくて困っている。ネット書店で買えば良いのかもしれないが。

      岡本かの子の短編「鮨」を帰りの車中で読む。無駄な文章が少なく、それでいて都会人の生態を描くことについては目配せが効いている。日本近代小説の功徳を感じる一篇だ。そういえば寺田透か誰かが座談会で三島(由紀夫)君は岡本かの子が途中でやりきれなかったことを継ぐのだから、と発言していたことを思い出したが、こういう瑣事を通じて人間の機微を描くというのは三島由紀夫には不向きではないだろうか。露悪趣味的なところは相通じるところがあるにしても。

     夜になり急に気温が下がり始めた。強風がシャッターを叩く音が響く。明日は今日に比して五度も下がるという。気温が変わりすぎて神経衰弱になりそうな気候だ。まともに付き合っていたら倒れてしまう。

     インターネットで流れてきた「ゆるキャラ」の映像を見て、もう「ゆるい」キャラクターというのは希少種になってしまったのではないかと感じた。

    三月三日(水)

     昨夜の強風で東急東横線の架線に建設現場の足場がひっかかっていた。衝撃的な映像で朝ぼらけだったのも目が覚めてしまった。今朝になっても東横線は復旧していないそうだ。

     よく考えると桃の節供だ。

     ブックオフで以下を買う。

    • ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』
    • ユルゲン・コッカ『資本主義の歴史』
    • ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』
    • ナンシー・スノー『プロパガンダ株式会社』

     魚住昭の講談社創業家研究書が気になる。

    三月六日(土)

     通院。すぐ診察が終わる。待合室は足の置き場がないほどの混雑。診察は五分。会計に三十分。

     吉祥寺のよみた屋で以下を買った。

    • マクファーソン『自由民主主義は生き残れるか』
    • 氷上英廣『ニーチェの顔』
    • 長谷章久『東京の中の江戸』
    • 岩波中国詩人選集『李賀』、『王士禎』
    • ダントレーヴ『自然法』
    • ヴィーコ『学問の方法』
    • ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』
    • H・カメン『寛容思想の系譜』
    • M・クランストン『自由』
    • シェイクスピア『リチャード三世』
    • 森鷗外『諸國物語』上下
    • 広津和郎『新編 同時代の作家たち』

     西荻窪の盛林堂書房で以下を買った。

    • 橋本勝雄編『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』
    • 平野謙『作家論集 全一冊』
    • サマセット・モーム編『世界文学100選』第五巻

     音羽館では牧野信一『ゼーロン・淡雪』を買った。荻窪の古書ワルツでは以下を買った。

    • 金井美恵子『マダム・ジュジュの家』
    • 講談社版日本現代文学全集28『徳田秋聲集』
    • 岩波中国詩人選集『王維』
    • 合評 金関寿夫・川崎寿彦・橋口稔『新しい詩を読む』

     広津和郎の『新編 同時代の作家たち』は、平批評家(ヒラの批評家)と名乗ることもあった広津和郎ならではの回想録で、父親も作家であったことから若くして多くの作家を見知っていたこともあり、多くの作家の表には出ない顔が見え隠れする文章が集められている。正宗白鳥との交流では、一般に思われるニヒリストとしての白鳥ではなく、篤実な面を見せる白鳥が綴られている。

     徳田秋聲は花柳小説を読んでから今までよりも読むようになったのだけれど、研究書や後進作家たちのエッセイを読むと、夏目漱石と同時代にイギリス近代小説に(原語で)触れて創作していたこともあり、漱石とは別の「ありえた日本近代小説」が秋聲に期待されて読まれている。そうしてみると、「ダイヤモンドに目がくれて/乗ってはならぬ玉の輿」といった七五調が綺麗な尾崎紅葉率いる硯友社に属した割には、読みにくい曲がりくねった文章で、それでいて東京人だった紅葉の門下にふさわしく都会の明るさも苦味も描くあたりは、漱石よりも市井の人間を描け、観念的でない近代日本が描けたのかもしれない。たとえば「新世帯」は江戸から続く丁稚奉公(少年時から使用人として働くこと)が当たり前の時代である明治でありながら、その上で登場人物「独立心」「個人主義」といった近代的な価値観に染まっているのが描かれている。

    一体が、目に立つように晴れ晴れしいことや、華やかなことが、質素な新吉の性に適わなかった。人の知らないところで働いて、人に見つからないところで金を溜めたいという風であった。どれだけ金を儲けて、どれだけ貯金がしてあるということを、人に気取られるのが、すでにいい心持ではなかった。独立心というような、個人主義というような、妙な偏った一種の考えが、丁稚奉公をしてからこのかた彼の頭脳に強く染み込んでいた。

     引用した文章に二十一世紀を生きる私達が理解できないところはあまりない。私生活(プライバシー)にズカズカと踏み込んで結婚の世話をしようとする人物たちに戸惑いや嫌悪感を抱く新吉に、むしろ感情移入するのではないだろうか。その意味ではジェーン・オースティンの小説を読むのと変わらない面が秋聲の小説にはあって、それは漱石にはなかった(乏しかった)ものだろうなとは思う。なにしろ「新世帯」は一九〇八年に発表された作品で、漱石であれば「ストレイシープ」と連呼されていくうちに、どんどんと観念論の沼から出れなくなるような『三四郎』と同年の小説なのである(私はぐるぐると悩んでばかりの漱石の小説は退屈で、どうしても点が辛くなりがちである)。

    三月七日(日)

     注文した『福音主義神学概説』を受け取る。重い。嵩張る。もう読む気が失せる。

     秋聲を読み進める。李賀も読む。解説によると「鬼才」という言葉は李賀を評するために生まれた言葉だという。李賀はそれほど破格の詩人だという。

     R-1ぐらんぷり、今日が決勝戦の放送日であることを忘れており、見逃した。事前の報道で出場者を確認していたから、ZAZYに期待していたのだが、ゆりやんレトリィバァが優勝したそうだ。どんな内容だったのだろうと思ってネットを調べてみると、フジテレビの構成と演出が壊滅的で、出場者たちが可愛そうだったというコメントで溢れていた。

     注文したジョン・トーランド『大日本帝国の興亡』をざっと眺めていて気づいたのだが、今回の新版(二〇一五年改版)では徳岡孝夫と半藤一利の対談が収録されていた。掻い摘んで説明すると、トーランドが日本の支配層からも取材を勝ち取って成立した世に稀な第二次世界大戦に関する本書は、最初は半藤氏が目をつけ文藝春秋で出版しようと試みたが叶わず、毎日新聞社に勤務していた徳岡氏に持ち込んで出版社を変えて世に出たものだということだった。

     良くも悪くも、むかしの日本の保守(オールド・リベラリスト)というのは、こういうもので、三島由紀夫に信頼されていた徳岡孝夫が、『日本のいちばん長い日』の著者で夏目漱石の親戚の半藤一利とが相通じている。かといって、それはあくまでも保守的な立場を崩すことはなく、徳岡孝夫は「諸君!」に長年匿名でコラム「紳士と淑女」を連載していたのである。

     最近、日本のフランス現代思想界隈(なんとニッチな業界だろう!)で話題になりつつあるシモンドンだが、サルトルとの共著があるそうだ。なぜサルトルがシモンドンに関心を持ったのかはわからないが、可能性としてあるとすれば「日常性批判」で知られるルフェーブルがサイバネティックスに近づいたころが起因である気もするが、実際のところはどうなのかは確かめもしていない。


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