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上野駅から上野公園、不忍池まで 〈後編〉|白土晴一
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上野駅から上野公園、不忍池まで 〈後編〉|白土晴一

2021-10-25 07:00
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    リサーチャー・白土晴一さんが、心のおもむくまま東京の街を歩き回る連載「東京そぞろ歩き」。今回歩いたのは、上野・不忍池周辺です。
    かつては東京の玄関として機能した上野駅。博覧会など国家規模のさまざまな行事が行われるなかで、人工物と自然物がそれぞれ現れては消えていった歴史を、小さな「蛇のかみさま」と一緒に振り返ります。

    白土晴一 東京そぞろ歩き
    第7回 上野駅から上野公園、不忍池まで 〈後編〉

     私のような昭和生まれの東北出身者の中には、上野駅は東京の玄関口というイメージが強い。
     現在、東北本線は東京駅が起点になっているが、1991年までは上野駅が起点であり、東北から東京に行くときに上野駅に降りることが多かった。岩手出身の石川啄木が「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中に そを聞きにゆく」と詠んだくらい上野駅と東北の結びつきが強かったのである。
     そのためだろう、私は上野よりも新宿に近い中野区に二十年以上も住んでいるが、今でも上野駅の方が親しみを感じる。なんとく故郷が近い感じがするのだ。
     この感覚は私だけではないだろう。上野駅周辺、少し離れた稲荷町などに東北の郷土料理の店が結構並んでいたし、東北から出張にくる人の定宿などがたくさんあり、東北出身者が多かったイメージがある。東北から東京に出てきた人が、なんとなく故郷と繋がっている安心感から、上野駅周辺に住むこともあったと思う。

     こうした鉄道と駅が自分の故郷と繋がっているという感覚は、上野と東北人、いや日本だけには限らない。例えば、パリにはフランスの四方に伸びる鉄道路線の起点として、パリ北駅やパリ東駅、リヨン駅、オステルリッツ駅などの六つのターミナル駅があるが、それぞれの路線沿いの地方出身者がその駅の周辺で料理店などを開くことが多かったという。
     少し前にフランス北部に伸びる路線の起点となっているパリ北駅を見に行ったが、国際列車のユーロスターや高速列車のTGVがプラットフォームに停車する雰囲気は、なんとなく東北本線や東北新幹線の並ぶ上野駅に近いものを感じた。
     パリまで来て「ここは上野駅だなぁ」などと夢想するのも変な話だが。

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    ▲パリ北駅(著者撮影)

     しかし、それと同時に上野は、地方人にとって東京という異空間を味わう場所でもある。子供の頃に上野動物園や博物館を訪れた人なら、その興奮と非日常感を感じたのではないだろうか?
     東北人にとっては、上野は故郷を感じさせ、その上、非日常の祝祭のような雰囲気も味合わせてくれる稀有な土地である。

     そんなわけで前回はパンダの話が長くなってしまったので、今回も上野の続き。
     国立博物館や科学博物館がある上野台は、武蔵野台地の先端の舌状台地で、かつては「忍岡」(しのぶがおか)と呼ばれていた。前編にも書いたが江戸時代初期に天海僧正が東叡山寛永寺を建てた場所で、江戸っ子は「上野のお山」という言い方をよくしている。
     今回はこの「忍岡」から降りて、その下に広がる都内有数の広大なオープンスペースである「不忍池」(しのばずのいけ)の方に歩いていく。

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     この池はかつて日比谷入江と呼ばれる、江戸湾の入江があった場所。それがだんだん土砂の堆積と埋立で、縮小していき、現在のような池になったのである。
     都内のオープンスペースに面した場所ではお馴染みの高層建築が周囲に並んでいる。特に池の西側にある池之端には30階を超える高層マンションがニョキニョキと生えている。
     前にも書いたが、建築物の高さ制限が緩い公園沿いなどには高層建築が建設される傾向がある。加えて、ここは東京では珍しいカワウのコロニーがあるという鳥獣保護区でもある。
     近年では、水の富養化でアオコなどが発生するなど水質悪化が懸念されているが、その原因の一つである野鳥への餌やりが禁止され、ボランティアによるビオトープが設置されるなど、環境をなんとか復元しようという試みも行われており、都心では珍しい生態系が形成された場所なのは間違いない。

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     こうした環境が前面に広がり、見晴らしも良いというのであれば、不忍池周辺に高層マンションが立ち並び、そこに住みたいという人が多いのも分かる。現在のこの辺りではいくつかタワーマンション建設が計画がされている。

     ただ、明治期くらいに撮影された不忍池の弁天堂を撮影した絵葉書を見てみると、忍岡から上から本郷台地の緩やかな傾斜が広がっている風景が見れたようで、こうした眺望が望めないのは地形マニアとしては残念ではある。

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    ▲著者蔵の絵葉書より

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     しかし、この池とその周辺は、人間の手によって風景が改変され、多くの建造物が現れては消えるという歴史を辿っている。明治17年(1884年)から明治25年(1892年)までは池の周りは不忍池競馬場として競馬が行われていたし、戦時中には食糧不足を解消するために池が埋立てられ「不忍田圃」が作られた。
     実行されなかったが、戦後も野球場を建設する案や、池の下に地下駐車場が建設される計画などもあったくらいである。
     東京という新陳代謝の激しい都市では当然かもしれないが、そうした変化を繰り返しながらも、なんとか不忍池という水辺の空間だけは一時消滅しつつも復活し存続している。
     こうした池を高層マンションが囲むような風景もいつまで続くのかは分からない。

     そう考えると、不忍池の歴史の中で、現れたり消えたりしたものを追ってみるのは面白そうである。今回は実際に不忍池を歩きながら、そうしたものの痕跡を探ってみよう。

     そもそも不忍池の代名詞と見える弁天堂にしても、東叡山寛永寺を建てた天海僧正が、上野の山を比叡山に見立てて、この不忍池を琵琶湖に見立てたが、琵琶湖の竹生島に相当する島がないので、わざわざ人工の中之島を作らせ、そこに弁天様を祀ったことからの始まりである。
     不忍池は江戸時代から有名な観光地だったが、その始まりはこの天海の人工島であったと考えると、その風景の改変と消失の歴史の幕開けとしてはふさわしいかもしれない。

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     しかし、この人工島の弁天堂にしても、昭和20年の東京大空襲で焼失し、現在の建物は戦後に復興した鉄筋コンクリート製のものである。

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     戦争で消えて無くなったものは、御堂だけだけではない。
     大正の不忍弁天堂を撮影した絵葉書だと、参道に大きな中国風の門があるのが見えると思う。

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    ▲著者蔵

     現在の参道を見ても、この門の痕跡すら残っていない。

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     この門は大正3年に建設された「天龍門」。建築の鬼才と言われた伊東忠太の設計した近代建築の門である。

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    ▲国会図書館デジタルアーカイブより(出典

     近代日本の建築家の多くが西洋に留学し建築を学んだが、伊東忠太は西洋の建築を熟知しながらも、日本建築のルーツを探るべくアジアを歴訪し、アジアを意識した建築を目指した人物である。そのアジアに目を向けた思想は、彼が設計した両国の震災慰霊堂(東京都慰霊堂)や築地本願寺を見れば、すぐに感じることができる。

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