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男と酒器|井上敏樹
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男と酒器|井上敏樹

2021-10-28 07:00
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    平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今回は、最近敏樹先生がハマりはじめたという骨董について。盃に映った空を眺め、敏樹先生は何を思うのでしょうか。
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    脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第67回
    男 と 酒 器      井上敏樹 

    まず、謝罪したい。以前、私はこのエッセイで骨董好きな人間を批判した事があった。無責任だ、と。自分勝手だ、と。その私が近頃すっかり骨董にはまっているのだ。思えば小学校の頃、通信簿に必ず無責任だ、協調性がない、と書かれた私である。運命は決まっていた、と言えるかもしれない。もっとも私の場合、酒器と食器に限定されているので、まだまだ初心者のレベルである。本当の数寄者は日々使う道具を越え、ただ見て楽しむだけの鑑賞美術を愛するものだ。仏像とか掛け軸とかだ。そしてそういった鑑賞美術品は酒器よりもずっと高価である。おそろしい。大体、骨董という漢字自体、分解すると骨に草、重なるである。不気味だ。

    さて、骨董を始めると、まず誰もが決まって陥るジレンマがある。真贋問題である。たとえば苦労して手に入れた壺があったとする。前々から望んでいた平安の壺である。ういやつういやつとばかりに日々撫でたり摩ったり、一緒に風呂に入ったり抱いて寝たりと愛を捧げたその愛器が、ある日、有名な目利きに贋物である、と断ぜられたとする。この場合、どうするか。真贋などどうでもいい、たとえ偽物であっても好きなものは好きなのだ、という態度は一見、爽快のようだが、所詮めくらの開き直りである。骨董好きなら自分を恥じる。おのれの眼の低さを恥じ、捧げた愛を恥じる。二度と壺と床を共にする事はなく、押入れの奥に放り込む。評論家の小林秀雄も骨董好きで名高いが、かの良寛の掛け軸を壁にかけ、来客がある度に鼻高々に自慢していた。そんなある日、やって来た良寛の研究者が偽物である、と断罪ー次の瞬間、小林は愛刀の一文字助光で掛け軸を両断した、という。これが骨董好きの姿勢である。妥協のない姿勢である。


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