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21世紀のジャポニズム 陰影「礼賛」から陰影「退散」へ(ニューヨークのイノベーションシーンについて 後編#2)|橘宏樹
2024-08-27 21:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回はニューヨークで活躍する日本人のイノベーターとして、増田セバスチャンさんの近年のプロジェクトについて紹介します。「いま最もホットなレストラン」として現地で話題を集めている「Sushidelich」の「kawaii」コンセプトはどのような影響力を持っているのでしょうか。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第13回 21世紀のジャポニズム 陰影「礼賛」から陰影「退散」へ(ニューヨークのイノベーションシーンについて 後編#2)
こんにちは。橘宏樹です。本稿では、前々回に引き続き、ニューヨークにイノベーションをもたらしている日本人をご紹介したいと思います。▲「ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1」で紹介した「Sakura Collectio -
老骨に自ら入れる鞭の驚くべき強さ~バイデン大統領一般教書演説~|橘宏樹
2024-04-19 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回は11月のアメリカ大統領選挙に向けての展望をお届けします。民主・共和両党の代表がそれぞれバイデンとトランプに決まったなかでおこなわれたバイデンの一般教書演説からは、何が読み取れるのか。「現役官僚」ならではの視点で語っていただきました。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第12回 老骨に自ら入れる鞭の驚くべき強さ~バイデン大統領一般教書演説~
お久しぶりです。橘宏樹です。だいぶ間が開いてしまって申し訳ありませんでした。仕事が忙しいことに加えて、1歳数ヶ月となる子供の世話で毎日ドタバタです。子育てあるあるですが、お風呂に入れて、添い寝しながら寝かしつけると、日中の疲れもあいまって、いつの間にか自分も寝入ってしまいます。すんでのところで睡魔に打ち勝ち、ようやく自分の時間ができたとしても、そこから何か文章を書く気力はやはり残っていない……という日々の連続です。
さて、今年のアメリカは何と言っても、大統領選挙の年です。先日、両党の候補者がそれぞれバイデン大統領、トランプ前大統領に決まりました。
そんななか、当地時間3月7日(木)昼のバイデン大統領の一般教書演説(今年1年の所信表明演説)のニュースをご覧になった人はおられることと思います。僕は、仕事をしながらではありますが、CNNで一部始終を視聴していました。
政策的に何が語られたかについては、他の記事に詳しいのでそちらに譲るとして、本稿では、僕の興味を惹いたポイントを2つ述べたいと思います。
【詳細】バイデン大統領 2024 一般教書演説で何を語った?NHK 2024年3月8日
バイデン米大統領、ウクライナやガザのほか自分の年齢にも言及 一般教書演説
2024年3月8日 BBC News Japan
1つ目は、CNNの演説映像それ自体の作品性です。まず、カメラワークが凄いです。バイデン大統領を、前から上から横から後ろから、と、目まぐるしく視点を変えながら映し出します。ロックスターのライブフィルムさながらです。生放送とはいえ毎年の定例行事ですから、だいたい段取りも決まっているので、飽きさせないような工夫が積み上げられてきているのかもしれません。
また、演説は上院議会で行われ、上下両院の議員と特別ゲストが議場に集まってびっしりと埋め尽くされているのですが、彼らのリアクションが非常に面白いです。特に、上下両院議長の「顔芸合戦」は見応えがあります。バイデン大統領の真後ろ、向かって左には、カマラ・ハリス副大統領兼上院議長(民主党)が、右には、マイク・ジョンソン下院議長(共和党)が座っているのですが、大統領が政権の実績を強調すれば、ハリス副大統領は、いちいち立ち上がって、拍手します。大きな笑顔で口元も賞賛の言葉を発しているように見えます。対して、ジョンソン下院議長は、その都度、白けたような不機嫌顔をつくったり、いやいやいや、と顔をしかめて首を小さく横に振ったりします。トランプ前大統領への批判が展開する際も同様です。面白いのは、プーチン批判など、共和党として、また、自身の政治スタンスとして、それほど反対ではない話では、ほんの少しだけ肯定的に頷いてみたりするところです。顔芸がいちいち細やかです。
▲バイデン大統領の2024年一般教書演説の映像(CNN)後ろに座る上下院議長の「顔芸合戦」は要注目。
議場も同様です。大統領が実績を強調すれば、民主党員が陣取っている辺りは、みな立ち上がって拍手喝采。共和党員が陣取っている辺りは、しらーっとノーリアクションです。そうした様子をCNNのカメラは天井付近のカメラでしっかり捉えています。民主党員は、本当に、いちいち立ち上がって拍手喝采してはまた座り、を繰り返すので、もう演説中ずっと立ってたらいいんじゃないか、とすら思います。
こうした政治家らのオーバーリアクションについては、さすがはコミュ力高いアメリカ人という見方もあるかもしれませんが、僕は、むしろ、彼らがさらされている視線の厳しさの方に思いが至ります。雇用、投資、トランプ、中東、ウクライナ等々、それぞれのトピックでバイデン大統領の意見に対してどのようなリアクションを取るか、地元支援者や利益団体が厳しく見つめています。カメラ越しの彼らに向けて、自分のスタンスをはっきりかつ細やかにアピールしているのだと思います。いつカメラで抜かれてもよいように、というよりもむしろ、あわよくば抜いてもらいたいという前のめりな姿勢で大統領の演説に「参加」しているように見えます。そう、議場の政治家らはお笑い番組のひな段に並ぶガヤ芸人なのです。大統領という指揮者が振るタクトに呼応するオーケストラの団員なのです。議場の全員が「演者」なのであって、実はあの場に演説の純粋な「聴衆」は1人もいないのです。
転じて、日本の首相の所信表明演説の国会中継はどうでしょうか。カメラワークは普段の国会中継も含めて、ひと昔前より多角性が増している印象もありますが、野次る議員をアップで抜いたりするでしょうか。また、「演者」の方々は、地元支援者や利益団体の目線をカメラ越しにビキビキに意識しているでしょうか。国会議員の議場での居眠りがよく批判されていますが(あんな長時間ただ椅子に座らされているのは、普通に酷だとは思います。)もしカメラが、居眠り監視の域を超えて、国会議員のリアクションをこまめに拾い、おまけに実況中継や解説もつくようになれば、彼らのカメラを意識したジェスチャーも増えて、民主主義的なコミュニケーションはより豊かになるかもしれません。
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ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1|橘宏樹
2023-08-29 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。さまざまな人種、あらゆる分野の企業のるつぼであるニューヨークではどのようにイノベーションが起きているのか。今回はファッション業界で国際的なイノベーションをリードしている日本のプロジェクトを紹介していただきました。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第11回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1
おはようございます。橘宏樹です。8月のニューヨークは7月に比べて少し涼しく感じます。しかし、過ごしやすいなどと、のんきなことを言っていられる状況ではありません。現在、ニューヨークでは、移民の増加が大問題になってきています。中南米やアフリカからの移民は陸路でメキシコ側の国境を通り、テキサス州やアリゾナ州にたどり着くわけですが、これらの州の知事は共和党で、バイデン政権の移民受け入れ政策に「寛容過ぎる」と批判的です。なので、これらの州では移民たちをバスに乗せて、移民受け入れに寛容なニューヨーク市に送り込むということを行っています。ニューヨーク市は、在留資格を問わず、全ての人に、無料で、教育・医療・食料・住宅を提供することを法律で定めています。過酷な旅を経た貧しい彼らがほっと一安心できるという点ではよいのですが、その反面、移民たちのケアのために、ニューヨーク市の財政は超絶悲鳴を上げているという状況です。最近では、住宅の提供が追いつかず、路上生活者が溢れてしまっている状況です。私の住んでいるエリアでも間違いなくホームレスが増えています。炎天下が続いた7月など非常に過酷だったろうと思います……。
NY市、移民殺到で施設がパンク 路上生活余儀なく(日経新聞 2023年8月3日)
NY州のメディケイド、1000億ドル突破へ 流入移民で増加、史上空前規模(DailySun New York 2023年8月2日)
アダムズNY市長はホークルNY州知事に財政措置を要求したり、ニューヨーク市近郊の他の街の受け入れを求めたりしていますが、治安悪化や財政負担への懸念から断る自治体も多く、上手くいっていません。
また、移民に住宅を確保するために廉価なホテルやアパートを市が借り上げているため、マンハッタン内のホテルは軒並み値上がりし、ごく普通のビジネスホテルに泊まるだけで1泊3万円かかるような状況です。地価も上昇し、家賃が払えず潰れていくレストランが続出しています。我々のお気に入りの、比較的リーズナブルな和食レストランも立て続けに閉店してしまいました。テレワークの浸透でマンハッタンに出勤してくる人が減りお客さんがいなくなってしまっていることも背景にあります。住宅不足と空き店舗。非常にちぐはぐな状況です。
人権尊重を重視するか。ハングリーで多種多様な移民が今日のアメリカを築いたと考えるか。治安悪化や財政負担を受け容れるか。国境コントロールは連邦政府が行いますが、共和党の現在最有力の大統領候補であるトランプ前大統領は、はっきりと移民受け入れに反対です。移民問題は、間違いなく、来年の大統領選挙の争点になってくることでしょう。
▲NY市の移民向けのガイド。日本語版もあります。全ての人に医療・教育・保育・食料・住居を与えるとあります。
さて、今回は、ニューヨーク界隈のイノベーションシーン三部作の最終回です。前編ではジョンソン・エンド・ジョンソンの「帝国的」イノベーションエコシステムの凄味について、中編ではブルックヘブン国立研究所が基礎研究で世界を制し続けていることの意味についてお話ししました。
ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)|橘宏樹(遅いインターネット)
ニューヨークのイノベーションシーンについて(中編)|橘宏樹(遅いインターネット)
最後に、ニューヨークでイノベーションを起こしている日本勢を2例ご紹介したいと思います。
1 日本の伝統×海外のデザイン「サクラコレクション」
一つ目はファッション業界からです。ニューヨークは、言うまでもなく、世界有数のファッショントレンドの発信地です。毎年2月と9月に開催される「ニューヨーク・ファッション・ウィーク」では、マンハッタン内のあちこちで世界の新進気鋭のデザイナーがコレクションを競い合い、新しい流行を作りだしています。もちろん、五番街に旗艦店がズラリと居並ぶセレブ向けのハイブランドも強い発信力を持っています。 そもそも、ニューヨークは、普段、街を歩く人々からして、だいぶ個性的な服装をしています。パーティー文化が盛んなので、日本人は到底着ないような非日常的な服装で街中を歩く人々はまったく珍しくありません。よくファッションショーの映像で奇抜なコレクションを目にするとき、僕を含む日本人は、こんなの普段着れるわけないよなあ、と思って見ていますが、ここでは違うのです。普通に「ああいう服」を着るのです。ニューヨークには、ああいう服を着て歩ける街、着ていく場所があるのです。このマーケット認識は日本国内の感覚と根本的に異なるので注意が必要です。
2023年春夏ニューヨークSNAP──ファッションの歓びとエネルギーに溢れた、百人百様のストリートスタイル。(VOGUE Japan)
https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688047891351314432?s=20https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688048181571989506?s=20https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688048551517880320?s=20
▲ニューヨーク・ファッション・ウィーク2022のとある会場の様子。作品もさることながら、観覧者たちの服装の方がむしろ尖ってた印象……
そんな個性が溢れる街ニューヨークですが、我らが日本も、当地で十二分に戦える強い個性を持っています。それは伝統織物です。日本の津々浦々には、西陣織、佐野正藍、遠州紬、加賀友禅などなど、非常に美しく高品質な伝統織物がたくさんあります。僕自身は、それほどファッションに詳しいほうではないですけれど、それでも、様々なセンスが入り混じる文化のるつぼニューヨークで暮らしていると、多少目が肥えてくるところはある気がしていて、日本の高級な伝統素材の持つ柄や質感のユニークさには、贔屓目を抜きにしても、あらためて際立つものを感じさせられます。個性の溢れる場所では、価値なき個性は埋もれるのでしょうが、価値ある個性はますます輝いて見えてきます。イブ・サンローランの言葉のひとつに、「ファッションは廃れる。スタイルは永遠だ。」というものがありますが、日本の伝統織物は、まさしくある種の「スタイル」を体現しているんだろうと思います。 実際、こちらのインテリアデザイナーの方が伝統織物を手に取って本当に感激しながら、半ば眩しそうな顔をして検分している様子を見たことがあります。おそらく、日本人が、国内でとても良質なペルシャ絨毯とか、フランスの本物のタペストリーなどを見かけたときに感動を覚えることがあるように、ニューヨーカーもまた、こうした日本の伝統素材に対し、文化の違いを超えた畏敬の念を抱くようです。
▲とあるクラブ内の一室。日本の伝統織物の柄や手触りに興味津々
しかし、日本の織物をそのままニューヨークに持ってきて、軒先に反物を並べてみても 大したフィーバーは起きません。『鬼滅の刃』のコスプレイヤーなど余程の日本好きや日系人以外、和服は着ません。当然ですが、その地域の文化にカスタマイズさせて、定着させること。すなわちローカライズすることが重要です。ではいかにしてローカライズすればよいか。ここが超難題で誰もが悩んでいるポイントなのですが、正解への道筋自体はいたってシンプルです。その地域の人に使ってもらえばよいのです。
▲僕も参加しているNPO法人ZESDAが研究・イノベーション学会と共著で書籍「新版プロデューサーシップのすすめ」を出版しました。「和」を尊ぶ日本らしいイノベーション手法としての「プロデュース」について掘り下げています。以前PLANETSでの連載を取りまとめて出版した「プロデューサーシップのすすめ」を大幅リニューアルしたものです。幅広い分野でのプロデュース事例も豊富に所収しています。ぜひお手に取ってみてくださいませ。
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「パレード」から読み解くニューヨーク(後編)|橘宏樹
2023-06-27 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。ニューヨークの名物イベントである「パレード」は、さまざまな異文化との接点になっています。時には政治的な主張に利用されるこのパレードから、グローバルな文化状況を分析しました。前編はこちら。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第10回 「パレード」から読み解くニューヨーク(後編)
4 イスラエル・パレード
毎年6月に行われるイスラエル・パレードは、AAPIパレード以上に「政治的」です。今年は特別な事情もあって、一層バチバチしていました……。
▲ホークル知事(左手を挙げた白いジャケットの女性)も参加。横にはニューヨーク州選出の連邦下院議員はじめ有力政治家がズラリ。(JCRC-NY Celebrate Israel Paradeのtwitterより)
▲子供の参加が特に多いパレードです。(JCRC-NY Celebrate Israel Paradeのtwitterより)
イスラエル・パレードは、ニューヨークのユダヤ人たちが、イスラエル国家の存続を訴えサポートの意志を表明する目的で行われ、1965年から約70年続いています。今年は6月4日に開催され、イスラエル建国75周年の祝賀の意味も込められていました。今年はセントラル・パークの東側、57番通りから73番通りまで南から北に歩いていました。
毎年約4万人もの人々が練り歩きに参加しているとのことですが、パレードはイスラエルの国旗で埋め尽くされ、どのグループもほとんどみんな同じような青色のTシャツを着ています。パフォーマンスを行うグループは少なく、フロートの上のDJやミュージシャンの演奏に合わせて時々踊りながら、基本的には歩くだけのグループが多く、ジャパン・パレードに比べると、実に「一様」です。また、さすが子だくさんのユダヤ人だけあって、小学生から高校生くらいまで、非常にたくさんの子供たちが参加しているのが、印象的です。
主催団体はJCRC-NYというニューヨークにたくさんあるユダヤ系団体を取りまとめるアンブレラ組織で、政治的影響力が非常に強い団体です。パレードには、アダムズ市長のみならずホークル知事も参加します。今年のグランド・マーシャルは、ハーレー・リップマン氏という、米国最大の IT コンサルティング・人材派遣系会社の一つGenesis10 の創設者兼 CEOでした。要は大富豪です。パレードにも莫大な金額を寄付していることでしょう。Foxによる生中継も行われます。さすがはメディアを制するユダヤといったところです。
以前、本連載で、ユダヤ・コミュニティには、左派から右派まで色々な人々がいることについて述べましたが、今年のイスラエル・パレードでは見た目の一様さとは裏腹の、ユダヤ・コミュニティの「多様性」が面白いほどはっきりと見て取れました。
「現役官僚のニューヨーク駐在日記」第4回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(前編)」
まず、イスラエル・パレードは、イスラエル国家を祝福するのが目的なのですが、ユダヤ教の超正統派の人々は、メシア(救世主)が現れないと真のユダヤ国家は実現できない、しかし、まだメシアは現れていない、だから現在のイスラエル国家は偽物であり、認められない、という立場を取っています。なので、沿道の片側のある場所で横断幕やプラカードを立てて、パレードに対し、「イスラエルはユダヤ国家ではない」と、しっかりと抗議しています。ちなみに、彼らは大声で怒鳴ったりはせず、粛然と居並んで淡々と反対の態度を示すのみです。
▲イスラエル・パレードに「イスラエルはユダヤ国家ではない」と抗議する超正統派の人々
他方で、今年は特別な事情から、パレードは左派からの抗議にもさらされていました。現在、イスラエル国内では、極右政権が、最高裁の判断を国会が覆せるようにするなどの司法制度改革案を通そうとしています。これに対し、民主主義の根幹である三権分立・司法の独立を脅かすものであるとして、大規模な抗議デモが続いたり、軍の予備役の一部は任務を拒んだりと、大揉めに揉めています。アメリカのユダヤ団体や有識者らも、いつもは中東におけるイスラエルの存続のサポートに徹するのみで、イスラエル内政については口出ししないのが常なのですが、こればかりは、民主主義の国アメリカの国民として看過できないようで、各種メディアで批判が展開されています。
イスラエル国会、司法制度改革で紛糾 (2023年6月15日、KWPニュース)
そんな状況下での今年のイスラエル・パレードに、イスラエル本国からは、複数の国会議員らとともに、なんと司法制度改革を押し進める張本人であるロズマン法相が練り歩きに参加していました。これに対して、左派の人々が、超正統派が陣取る沿道の逆の沿道を、拡声器を持って、ロズマン法相や国会議員らの練り歩きグループにずっと並走しながら、「司法制度改革は民主主義の危機だ、直ちに止めろ」「植民地でのパレスチナ人いじめは恥だ。すぐ止めろ」と、訴えかけていました。少しうがった見方かもしれませんが、法相らの前を行くフロート上のスピーカーからは大音声の音楽が流されていたのですが、それは、こうした拡声器の声をかき消すためだったのかな、などと沿道から見ていて思いました。
▲「Shame(恥を知れ)」「イスラエル国家は愛するが現政権は支持しない」などのプラカードを持って沿道でパレードに並走する人々。
さらには、アジアン・ヘイト・クレイム以上に長い歴史のある、反ユダヤ主義の人種差別の人たち(髭もじゃで服装の汚い白人中高年ばかり。多分トランプ派)もまた、拡声器を持って、パレードに並行しながら、汚い言葉で罵声を浴びせたりしているのも何度も見かけました。パレードに割って入ろうとする人もいて警備員に咎められたりしていました。
文字通り、右から左から、大変です……。これに比べたら、ジャパン・パレードはなんて平和なんだろう、とつくづく思います。
Annual Celebrate Israel parade held in New York City(CBS New York) イスラエル・パレード2023のニュース動画
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「パレード」から読み解くニューヨーク(前編)|橘宏樹
2023-06-21 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回はニューヨーク名物の「パレード」について紹介します。「ジャパン・パレード」をはじめとして、異文化に積極的に触れられる場となっているこれらの行事は、どのような意図で開催されているのでしょうか。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第10回 「パレード」から読み解くニューヨーク(前編)
おはようございます。橘宏樹です。6月のニューヨークは異常気象から始まりました。カナダでの山火事の煙が流れ込んできて、空がオレンジ色に染まりました。CNNによればこの時の大気汚染の程度は瞬間的ながら世界最悪だったとのことです。太陽の翳り方からして、世紀末というか、地獄というか、火星というか、なんとも現実感のない光景が広がっていました。空気もはっきりと焦げ臭くて、煤を吸い込ん -
ニューヨークのイノベーションシーンについて(中編)|橘宏樹
2023-04-07 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回は、世界最高峰の研究機関で、日本の「理研」とも共同研究を行っているブルックヘブン国立研究所について紹介します。最先端の物理学研究が持つ実利的な側面と、それを国際競争に応用する日米それぞれの戦略とはどんなものなのでしょうか。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第9回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(中編)
おはようございます。橘宏樹です。4月のNYはさすがに暖かくなってまいりました。うっかりダウンなんて羽織って通勤してしまえば、オフィスに着くまでには汗ばんでしまいます。
▲国連本部近くの静かな公園。ようやく春がやってきました。
▲トランプ前大統領の刑事起訴の発表直後のトランプタワー前。大勢のメディアの前で反トランプ派の人物がアピール。
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ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)|橘宏樹
2023-02-21 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回はジョンソン・エンド・ジョンソンの社内体制から、アメリカ企業のイノベーション・エコシステムについて分析します。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第8回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)
▲トルコの国連代表部・在米トルコ人協会の前。被災した母国に物資を送る作業が昼夜問わず行われています。
おはようございます。橘宏樹です。2023年も2月に入りました。昨年末は寒波に襲われたかと思えば、1月は雪ひとつふらない暖冬でした。そのくせ今月に入ると、体感マイナス20度級の極寒日が続きました。なんとも寒暖差が激しく、体調を崩しやすい日々です。
年末年始は育休を取得しており、更新が少し滞りました。子育て経験がおありの方はよくご存知のとおり、毎日毎日、ミルク、おむつ替え、寝かしつけの無限ループが続き、夜中も2時間置きに対応せねばならず、慢性的な寝不足で毎日朦朧としていました。 妻の「手伝い」ではなく、父親として、当然子育てをしているという主体的な意識を持ちつつも、やはりこの局面では、父は母の指揮命令下に入った方が合理的ですし、夫としては、妻の基準で妻のやりたいようにできること、また彼女の負担を最大限減らすことが重要だと考えまして、なるべくサポート業務に従事するようにしました。例えば、赤ちゃんの風呂上がりにバスタオルを敷いて周りにパウダーやクリームやら蓋を開けておいて待ち構えるとか、次の次のミルクの下ごしらえをするとか。おむつ替えや授乳や寝かしつけといった「基幹業務」も妻の2/3くらいはできたかと思います。特に、心がけていたのは、判断を都度都度仰ぐのは鬱陶しかろうと思って(この涎掛けでよいか、とか、靴下は必要かとか。)、妻の望みを毎瞬先読みしつつ、自分の裁量で動くようにしていました。自分の生活リズムを完全に崩され、常に気忙しく、クタクタでした。日中も本当に朦朧としていて、役に立たない時間や、至らないことも多かったと思います。
現在日本に一時帰国している妻からは、僕がおらず大変だ、育休期間は助かっていたんだなと今はよくわかる、という言葉をもらいまして、ちょっとは癒されている今日この頃です。ともかく、赤ちゃんは可愛いどころの騒ぎではない存在ですね。親になるとはどういうことか、こういうことだと言葉で言い表すのは難しいですが、なにかしら実感が胸の奥でふつふつと醸成されてきているのは感じます。
さて、本題ですが、今号から3回に渡って、ニューヨークのイノベーションシーンについて取り上げたいと思います。
1 ジョンソン・エンド・ジョンソン(JLABS@NYC)からの学び
皆さんはジョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J)という会社をきっとご存知だと思います。バンドエイドやベビーパウダー、コンタクトレンズ、そしてコロナワクチンで有名ですよね。1886年創業の同社は、初期はもっぱらガーゼや包帯をつくっていましたが、約150年経った今、ご存知の通り、コロナワクチンをも製造する最先端の医薬品メーカーになっています。この成長力の秘密はどこにあるのでしょうか。それは、戦争のたびに売上を増やし、資本力をテコに買収を繰り返したからだ、と片づけてしまう方もおられるかもしれません。それはそれで否定されないと思いますが、先日、J&Jのインキュベーション施設「JLABS@NYC」を見学する機会を得まして、どのように買収の目利き力を養っているか、買収先との関係を築いているか、に関するあたり、もうちょっと高い解像度で、J&Jの発展の秘訣を見つけられたような気がしましたので、簡単に共有したいと思います。
▲JLABS @ NYCの紹介動画
▲JLABS玄関。白い箱は動画通話専用ルーム。
▲JLABSのコモンルーム。ヴェルヴェット生地のソファーが放つ光沢がゴージャスさを醸し出しつつも、華美過ぎず、リラックスできる雰囲気。入居しているベンチャー企業が打ち合わせやイベントに活用。
▲内部には研究設備が整う(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。
▲コワーキングスペース。入居した各社が事務作業するスペース(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。
JLABSは、J&Jのライフサイエンス関係のインキュベーション組織です。米国を中心に欧州やアジアなど世界13カ所に拠点があり、JLABS@NYCはそのひとつです。残念ながら日本にはありません。これまでに、全世界で約800社以上のベンチャー企業がJLABSに所属・卒業し、そのうち約50社はIPOを実施、約40社をJ&Jが買収しました。また、日本を含む数えきれないほどの世界中の研究機関や医薬系関連会社や公的機関との連携ネットワークを有し、イノベーション・エコシステムを形成しています。
対日投資成功事例サクセスストーリー Johnson & Johnson Innovation(JETRO 2021年8月)
阪大と米J&J、健康・医療で連携事業展開(日刊工業新聞 2017年9月22日)
京大とJ&J、医療機器・創薬で連携(日経新聞 2018年7月2日)
JLABS@NYCはマンハッタンの南部の、ファッションやアート、フードなど、何かにつけイケてるエリアとして有名なSOHO(ソーホー)エリアのど真ん中にあります。新薬開発、MedTech等の分野で起業した約60社が所属しています。 上の写真のとおり、実験設備がひととおり用意されていて、事務作業するデスクもあるので、極端な話、入居しているベンチャー企業では鞄ひとつでこのオフィスに来て、研究や仕事をして帰ることができます。 もちろん研究や会社経営について助言をくれるJ&Jのスタッフが張り付いており、研修やマッチングイベントも提供されています。
J&JのR&D(研究開発)への投資額は2021年で約150億ドルに達しており、医薬品業界ではトップ3に入っています。2010年には約70億ドルだったので10年で2倍以上になっています。また同社の2021年の総売上は約940億ドルなので売上の約1/6は投資に回っているということですね。(僕は収入の1/6を自己投資に使ってるかなあw)
▲ニューヨーク科学アカデミーの年次総会パーティー(Academy of Science in NY 2022 GALA)の模様。顕著な実績を上げた若手を表彰。
▲Academy of Science in NY 2022 GALAの宴席。11番の札の向こうに見える紳士はノーベル経済賞受賞者のスティグリッツ教授
・帝国としてのイノベーション・エコシステム
さて、施設がある。たくさんの会社や研究所等とネットワークがある。ベンチャー企業には育成担当も張り付けている。エコシステムを形成している――。そういう話は日本でもたくさん聞きます。なんちゃらプラットフォーム事業といった国の政策もよく聞きます。それらの成否の評価についてはさておきつつ、今回JLABS@NYCを訪問し関係者のお話を聞いていて、圧倒的に悟った、非常にシンプルで当たり前な、普遍的な真実についてお話ししたいと思います。
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「分断」から「瓦解」へ――変質する民主主義の危機 ~中間選挙を読み解く3つの視座~|橘宏樹
2022-12-02 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回は11月におこなわれたアメリカ中間選挙のポイントを解説するとともに、ニューヨーク市民と日本国民の選挙に対する姿勢の違いについて分析します。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第7回 「分断」から「瓦解」へ――変質する民主主義の危機 ~中間選挙を読み解く3つの視座~
おはようございます。橘宏樹です。ニューヨークでは、11月24日にサンクス・ギビング・デイ(感謝祭)を迎えました。去年に続き今年もアメリカ人の友人宅にお招きいただき、大きな骨付きハムを分け合って楽しい時間を過ごしました。感謝祭の料理と言えば七面鳥がおなじみですが、ハムの流派も多いのだとか。
▲手製のサンクス・ギビング・ハム。グランベリーなど甘めのソースをかけて食べるのがセオリー。
▲アラビア文字の書かれたお皿がハムと餃子と団らんを待つ多文化な食卓。
▲手製のチョコチップ入りピーカンナッツ・パイ。使われたメープルシロップは庭で採れたものだそう。めちゃくちゃ美味しかった...…
▲大きな家と薪の暖炉。これぞアメリカの冬って感じ。
翌25日のブラック・フライデーのセールには人々が殺到し、ロックフェラーセンター前の有名な巨大クリスマスツリーはいそいそと装飾を始めています。クリスマス休暇の始まりまでは少し間があるものの、なんかもう、ニューヨーク市内からビジネスのやる気は感じられず、仕事納めに向かっている雰囲気です。
さて、11月8日は中間選挙の投票日でした。連邦上院、下院、州知事、州議会等の選挙が一気に行われました。インフレへの不満が強いことやトランプ派の候補者が勢いづいていると見られていたことから、民主党は大敗するだろう、共和党のシンボルカラーが上下両院を席捲する「赤い波(Red Wave)」がやってくるだろう、との声がもっぱらの前評判でした。 しかし、蓋を開けてみると、民主党が上院の過半数をギリギリながらもキープし、下院も共和党220に対し民主党213(過半数は218。2議席未決着。執筆時点(11月27日)。)と踏みとどまりました。大統領の党が負けやすい選挙にしては、バイデン民主党はかなり善戦したと言ってよいでしょう。
日本でも、共和党が大勝しなかった原因分析(米最高裁の中絶権認める判例破棄への反発と2020年大統領選挙結果を否定するトランプ派の行き過ぎた台頭に対する嫌悪感等)、上下両院内での両党の激しい拮抗、民主党内の世代交代(ペロシ下院議長退任)やプログレッシブ派の伸長、トランプ前大統領の2024年大統領選出馬表明や脱税疑惑への訴追、バイデン政権への支持率の低さ、バイデン大統領の次回大統領選不出馬との憶測、共和党内でのフロリダ州デサンティス知事の台頭とトランプ前大統領との闘争、などなど、主要論点については既に様々な論考が出回っております。
時事的・政治的な分析はそれらに譲るとして、今号では、この度の中間選挙で、日本社会と比較して、僕が個人的に面白いな、重要だなと思ったポイントを3つ挙げたいと思います。それは、①選挙管理の危機、②分断を助長する予備選挙、③司法の政治化です。選挙における競争が苛烈過ぎるあまり、アメリカ民主主義の土台までをも破壊しかねない様相を呈しているように見えます。アメリカ民主主義の危機は「分断」からもう一歩深まって制度それ自体の「瓦解」の域にまで踏み込みつつあるかもしれません。ある意味、危機の変質が見られると言ってもよいのかもしれません。一方で、アメリカ民主主義の希望というか、さすがのバランス感覚というか、行き過ぎを踏み止まらせる良心の底力のようなものも感じ取れます。何が起きているのか。なぜそうなっていくのか。僕なりの中間選挙の観察記録を書いてみたいと思います。
▲ニューヨーク・マラソンを走る参加者
① 選挙管理の危機
・「選挙管理」という論点の存在
連載第2回でも触れましたが、今のアメリカでは「選挙の5W1H(①誰が(who)②なぜ(why)③いつ(when)④どこで(where)⑤何に(what)⑥どうやって(how)投票するのか)」のうち、「③いつ(when)」以外の全てのステージで政治闘争が繰り広げられています(逆に日本では、総理の解散権③いつ(when)が最も争点になるところと対照的ですね。)。特に「⑥どうやって(how)投票するのか」について、郵便投票の是非をめぐる議論が過熱しています。アメリカの選挙は、支持者獲得競争の域を超え、選挙のインフラ部分にまで闘争の領域が広がっているのです。
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あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)|橘宏樹
2022-10-04 10:19
【訂正とお詫び】 本記事において編集部のミスにより画像の一部訂正があるため、再配信を行いました。読者の皆様にはご迷惑をおかけし、深くお詫び申し上げますと共に、再発防止に編集部一同努めて参ります。このたびは大変申し訳ございませんでした。
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。安倍元首相の外交姿勢と、これまで論じてきたユダヤ系アメリカ人の経済的影響力から、これからの日本の国際社会での立ち位置について考察します。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第6回 あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)
おはようございます。橘宏樹です。今年のニューヨークの夏は去年に比べてもかなり暑かったです。35度を超える日も少なくありませんでした。日差しが強く目を射られるので、通勤時はサングラスをかけて電動キックボードに乗っていました。
さて、四十九日も過ぎましたが、7月初旬の安倍元総理の暗殺は大変な衝撃でした............。あらためて振り返っても信じられない事件ですし、個人的には、なんというか、今でも実感が湧いてきません......。演説や国会答弁の動画をついつい見てしまいます。もちろんニューヨークでも多くのメディアが報じました。深い悲しみと日本人への同情とともに、日米関係を一層盤石にした功績を讃える内容がほとんどです。特に、真逆のキャラクターであったオバマとトランプの両方とうまく付き合うことができた稀な指導者としての評価が高いです。私の仕事上のカウンターパートからも一斉に弔文が送られてきました。事件直後には99歳のヘンリー・キッシンジャー元国務長官までもが自ら足を運んでNY総領事館に記帳に訪れていました。現在、国葬が妥当かどうかについて国内で議論があることも報道されています。
安倍元首相死去 米の日本大使館などに元閣僚や外交官らが弔問(2022年7月12日 NHK)
ニューヨーク・タイムズ紙の安倍元総理関連記事一覧
また、7月末には岸田総理がニューヨークの国連本部でのNPT(核兵器不拡散条約)運用検討会議に出席して演説を行いました。日本の総理として初めてのことです。5項目からなる「ヒロシマ・アクション・プラン」を発表し、核の傘の下に居ながらも核不拡散を希求する、という難しい立ち位置については、国際社会から批判も理解もある中、広島選出の岸田総理の「核兵器のない世界」への強い思いが、出来る限り国際社会に示されたかたちです。グティエレス国連事務総長もこれに呼応して8月6日に広島を訪問してくれましたし、2023年に被爆地・広島でG7サミットを開催することにもなりました。
▲ニュージャージー州側から見るウォール街。中央の最も高い建物がワン・ワールド・トレード・センター。
さて、ニューヨークの力強さの源としてのユダヤ人コミュニティについて、2回にわたって考えてきました。文面からは伝わりにくかったかもしれませんが、どう描出するか非常に苦しみました。「ユダヤ人は~」というトピックは、そう書き出しただけで、人種差別として誤解されるリスクすら生じてしまうほど、国際社会において非常にセンシティブな話題ですし、そもそも、ルーツも所得も宗派慣習も非常に多様な彼等を一括りにして議論することも困難です。そこで前編では、まずその多様さや分布についてデータで確認し、中編では、勝ち組ユダヤ人の「勝利の方程式」について、彼らの歴史を振り返りながら、これからの日本が学べそうなポイントにしぼって、なんとか洞察を試みてみました。
三部作最終編となる本稿では、ユダヤ人と日本人の間の「縁」についてお話ししたいと思います。両者の間には共闘や助け合いの歴史があるだけでなく、特にニューヨークで、イノベーションを興すパートナーとして、とても相性が良い面があると思います。これからの日本の生存戦略の提案も含めて論じてみたいと思います。
対露戦争での共闘
日本・ユダヤ関係史で最初の重要なエピソードは、やはりなんといっても、日露戦争時のユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフと日本政府の「共闘」だと思います。
1904年、日露戦争開戦を決意した日本政府は、巨額の軍事費用(当時の日本の国家予算の約9年分に比敵)を公債の発行によってまかなおうと考え、高橋是清日銀副総裁(当時)らをロンドンに派遣し、引受先を探す交渉に当たっていました。しかし、当時、いかに評価急上昇中の日本(ちょうど「坂の上の雲」の時代)とはいえ、円の信用力への疑問、最後は超大国ロシアが勝つだろうという観測、英露王室同士は姻戚関係にあることなどから、当初、ロンドンでの日本国債発行は極めて絶望的な状況でした。
しかし、とある晩餐会の席上、高橋是清の隣に、当時の米国ユダヤ系経済界のリーダー的存在であった銀行家のジェイコブ・シフが座り、意見交換を行いました。その翌日、シフが巨額の日本国債の引き受けとアメリカでの転売を決めたことから、形勢が一気に好転します。
シフは、もともと新興国への投資に熱心なタイプであった上に、仲間が持ち掛けてきた、日本の外国債をロンドンからニューヨークに転売して、金融市場としてのニューヨークの地位を高める起爆剤として利用しようという計画にも関心を寄せていました。 同時に、シフは、熱心な政治活動家でもありました。中編でも触れましたが、当時、帝政ロシアは大規模なユダヤ人迫害(「ポグロム」)」を行っており、シフはこれに強い反感を抱いていて、セオドア・ルーズベルト大統領にも働きかけるなど、同胞の救済に尽力していました(シフは、世界的に大きな影響力を有する「米国ユダヤ人委員会(AJC:ユダヤ人の市民権向上のための国際的なアドボカシー団体)」の創設メンバーのひとりでもあります)。こうして、シフは、銀行家としての経済的動機とユダヤ人としての政治的動機から、莫大な額の日本国債を引き受け、日本政府に資金を提供し対露戦争を支援したわけなのです[1]。 この軍資金調達の成功がなければ、日本はおそらく日露戦争に負けていたでしょう。明治天皇も、シフのハイリスクな決断と支援に感謝し、皇居で会う初めての外国民間人として単独で謁見し、旭日大綬章の叙勲を行っています。 シフの思い切った新興国への投資や、日本債のニューヨークでの転売構想、米欧をまたぐ豊富な人脈には、中編で触れた「チャレンジへの執着」「あなたが持っていないものを、欲しがっていない人に売る」「ユダヤ人ネットワーク」の破壊力の真骨頂が見出せますね。
▲グッゲンハイム美術館の外観。ユダヤ人富豪の「鉱山王」ソロモン・R・グッゲンハイムのコレクションを収蔵。
▲グッゲンハイム美術館内観。らせん状階段に沿って絵画が展示されている。この日はカンディンスキーの特別展が開催されていました。
ホロコーストと「命のビザ」
そして、日露戦争から約40年後、今度は日本人がユダヤ人を助けることになります。第二次大戦中、ナチスによる大迫害(「ホロコースト」)から逃れようと海外脱出を試みるユダヤ難民に対して、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理、根井三郎在ウラジオストク総領事代理、建川美次駐ソビエト連邦大使らは、人道上の使命感から、時に外務本省の訓令に背きつつ、ビザを発給して出国を助けます。特に、6000人ものユダヤ人を救出した「東洋のシンドラー」杉原千畝氏の美談は映画化され、欧米でも”Persona Non Grata(「好ましからざる者」の意)”の英名で上映されています。
杉原氏以外にも「命のビザ」(週刊NY生活 2021年2月24日)
映画 Persona Non Grata(「杉原千畝」) (2015)
また、杉原千畝が発給したビザで命を救われたユダヤ難民の一部は、リトアニアからウラジオストクを経て、福井県・敦賀港に上陸しました。命からがら逃れてきた彼らに、敦賀市の人々は、着物や食べ物、寝床などを提供して生活をサポートしました。温かい庇護を受けたユダヤ難民の感謝の思いは深く、敦賀の街が「天国(ヘブン)に見えた」と語る声も伝えられています。敦賀市にはその際のエピソードや史料を展示する施設「敦賀ムゼウム(ポーランド語で資料館の意)」があり、ホロコースト・サバイバーの子孫を始め、多くのユダヤ人の来訪を受けています。敦賀市からニューヨークに渡ったユダヤ難民も多く、とあるユダヤ系ニューヨーク市議会議員は敦賀ムゼウム来訪の折、祖父の名前が入った史料を見つけたとのことです。
ユダヤ系住民、敦賀市に感謝状=杉原氏「命のビザ」避難民迎え入れ-NY
ユダヤ難民の遺族が日本側に謝意 NY総領事と面会(Daily Sun New York 2020年7月23日)
▲人道の港敦賀ムゼウムで展示されている大迫辰雄氏のアルバム。外交官のみならず、ウラジオストクから敦賀市への移送を担当したJTB大迫辰雄氏なども、心を込めて彼らを遇したことが伝えられています。(人道の港敦賀ムゼウム ウェブサイトより)
JTB職員 大迫辰雄の回想録 ユダヤ人輸送の思い出
ユダヤ人社会には、両親や祖父母の命を救ってくれた多くの日本人に対する感謝の念が、今も根強く残っています。我々の先祖に深い恩義を感じてくれているということ、その想いが子孫にまで受け継がれているという事実は、多くの日本人も知っておいてよいことだと思います。
▲杉原千畝氏(wikipediaより)
▲建川美次氏(wikipediaより)
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あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(中編)|橘宏樹
2022-07-04 07:00
現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。マーク・ザッカーバーグが象徴するように、アメリカ社会・グローバル市場において大きな影響力を持つユダヤ系の人々。彼らの力の源泉は何なのか、橘さんならではの分析をおこない、日本の経済状況との比較からみえてくることについて解説します。
橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第5回 あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(中編)
在米ユダヤ人はいかにしてのし上がったか ~成功率を高めた4つの執着~
▲正統派ユダヤ人が多く住むブルックリンのウィリアムズバーグ地区にて。散歩する家族。
▲正統派ユダヤ人が多く住むブルックリンのウィリアムズバーグ地区にて。散歩するカップル。
さて、前編では、ユダヤ人コミュニティの力強さの現状、具体的にはエリート層に占める「率」の高さについて述べました。「率」が高い、ということは、コミュニティ内にある種の勝ちパターンが共有されていて、その成功の果実が数世代にわたって積み上がっている可能性を示唆します。中編では、在米(特にニューヨークの)ユダヤ人がいかにして成功を積み上げてきたか、歴史を振り返るとともに、その勝ちパターンの中身について洞察を試みます。僕は、彼らの非常に特殊な歴史的・文化的事情に起因する「4つの執着」がうまく連動して相乗効果を発揮してきたことが、在米ユダヤ人の社会的地位を大きく押し上げたのだと考えています。
現在の在米ユダヤ人の圧倒的大多数のルーツは、1880 年代から 1920 年代までの30年間に、ロシアで起きた「ポグロム(破壊)」と呼ばれる大規模なユダヤ人迫害と極貧生活から逃れてきたロシア系ユダヤ人です。この時期に250万人以上のユダヤ人が米国入りしたと言われています(2020年のユダヤ人人口は全米で約750万人)。ちなみに、残りの少数派はドイツ系ユダヤ人移民なのですが、彼らはもっと前から米国入りして全国に散らばっており、白人社会にほぼ溶け込んでしまっていました。もちろんナチスの迫害から逃れてきたポーランド系・オーストリア系・ドイツ系ユダヤ人もいますが、さらに後発の少数派です。
ロシア系ユダヤ人移民の多くは、衣服をつくる職人でした。人間なら誰もが使う普遍商品を生産できる「手に職」を持った人々です。20 世紀初頭のニューヨーク市の衣服産業は、米国全土の既製服のシェアの約半分、婦人服では75% を占めており、さらに衣服労働者の約8割までもがユダヤ人だったと言われています。体力勝負の肉体労働では黒人やインド人などにはかないませんし、肉体労働よりは労働付加価値の高い産業で遮二無二働いたのが彼らの出発点でした。
▲正統派ユダヤ人が多く住んでいる「ウィリアムズバーグ」と、最近開発が進むイケてる地域「ダンボ」は隣り合わせ。雰囲気のギャップが激しい。
▲賑わうダンボ地区。マンハッタン橋を覗くこのスポットはInstagramでも大人気。
▲ダンボ地区の芝生。ブルックリン橋越しにマンハッタンの摩天楼を眺めてくつろぐ休日のニューヨーカー。
①土地への執着
そんな彼らが極貧からのし上ることができた理由には、まず「土地への執着」があると思います。ロシア系ユダヤ移民第一世代は、過酷な環境の下、低賃金で長時間働く一方で、狭い家に多くの下宿人をおいて家賃収入をコツコツ貯めていきました。アメリカでは、急に帝国に襲われて、土地を追い出され着の身着のまま追い出されることはありません。安住の新大陸で初めて土地の所有に目覚めたわけです。そして、じわじわと不動産業界に進出していきます。 在米ユダヤ人は不動産業で大当たりしました。勝因は、白人富裕層による支配があまり行き届いておらず参入障壁が低かったこと、特殊な生活文化を共有するユダヤ人同士の紹介ネットワーク内で借り手・貸し手を探しがちだったので、ユダヤ人以外に富が搾取されることが少なかったこと、宗教上の理由で人口をどんどん増やしていたので、閉じた社会内でも需要が拡大し、ユダヤ経済圏が発展していったこと(第二次大戦後は、ホロコーストで失われたユダヤ人口を取り戻すべく、さらに拍車をかけて「産めよ増やせよ」にいそしんでいます)、衣服産業も不動産業も、戦後のアメリカの超好景気に上手く乗れたこと、などなどの事情から、資本蓄積が順調に進みました。そして、マンハッタンにも多くの物件を所有するようになると、入居してくる他民族の若者、野心的な若い芸術家や音楽家などとの交流も増え、時代の先を読んで出資するセンスもまた磨かれていくことになります。
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