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【インタヴュー/FOOL'S MATE ff】 LUNA SEA/RYUICHI
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【インタヴュー/FOOL'S MATE ff】 LUNA SEA/RYUICHI

2014-01-29 17:50
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FOOL'S MATE ff掲載のRYUICHI(LUNA SEA)インタヴューの続きはこちらになります。

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――ちなみに、以前「乱」がシングルで出た際には、LUNA SEAとしては珍しい日本語タイトルの曲ということで話題になりましたが、この「銀ノ月」でもまた日本語のタイトルを冠したのはなぜですか。

「「銀ノ月」はSUGIZOが原曲を書いているんですけれど、SUGIちゃんと話している中で自然とそういう話になっていったんですよ。日本語のタイトルの曲が、もうひとつくらいあっても良いよね?って。それでこうなりました」

――きっと、今作にはREBOOTを経たからこそ生まれたのであろう楽曲というのが幾つも収録されているのでしょうね。曲調的な面では、中でも「Glowing」にかなり唸らせられたところがあります。思えば、今年でLUNA SEAは25周年です。結成当時のRYUICHIさんご自身も、これだけブルージーな匂いの漂う楽曲をLUNA SEAが体現することになるとは、きっと予測出来ていなかったのでは。

「LUNA SEAの場合、5人それぞれで音楽に対しての考え方が違うところはあるんですが、そもそもの共通見解としてロック・クラシックに対してのアンチテーゼというものを、常にどこかに持っていたバンドではあるんです。つまり、渋くてブルージーなものだとか、スリーコードのシンプルなロックンロールだとか、そういう古い匂いのする音楽は正直言って嫌っていたし、ちょっとあり得ないくらいに思っていたわけなんですよね」

――そうですよね。LUNA SEAほど、常に先鋭的で在り続けているバンドはいませんもの。

「結局、そうやって僕らは“人と違う”ということに対して、自分たちなりのモチベーションを持ちながらずっと成長をして来たわけなんですけど、でもある時そのことにさえも“退屈だな”と感じる時がやって来るんですよ。だから、そこからは俗にいう“本物たち”っていうのかな、ロックの世界を創った大先輩たち、偉人たちってストーンズを筆頭に一杯いるじゃないですか。おそらく、メンバーおのおのの中で“いや、やっぱり凄いものは凄いんだな”っていう風になっていったんでしょうね」

――RYUICHIさんご自身は、LUNA SEAのヴォーカリストとして「Glowing」と向き合った時、一体どのような感覚を得られたのでしょう。

「歌詞の部分ではLUNA SEAのロックに対してちょっと斜に構えた部分がある一方、曲としてはロック・クラシックに対してのオマージュというのかな。色っぽさというのか、気怠さというのか、あの独特な雰囲気がある中で、僕はその両方を融合出来たんじゃないかと思いますね」

――確かに、実に深みと含みのある音が詰まっていますよね。

「子供の頃はそんなに良いと思っていなかったバンドでも、この世界に長くいるとそのうち聴く機会っていうのが出て来るわけでね。そうすると、自分は食わず嫌いならぬ聴かず嫌いだったんだな、ということにやっと気づくんですよ(苦笑)。この20年くらいの中で、何回かあったそういう経験を、この曲を表現していく上では活かすことが出来ました」

――温故知新、というやつですね。

「それでも、ビートルズなんかは昔も聴いていたんですよ。だけど、グラムとか、ロックンロールは基本的なコード進行が全部一緒じゃない?ってなると、どれもおんなじようにしか聴こえなかったし、なんかパッとしてないようにしか思えなくて。今思えば、そういうバンドの方々には大変申し訳ないけど(笑)」

――ある程度の年齢にならないとわからない味わいというのはありますからね。

「おそらく、当時の自分からすればああいうオーソドックスなロック・クラシックには飴の部分が足りなかったんだろうね。子供の頃、ジュリーみたいにGSから出て来て、デカダンスをポップスと結びつけたような人たちの音楽を歌謡曲として聴いていたこともある日本人の自分としては、キャッチーでポップなメロディがない音楽に対して熱狂することの意味が最初は良くわからなかったんです。でも、飴も重要だけど要はスルメだったんですよ」

――なるほど!

「ああいうクラシックなロックというのは、自分でしっかり噛まないと味が出ないもんなんですよね。日本人の作る曲みたいにAメロ~Bメロ~サビ的な展開のわかりやすさは無いかわりに、よくよく噛んでいくとあの“いつ終わるの、これ?”っていうくらい単調な流れの中に、曲の面白みっていうのが感じられるようになっていくんです。そして、むしろそここそが“カッコ良いな!”となって来る。別に飴なんかなくても、ストーンズみたいに世界一になれちゃうっていうのはそういうことなんだってわかるんですよ。迎合を一切せず、自分たちは自分たちの道を行くというその姿勢を長く貫いている姿勢にも、僕は心を動かされましたよね」

――そのローリングストーンズは、LUNA SEAの倍以上にあたる結成52周年を迎えて、今も現役でツアーをやっているところですしね。生ける伝説には、それ相応のすごさが伴うということなのでしょう。

「もちろん、ビートルズみたいにロックやポップスの基礎となるメロディの全てを創ってしまったようなアーティストも、僕は神懸かっているなと思いますしね」

――ひとつ、ここで気づいたことがあります。LUNA SEAというのは、思うに今話題にのぼったその両者の要素を兼ね備えたバンドなのではないでしょうか。

「あぁ、そうですね。ひとつには、LUNA SEAの場合、メロディを後からみんなで作っていくことが多いんです。メンバーと一緒にスタジオに入ってプリプロダクションでジャムをする時も、“じゃあ、Aメロはエイトビートでこのコードでいきましょう”とか、“Bメロは何小節で開いていきましょう”とか他のメンバーがやっている横で、“RYUはこの間にメロディを考えておいて”っていうのが、最初期の頃のLUNA SEAの作り方だったから。そうなると、フォークとかポップスみたいに“このメロディだから、ここにテンションを入れる”とかじゃないんですよ。“テンションが入っているこのコード進行に、どうやったらわかりやすいメロディがつけられるか”っていう闘いを、ずっと挑んでいたようなところがあって。結果的には、そういうことの繰り返しの中でマニアックだけれどキャッチーという、LUNA SEAならではの強みが生まれていったような気がします。ポップに振り切らないからこそ、迎合感が少ないんだろうね」

――それでいて、どの曲においてもメロディの存在感はこのうえなく引き立っているわけですから、つくづくLUNA SEA独自のバランス感はすごいと思います。

「まぁ、今は原曲のデモテープが出来上がった段階でほぼ完成形のメロディがついていることもけっこう多いし、メンバーがメロディを書いて来てくれることもあるんですよ」

――そのあたりは、各メンバーによるソロ・ワークスの影響もありそうですね。自ら歌う機会が増えた、という意味で。

「あとはやっぱり、信頼感でしょう。中にはメロディから生まれて出来上がった曲もあるんだろうし、そういうものに関してはまず“これをそのまま歌ってみて”という風になりますから。そうじゃなく、“RYUの作るメロディが好きだから、このコード進行に歌をつけてみてくれないかな”って頼まれることもあって、でも僕が“ごめん、今すぐには思いつかない”と言った時には、“わかった。だったら、俺も考えてみるね”と言う作者がいたりね。そうやって、お互いに上手くキャッチポールをしながら作っていけるのが今のLUNA SEAなんですよ」

――バンドの在り方としては、理想的も理想的ではないですか。

「そうだと思います(微笑)」

――そうしたLUNA SEAの健全ぶりを表すかのように、このアルバムの1曲目には 「Anthem of Light」という、あらたな物語の幕開けを飾るにふさわしい、力強く高らかな響きを持った楽曲が収録されています。RYUICHIさんからすると、これはどのように向き合っていくことになった曲だったのでしょうか。

「まず一回歌ってみた時に、原案を持って来たJの方から“もっと荒々しく歌ったのを聴いてみたい”ということを言われたので、そこからつるっと歌い直したのがこのかたちです。音程的には少しシャープめというか、はみ出しそうなギリギリのところを狙って歌っているんですけど、Jにはそれをすごく気に入ってもらえたので良かったです」

――内容としては、極めてポジティヴな気持ちと言葉が詰まった曲ですよね。そうした曲からまたあらたなLUNA SEAが始まったということが、聴き手としてはなんとも喜ばしい限りです。

「あのね、根本的なことを言うと、5人はもう充たされているんですよ。それは金銭的にというような意味ではなくて、ファンのみんなが10年も空白のあったバンドを今もずっと支え続けてくれているという、この状況に対して。ファンの人たちがライヴに来てくれて、CDを聴いたよとか、あの曲のイントロでいきなり熱くなったよとか、そんな風に言ってくれている今の状態というのは、僕らからすると自分たちの帝国が築けているも同然なわけじゃないですか。“おまえら、よくぞ俺たちのことを待っていてくれたな!”って心底思うんです」

――さすがはSLAVEですよね。

「うん。それと、もうひとつ。僕らとしては子供の頃に“ヴィジュアル系”というかたちで十把一絡げにされたことが凄く嫌だったんですけど、今となってはGSブーム以降に日本でヴィジュアル系という、ひとつのシーンの一角を担って来たんだなという自負もあるんです。精神的には、とにかく外に向かって大きく開いているんだよね。だけど、そういう明るい光の中だけでアルバムを1枚作ってしまうと行き場が無くなりそうで怖かったところもあるんです。杞憂かもしれないけど」

――当然杞憂でしょう、それは。

「でも、僕が今回のアルバムを通してトータルで意識していたのは、そういう明るい光とは逆の方向のものだったんですよ。自分の持っている哲学や、自分の信じている神というのかな。それは具体的な宗教という意味ではなくて、自分の心の中にどんな神様がいるのか、みたいな、そういうことを表現したいなと考えていたんです。なぜかといえば、そういうものって自分が辛くなった時にそこを拠り所にしているからなんですよ」

――そうした拠り所は、内容こそ人それぞれでも誰しもに必要なものだと思います。

「そうそう。仮にどこかで立ち止まりそうになるようなことがあったとしても、“自分の哲学をもって俺はこの道を選んだ以上、この人生に悔いは無い”という信念がそこにあれば、それを信じて先に進んで行くことが出来ますから。そこの芯の部分が無くなってしまうと、やっぱりバンドの作品としても絶対に良くないと思うんです。しかも、僕としてはこれからも(LUNA SEAを)続けていきたいなという意識はすごく強いので、今あまりにも開き切った作品を作ってしまうと、そこでなんか枯渇しちゃうんじゃないか?という懸念があったんですよ」

――今作にそんな背景があったとは…。

「その昔にインディーズで『LUNA SEA』というアルバムを出した時には、訳もなく自分の信じる観念的なことや、イデオロギー的なことをよく詞にしていましたからね。ある意味、世の中に対してほんとに斜に見たままを勢い良く稚拙に歌う、ということをやっていたと思うんですけど、あの時代になぜそれを自分は信じていて、なぜそこを基盤にしてLUNA SEAを始めたのかっていうことを、この13年5ヶ月ぶりのアルバムではちゃんと示すべきだと思ったんです」

――その言葉をうかがってからこの作品を聴き込んでいくと、さらに見えてくるものがありそうです。

「だからね、そういう気持ちがあった分「Anthem of Light」の詞はすごく楽に書けました。言い方としては、書かせてもらえたという方が正しいかもしれないくらいに。逆に、他の曲はさんざん自分の心を掘って掘って書いてますけどね。人からしたら、“そこまで難しく考えなくてもいいじゃない”という考えもきっとあるんだろうけど、そこの姿勢を崩してしまったらLUNA SEAのリスタートとしての1枚目に見合うものは、仕上がらないだろうなと思っていたんです」

――もしや、そうした懸念の部分がひとつの曲として凝縮されているのが「absorb」だったりするのでしょうか。

「それはあったでしょうね。というか、「Grace」と「Anthem of Light」以外のほとんどの曲の中に自分や自分たちの内にある心の葛藤だとか、心の襞の奥にある陰みたいなものを、出来るだけ投影していくようにしながら書いているので」

――先ほどの「僕としてはこれからも(LUNA SEAを)続けて行きたい」というRYUICHIさんの言葉が頼もしかった一方で、「absorb」での〈来るはずも無い 未来のその果ての〉といった歌詞からは、まさに裏腹なものを感じます。

「なんかほら、映画でもなんでもそうだけど、たとえばスピルバーグの大作とかだってシリーズにはいつか終わりが来るわけでしょ? それが精神的なものなのか、フィジカルな面での限界なのかはケース・バイ・ケースであるにせよ、LUNA SEAにとってはあの終幕がひとつの大きな節目だったわけです。同じことをやり続けることに嫌気がささなければ、いつも新鮮な気持ちでステージに臨めるんでしょうけどね。ロックバンドで在り続けるためには、どうしても衝動が大切なんですよ」

――そこはもう、理屈を超越した大原則ですよね。

「ロックは衝動が無ければ生まれないし、僕らなんかはその衝動をバネにのし上がっていこうという連中だから、馴れ合いの空気が生まれちゃうと、そのうち“何のためにやっているんだろう?”となってきてしまう。そこでもし、“お金のためだよね”ってなるんだったら、別に何年かに一度集まって同窓会的に東京ドームでもどこでもライヴを何回かだけポンポンとやればいいわけです。なんなら、その方が毎回新鮮な気持ちで“久し振りだね、純粋に楽しもうよ!”ってなれるかもしれない」

――国内外に関わらずわりとありがちな話ですし、それはそれで一理ありますよね。

「ところが、僕たちが第2期の船出をするというのはそういう話とは全く違うんですよ。大海には、何が待っているかわからない。時には嵐に遭うことだってあるだろうし、途中で何も食べ物が無くなってしまう時も来るだろうけど、そういういろんな苦難やリスクを乗り越えて行こうとする時に、自分たちにとってのバイブルとは何なのか、シンボルとは何なのかということを見つめていく必要があったんです」

――ロックバンドとしての矜持のありかを、あらためてはっきりさせておくべきタイミングだったということですね。

「もっと言うと、近年になって若くしてLUNA SEAのことを好きになった人たち、というのかな。ライヴを観たこともなかったけれど、あるバンドがリスペクトしているし、聴きに行ったら本当に良かったと感じてくれているような第3次世代というのも、生まれて来ていますからね。彼らの存在を意識して、歌っていったところもあるんですよ。もともとLUNA SEAを聴いてくれていた第2次世代は、既にアーティストになっていますしね」

――the GazettEやナイトメアなどが、その代表格と言えるでしょうか。

「その点、第3次世代の子たちというのは、まだまだ世の中に対しての不安を抱えている人も多いんですよ。辛い時にうずくまることしか出来なかったり、そういう場に留まっていればいいやとなってしまう人たちもいる。そんな彼らに対して、僕がこういう歌詞を伝えることによって、光の中にいる人間にも影があり、その影によって支えられていることもあるんだ、っていうことを感じて欲しかったという思いも僕としてはあるんです」

――アルバムの8曲目に位置する「Metamorphosis」の歌詞は、どうやら今の話を色濃く象徴するような内容になっているようですね。

「曲のタイトルは変態という意味なんですが、おたまじゃくしが蛙になったり、芋虫が蝶になったりとか、状況に合わせて進化していったり、姿を変えていくことはとても重要ですからね。自分たちが次に生きていくための場所へと旅立って行く瞬間を、ここでは描きました。前に何気なく観ていたテレビ番組で知ったんですけど、おたまじゃくしって池の水が干上がりそうになると、“だったら、そろそろ地上に上がって蛙になるか”って自分でその時期を決めたりするらしいんですよ」

――生後何週で足が生えるとか、あらかじめ決まっているものではないのですか?

「大体の時期はあるでしょうけどね。でも、状況によって細かいタイミングは自分で判断するみたいです。それを思うと、僕らがキッズだった頃から“俺はいつかステージに上がるんだ”って思いながら変態を繰り返して来た事実は、そういう自然界の摂理とも妙に似ている気がしてね」

――そこに意思が介在しているという意味では、そうかもしれません。

「だけど、さっき話に出た第3次世代の若い人たちの中には、本当は夢があるのに“これは大それた夢だから”とダイヴしない人が沢山いるでしょ」

――上手くリスクヘッジが出来る器用な世代とも言えそうですが、大それた夢を見る醍醐味や、楽しさを知らないのはちょっと寂しいなとは思いますね。

「僕としては、そういう人たちにとって何かのきっかけになればいいなと思って、この「Metamorphosis」は書きました。と同時に、これもLUNA SEAの今後に向けて書いたところがありましたよ」

――大胆かつ斬新な変態を繰り返して来たバンドですものね、LUNA SEAは。

「伝統っていうのは、歴史を重ねていくだけでは守れないものだと思うんです。どっかで革新というのか、壊していく場面も無いと、本当の意味での伝統にはなっていかないんじゃないですかね。もし僕たちがこの先また10年20年やっていけるとしたら、今度はLUNA SEAがひとつのロック・クラシックとして人からオマージュを受けたり、今以上に下の世代に影響を及ぼす時代が来るようになるのかもしれない、とも思うし。そのためにも、このままひとつのところに留まっている必要性は無いかなと思ったんです」

――いずれにしても、REBOOTからのオリジナルアルバム第1弾で、既にその進化がなされているところが圧巻です。

「そうですか。してますかね、変態を」

――していますとも。流れる血の色自体は以前と何ら変わらずですが、バンドとしての骨格や肉の付き方などは随分と変化しているのではないでしょうか。

「だったら良かったです。もし13年5ヶ月前にリワインドしたとしても、その時の自分が今の自分と同じ能力を持っていたとは思わないし、実際に今の方が歌にも余裕があるんですよ」

――ということは、歌録りも全体的にスムーズだったのでしようか。

「完成度の高さを求めて緻密にやりたいという気持ちをもちながら、その反面でライヴ感のある歌を録りたかったので、テイク的には各曲2テイクくらいで、わりと速かったですよ。ダメなら次の日なり、1週間後とかにまた仕切り直したりしてね。これがライヴで目の前にひとりでも、3人でも、5人でも、人数に関わらずファンの人がいたとすれば、アーティストというのは常に自分がその時にやれる最高のパフォーマンスを出来ると思うんです。ただし、これがレコーディングで4本歌おう、5本歌おうということになって来ると“後で良いところだけ繋げばいいや”っていうことになりがちなんですよね。今思うと一番最初の『LUNA SEA』を録った時は、時間が無くて一気に2日で全曲を録るとかそんな感じだったけど(苦笑) 」

――当時は、まだ便利なプロトゥールスも無かったですしね。

「あの時は、もう完全にレコーディングでもライヴと一緒でしたね」

――良い意味でのライヴ感は、今作の中で言うと特に「Rouge」から感じることが出来ました。この過剰なくらいに尖った音や歌もまた、LUNA SEAの明らかなる武器であると再確認しましたよ。

「これもまた、自分たちの中にある感覚のひとつなんでしょうね。だから、今ってヘンに無理をしてやっていることは何ひとつ無いんですよ。自分にそれがちょっとでも似合わないなと思えば、レコーディング中でも各メンバーはそのまま作業が進行することを避けようとするし、お互いがお互いを尊重しながら、それぞれ自由にやりあっていられるんです」

――それから、少し話は前後しますが「MARIA」という曲の詞についてもうかがいたいです。途中に〈宇宙の意志に〉と出て来るくだりがありますけれど、これは先ほどの「自分の持っている哲学や、自分の信じている神についても表現したかった」という旨の発言とオーバーラップする内容に思えますが。

「まさにそこは、自分にとっての神様みたいなものについて書いた詞ですよ」

――その昔、アルバム『STYLE』にまつわるインタヴューをさせて頂いた際にも、RYUICHIさんは“宇宙”をキーワードとして使われていました。宇宙という言葉に、RYUICHIさんが託しているものとは?

「身近なところで言えば、コップの中に何かの液体があったとして、それをひとつの宇宙となぞらえるなら、人間というのはその中に入っている目に見えない塵みたいな微成分なんだろう、と僕は常々思っているんですよ。だけれども、また別の考え方をするならばそんな人間という生物の中にも、小宇宙があるっていう表現を聞いたことが無いですか?」

――ああ、あります。

「そう考えると、宇宙っていうのは無限の箱なのかもね。ずーっと際限なく新しい箱を開け続けていっているだけで、なかなか終わりが見えない」

――それが“宇宙の意志”という?

「僕は別に何かに忠実に従おうと思っているわけではないけれど、もしかすると今こうなっているのは宇宙の意思なんだと、そういう言葉で諦めがつくことがあるのなら、そういう時は人間としてそういう言葉を使うべき場面があるのかもね。だって、自分が地球上で横に5センチ動いたところで、月からみればほとんど動いていないように見えるわけでしょう?」

――残念ながら、そうなるのでしょうね。

「努力や試行錯誤によって変わる未来もあるのは確かだけど、人間の力ではどうしようもないことというのも絶対にある、っていうことは昔からことあるごとに感じているんですよ」

――それを人は、時に運命と呼ぶのかもしれません。なお、そうした世界観は今作中の「The End of the Dream」の詞の内容ともリンクしていませんか。

「『A WILL』というアルバムのタイトルも、意味合いとしては遺言という意味がありますしね。要するに、終幕を迎えるに至った経緯を思い返すと皆さんもいろいろなことは考えると思うんですよ。“終幕とは、結局何だったのか”とか」

――結果論からいけば、今という時を迎えるために用意されていたある種の通過点だった、ということになりそうですけれどね。

「僕は思うんですよ。さっきも言ったみたいに、バンドをやっていく上では“今こいつらと音を出したい!”っていう衝動や気持ちが何より大事だけど、その期間が長くなっていけば長くなっていくほど気持ちはどうしても緊張感を失っていくし、馴れ合いやぬるくなってしまうところも出て来る。もしかしたら、いがみあうことだって出て来るかもしれない。つまり、お互いを大切にしあえなくなって前に進むことも出来なくなってしまう。そうなるまでには、驕りだって出て来ているでしょうしね」

――慣れ過ぎるというのは、往々にして哀しい結果を生み出してしまいそうです。

「人間の暮らしっていうのは、常にそこと背中合わせなんだと思いますよ。そういう意味で、僕らはこの作品が最期になっても構わない、と思えるような作品をアーティストとして創り続けていかなきゃならないんです。ライヴにしたって、もしかしたら明日には何かの理由で声が突然出なくなってしまうことだってあるかもしれない、自分も含めてメンバーの誰かが何かで命を落としてしまうことだって、絶対に無いとは言い切れないでしょう。だとしたら、このライヴが最期かもしれない、この歌が最期かもしれないって、そういう覚悟を我々は持つべきなんですよ。しかも、それだけの覚悟を持って生きていけば人間として強くないはずがない」

――『A WILL』から始まるLUNA SEAの未来は、良い意味で予測不能ですね。

「そうだね。今はだから、あまり先のことを細かく考えるというよりも、目の前の一歩一歩を確実に踏みしめながら、その感覚を自分の足で感じながら歩いて行きたい。そうすれば、その歩みがきっと未来に繋がっていくんじゃないかな」


(インタヴュー・構成=杉江由紀)
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