2016年8月7日(日)の8:30〜12:30に愛媛大学ミューズで,科学イノベーション挑戦講座第5回「遺伝子について考えよう」を実施しました。本プログラムの生徒・児童15名が遺伝子の不思議に挑戦しました。生命とは何なのでしょうか。これは哲学においても科学においても,ながく議論されてきた問題です。今回の講座では,生命について分子生物学の分野から考えました。本実施は,本学プロテオサイエンスセンターの林秀則教授に行っていただきました。
1 無細胞タンパク質合成に挑戦しよう
生命について考えるときに,もっとも重要なのは先祖から子孫へ,親から子へと伝わる形質です。たとえば,人間からイヌは生まれませんし,イヌから人間が生まれることもありません。では,人間とイヌは「なに」がちがうのでしょうか。一方で,地球上に存在する生物は,すべて1個の生物から始まったとも言われています。では,人間とイヌは「なに」がおなじなのでしょうか。
人間とイヌはちがうが,人間とイヌはおなじだ。ふたつの話は矛盾しているように見えます。この話はほんとうに矛盾しているのでしょうか。それとも「なに」か見落としているのでしょうか。
そこで,科学者は生命の源について考えるようになりました。すべての生物が,おなじ生物からはじまったのだとすれば,いま,私たちのまわりにいて,かんたんな構造をもつ生物を調べれば,生命の源がどこにあるのかわかるのではないでしょうか。たとえば,大腸菌と人間をくらべてみましょう。大腸菌は単細胞生物で,細胞ひとつが生命そのものです。一方で,人間は60兆個もの細胞からできています。このふたつは大きくちがいますが,おなじ生命から枝分かれした生物のひとつです。すべての生物に共通していて,先祖から子孫へと受け渡されるものが遺伝子なのです。遺伝子にはいろいろな役割がありますが,そのもっとも重要な役割は設計図としての役割です。
設計図としての役割について考えてみましょう。私たちは生きていくために生物を食べなければなりません。この食品のうち,私たちの体をつくるのに利用されているのが,タンパク質です。たとえば,私たちが魚を食べたとします。魚のタンパク質は,魚の遺伝子によって設計されていますので,私たちの体にそのままつかうことはできません。そこで,私たちは食品を消化して,タンパク質をアミノ酸に分解します。そして,私たちの体でつかえるように設計図にしたがってタンパク質を作り直すのです(図1)。
図1 タンパク質を消化してタンパク質を作り直す
この設計図が遺伝子なのです。科学者はひらめきました。
『この方法をうまくつかうことができれば,私たちに必要なものを,自動的につくりだすことができるのではないだろうか』。
第1回では香料の分子を合成しました。かんたんな構造の分子でも作りだすのには,実験操作の練習などが必要です。これがもっと複雑な分子だったら,1回の実験ではつくりだすことができないので,何回にもわけて少しずつ作り上げていかなければなりません。たとえば,薬をつくるときには,10回以上に実験を分けて,少しずつ分子をつくることはよくあります。こうした実験では,最初の実験で行った操作のせいで,最後の10回目でうまく行かずに最初からやり直しということも,よくあります。
設計図を与えれば自動的につくってくれるのであれば,どんな複雑な分子でも大丈夫です。愛媛大学のプロテオサイエンスセンターでは,この設計図を利用した分子の合成方法について研究してきました。その成果のひとつが,無細胞タンパク質合成システムとよばれているものです(図2)。
図2 無細胞タンパク質合成システム
今回の講座では,この無細胞タンパク質合成システムをつかって,下村脩先生が2008年にノーベル化学賞を受賞された「緑色蛍光タンパク質」を,小中学生がつくりました。緑色蛍光タンパク質は,アミノ酸が約220個つながったタンパク質です。ただしい順番にアミノ酸をつなげないと,蛍光発光はできません。これを化学的につなげようとしたら,大変な苦労がありますが,無細胞タンパク質合成システムを利用することで,2時間待つだけで,自動的に蛍光タンパク質がつくられるのです(図3)。
図3 緑色蛍光タンパク質の構造(帯のように見えるのがアミノ酸のつながったタンパク質)
無細胞タンパク質合成を行おう
愛媛大学で開発された無細胞タンパク質合成システムは,すでに高等学校の生物の教科書にものっていて,かんたんに実施することが可能です。アミノ酸の原料と設計図,つくるための栄養を,ぞれぞれ混ぜ合わせることで,自動的に蛍光タンパク質がつくられていきます。ただし,操作にちょっとしたコツがありますので,その点に注意しながら,受講生は無細胞タンパク質合成に挑戦しました(図4)。
図4 順番どおりに試薬を入れていきます。
図5 下のにごっている部分と,上の透明な部分のふたつにわかれています
大事なのは,図5のにごっている部分と透明な部分が混ざらないように,慎重に試薬を加えるところです。ここが混ざってしまうと,アミノ酸をつなげる速度が遅くなってしまいます。2時間後には,緑色蛍光タンパク質(クラゲ)と赤色蛍光タンパク質(サンゴ)ができあがりました(図6)。
図6 2本もっているうち,左側が蛍光タンパク質,右側は蛍光タンパク質が入っていない(左)緑色蛍光タンパク質,(右)赤色蛍光タンパク質
2 遺伝子について調べよう
図6では,オワンクラゲから取り出された緑色蛍光タンパク質とサンゴから取り出された赤色蛍光タンパク質が示されています。では,このふたつを色以外の方法で区別することはできないでしょうか。たとえば,私たちの体にあるタンパク質はブラックライトを当てても光りませんし,多くの生物のタンパク質もおなじです。そこで,目に見えない分子の形を調べる方法が必要です。分子生物学の分野では,タンパク質を,その性質でわかる方法として電気泳動という方法をつかいます。
電気泳動は,タンパク質を寒天上にのせて,電気を流すことで,分子がプラスになっている分子と分子がマイナスになっている分子を,その性質でわける方法です。電圧と電流,そして流す時間で,どの分子がどれだけ移動するかが,わかっていますので,移動した距離から分子の種類を決定することができます。
受講生は,緑色蛍光タンパク質,赤色蛍光タンパク質,そしてくらべるための蛍光タンパク質が入っていないものを寒天上にのせて,電気を流して分子を移動させました(図7)。
図7 寒天上に分子をのせる。色がついているのは電気泳動がうまく行っているかどうかを確認するための色素で,タンパク質とは関係ありません。
20分後に得られた結果を図8に示します。一番左側のたくさんある線は,移動距離を調べるためのマーカーです。上の線だけしか見えないものが蛍光タンパク質がないものです。下側に線が見えるものは5つありますね。さて,これらは緑色蛍光タンパク質と赤色蛍光タンパク質のどちらかです。5本の線をふたつの種類にわけることができるでしょうか。これを一瞬で見わける力が,分子生物学者としてプロかそうでないかの分かれ目かもしれませんね。
図8 電気泳動の結果
3 生命はアミノ酸を設計図どおりにならべてさまざまなものをつくりだす
いま話題のiPS細胞は,無細胞タンパク質合成システムとおなじように,あとから設計図を入れることで,私たちに必要なものをつくりだそうとする技術です。多くの治療への応用が期待されていて,現在活発な研究が続いています。今回は,その基礎となる知識や技術について学びました。分子生物学は,現在急速に発達している分野のひとつです。今回の受講生のなかから将来有望な分子生物学者が出てくることが期待されます。
4 水ロケット打ち上げ試験はお休みです
今後,受講生が協力して進めていく共同研究のための打ち合わせをしましたので,今回はロケットの打ち上げはお休みです。