2016年8月19日(金)に,大分県ホルトホール大分で開催された日本科学教育学会ジュニアセッションに,本プログラムの生徒2名が参加し,ポスター発表が中学生部門で最優秀賞を受賞しましたので,発表について紹介します。ホルトホール大分は,とても大きく,きれいで,図書館やスポーツ施設などの機能が集約された建物でした。駅前も整備されていて,とてもうらやましい環境でしたね。
ポスター発表 デンプンの加水分解反応を利用したおいしい甘酒と水あめづくり
1. 研究の動機
デンプンの加水分解反応は,小学校や中学校で,だ液をつかっておこないます。しかし,デンプンを加水分解するのは,だ液だけではありません。デンプンを加水分解は,食品をつくる方法としてもつかわれており,日本では,味噌,しょう油,清酒などがデンプンの加水分解でつくられています。これらの食品をつくりだすときにつかうのは,麹菌とよばれる菌です。麹菌は,だ液とおなじようにデンプンを加水分解する消化酵素,アミラーゼをもっています。そこで,私たちはデンプンの加水分解と,その産業的な利用について研究するため,麹菌から取り出したアミラーゼなどの消化酵素をつかって,おいしい甘酒と水あめづくりの研究を行うことを計画しました。
2. 研究の目的
この研究の目的は,デンプンの加水分解のしくみを調べること,そして,それを利用しておいしい甘酒と水あめをつくることです。おいしい甘酒と水あめについては,ゆくゆくは愛媛県の新しい特産品として売り出すことが最終的な目標です。
3. 研究の方法
【消化酵素】デンプンを加水分解するための消化酵素を手に入れる方法はいくつかあります。
(1)試薬としての消化酵素
(2)医薬品としての消化酵素
(3)食品添加物としての消化酵素
今回の研究では,「食べる」ことが目的のひとつです。また,自宅で実験するときに薬品を用いることは危険です。そこで,「食品」として利用できる食品添加物(3)の消化酵素をつかいました。今回つかった新日本化学工業株式会社(愛知県)の消化酵素アミラーゼ(商品名:スミチームL),マルターゼ(商品名:スミチーム,麦芽糖をブドウ糖に分解)消化酵素は,水あめなどの製造に利用されています。
【デンプン】私たちがデンプンとよんでいるブドウ糖分子がたくさんつながった化合物には,アミラーゼとマルターゼの2種類があります。この2種類はおなじブドウ糖からできていますが,性質がちがいます。そこで,8種類のデンプンをつかって,加水分解のちがいと,おいしさのちがいを調べました。
表1 植物におけるアミロースとアミロペクチンの含有量
植物 |
アミロース |
アミロペクチン |
片栗粉 |
23% |
77% |
タピオカ |
17% |
83% |
うるち米 |
17% |
83% |
もち米 |
0% |
100% |
葛粉 |
23% |
76% |
小豆 |
22% |
78% |
はだか麦 |
17% |
83% |
サツマイモ |
18% |
82% |
※日本食品食物繊維成分表・五訂日本食品標準成分表より
【加水分解】甘酒と水あめは,デンプンを加水分解する点はおなじですが,その方法が若干ちがいます。実験として共通しているのはデンプンを糊化させることです。
(A)デンプンの糊化
生のお米は腐りません。そのため,カビの一種である麹菌と麹菌から取り出したアミラーゼもデンプンが生のままでは加水分解できません。そこで,消化酵素が加水分解できるようにデンプンを処理する必要があります。具体的には,水を使ってアミロースやアミロペクチンをほぐします。たとえば,うるち米では,炊飯器で水をやや多めに炊くことで,糊化が起こります。もち米やタピオカ,葛粉ではほぼ同量の水を加えて加熱して糊化させました。
(B)甘酒のつくりかた
(1) 反応容器(炊飯器)に,糊化したデンプン,水,消化酵素を加えて,温度が50〜60℃になるように保った。
(2) 一定時間ごとに,ヨウ素デンプン反応と糖度計で,デンプンの残存と糖の生成を測定した。
(3) 360分後に反応を終了した。
(C)水あめのつくりかた
(1) 10%水溶液を40℃に加熱して,酵素を加えた。
(2) 一定時間ごとにヨウ素デンプン反応を行い,デンプンの残存を測定した。
(3) 60分後に反応を終了した。
(4) 水溶液を加熱して,質量が85%以下になる,もしくは水溶液のねばり気が強くなったら加熱した終了した。
【おいしさの評価】なにを「おいしい」と感じるかは,ひとによってちがいます。しかし,個人の好みのちがいを述べていていても「おいしさ」は評価できません。そこで,「おいしさ」を評価する科学的方法として,統計的評価をつかいます。この方法は,官能評価とよばれています。本研究では,甘酒と水あめを,ちょうど良い甘さ,おいしそうな色,ちょうど良いねばり気,口どけがまろやか,透明感がある,後味が良い,味の好みの7つの項目で評価しました。
4. 研究の結果
【甘酒】甘酒の原料としては,うるち米が一般的です。そこで,まずうるち米をもちいて,消化酵素の能力を評価しました。1%アミラーゼ,1%マルターゼ,1%アミラーゼ・マルターゼ(それぞれを等量)を加えて,うるち米を加水分解した結果を図1(a)に示します。
(a)
(b)
図1 デンプンの加水分解反応による糖度変化,(a)うるち米,(b)もち米
消化酵素は,麦芽糖をブドウ糖に分解するマルターゼ,デンプンを麦芽糖に加水分解するアミラーゼ,それぞれを加えたものの順に糖度の上昇が速くなりました。ヨウ素デンプン反応のデンプンの定性分析もおなじ傾向を示しました。そこで,次にもち粉を用いて1%アミラーゼ・マルターゼと160%麹菌で加水分解を検討しました(図1(b))。その結果,どちらも糖度は殆ど変化しない結果が得られました。アミロペクチンはヨウ素デンプン反応がうすく,もち粉はアミロペクチン100%であるため,ヨウ素デンプン反応からのデンプンの残存は検出がむずかしいことがわかりました。
【水あめ】水あめの原料としては,片栗粉がもっともよく使われています。そこで,片栗粉を使って同様にデンプンの加水分解を行いました。その結果,水あめでは,糖度が変化せず,糖度測定から反応が進んでいるかどうかを測定できないことがわかりました。そこで,ヨウ素デンプン反応で,デンプンの残存量を調べました(表2)。
表2 デンプンの加水分解によるヨウ素デンプン反応の呈色
片栗粉 |
10分 |
20分 |
30分 |
40分 |
50分 |
60分 |
0.5%アミラーゼ |
青紫色 |
青紫色 |
青紫色 |
呈色せず |
|
|
0.5%マルターゼ |
青紫色 |
青紫色 |
青紫色 |
赤紫色 |
赤紫色 |
呈色せず |
1%アミラーゼ・マルターゼ |
青紫路 |
呈色せず |
|
|
|
|
デンプンの加水分解の速度は,甘酒とおなじでした。また,サツマイモ,カボチャ,小豆,はだか麦でも傾向は同じでした。
【おいしさの評価】できた甘酒と水あめについて,官能評価を行った。各評価は5〜17人とバラつきがあるが,7つの項目(ちょうど良い甘さ(1),おいしそうな色(2),ちょうど良いねばり気(3),口どけがまろやか(4),透明感がある(5),後味が良い(6),味の好み(7))を5段階評価してもらい,その点数の平均値をおいしさの指標として,グラフを作図しました。
(a)
(b)
図2 官能評価の結果,(a)甘酒,(b)水あめ
葛粉の甘酒の評価などから,甘酒は,そのまま飲むと匂いや味の好みが強く出て,高い評価を得にくいことがわかりました。そこで,甘酒の風味を残しながら,おいしく食べられるように,イチゴ風味およびみかん風味のゼリーにしました。これらのゼリーの評価がもっとも高い結果が得られました。
5. 考察
デンプンの加水分解では,消化酵素の種類によってデンプンの加水分解の速度がちがっていました。また,本来であればデンプンを加水分解しないはずのマルターゼでもデンプンは加水分解されていました。食品添加物としてのマルターゼには,若干のアミラーゼが混ざっているためであると考えています。また,アミラーゼとマルターゼを混ぜたとき,反応はもっとも速く進んだ。この結果について,ルシャトリエの原理で説明できないかどうかを検討したいと考えています。甘酒と水あめでは,水あめは反応温度が20℃低いのに,反応速度が6倍以上に加速されました。この結果は,デンプンを糊化させたため,反応溶液中のデンプンの濃度が高くなったためだと考えています。目的としていたおいしい甘酒と水あめをつくることに成功しました。食品をつくるときは,食べやすさを考えて,風味を調整することが大事だと考えます。
文献
1) 戸谷義明,「実験室で可能な「水あめづくり」実験法の検討と開発」,Bulletin of Aichi Univ. of Education, No64, 21-29, 2015
2) 新しい科学第2 学年「動物の体のつくりとはたらき」,東京書籍
中学生部門で最優秀賞を受賞することができました
以上の発表が,中学生部門で最優秀賞を受賞することができました。中学生のがんばりと科学者としての才能が高く評価されたものと思います。かれらの今後の活躍が期待されます(図7)。
図7 日本科学教育学会学会長と受賞中学生代表
発表の様子を以下にご紹介します。
図8 発表する中学生2名
図9 高校生の発表に質問する小学生