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アゴラちゃんねる、第031号をお届けします。
コンテンツ
・ゲゲーム産業の興亡(41)
【特別篇】「プレイステーション4」をどう見るか
・「資産1兆円を持った男の見た世界=バブル紳士佐佐木吉之助の思い出3」
経済ジャーナリスト 石井孝明
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特別寄稿:
新 清士
ゲーム・ジャーナリスト
ゲーム産業の興亡(41)
【特別篇】「プレイステーション4」をどう見るか
2月20日にニューヨークで、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がプレスカンファレンスを開催し、「プレイステーション4(PS4)」を発表しました。06年に発売になった、PS3の後継機種に当たる新型の家庭用ゲーム(コンソール)機で、今年の年末発売が行われます。
筆者も現地で、取材に当たり、SCEのアンドリュー・ハウス社長へのインタビューの機会も得ることができました。それらのことから、今週はPS4をどのように評価するべきかを分析します。
ポイントは3点です。
(1)多くの曖昧な要素からアメリカのマスメディアの評価は厳しめ
(2)ビジネスモデルは既存のコンソールのレガシーモデルが基本となる
(3)目玉のストリーミグゲーミング技術の開発は初期段階
(1)多くの曖昧な要素からアメリカのマスメディアの評価は厳しめ
今回のSCEの発表は、過去に前例のないニューヨークで行われ、また、時期的にも6月の米ラスベガスで開催されるゲーム展示会E3よりも、かなり早い時期に発表されるということもあり、世界的にメディアから高い注目を受けるものでした。
もちろん、世界的に情報発信能力の高いニューヨークを選んだとも言えますし、近く発表が行われると見られているマイクロソフトの機先を制したいという意図があったものと思われます。また、E3の発表では、任天堂などの発表も合わせて行われるため、ニュースとして埋没してしまう傾向があるため、それを避けたかった側面もあると思われます。
実際に、日本のテレビ局なども含め、全世界に終日「PS4」の話題に集中させるという点では大きな成功を収めました。ただし、その結果は手放しで喜べる内容ではありません。何かより具体的な新しさを提案してくると予期していたのが、完全に当てが外れたためです。
内容としては、2時間のカンファレンスは、E3で行われるものとほとんど違いはありませんでした。冒頭で、ハードウェアの概略と戦略を説明し、画面の迫力と、コンピューティングの計算能力を前面に押し出した新作タイトルを発表するという内容です。
途中、スマートフォンとの連携なども発表され、携帯型ゲーム機のプレイステーションVITA(PS VITA)とのより深い連携や、スマートフォンをWii Uのようなセカンドモニターと使える提案もしてきました。
また、PS4では、Windows8に似た新しいユーザーインターフェイス(UI)を搭載することも発表になりました。ハウス社長への私のインタビューでは、このUIはソニーの他の製品にも広げていくといったニュアンスのことが話されましたが、具体的な時期といったものは明らかにされておらず、今後の発表を待つよりないようです。
この内容に対して、TIMEやNew York Timesといったマスメディアは、批判的なニュアンスの高い記事を掲載しました。今回の発表の弱点は、それぞれの実施される機能を搭載する時期の具体性が弱いと言えます。
SCEは将来に搭載される機能を発表して、事前の期待を煽るというスタイルの発表することが多いのですが、発売は年末で、新しく搭載される機能の多くは2014年以降になりそうなため、インパクトが弱かったと言われても仕方がない面があります。また、この発売までの1年あまりの猶予期間は、他社が追いつくための体制を整える時間的な余裕を与えてしまうことになります。
(2)ビジネスモデルは既存のコンソールのレガシーモデルが基本となる
アンドリュー・ハウス社長は、F2P(基本無料型アイテム課金モデル)の採用もあるという発言をしていますが、その具体的なビジネスプランについては、明確ではありませんでした。また、関連する内容についてのデモンストレーションはありませんでした。
今、コンソールビジネスを世界的に厳しい状況に追い込んでいるのは、1ドルでゲームが遊べるスマホや、F2Pを基本とするソーシャルゲームですが、私のインタビューの中でも、「例えばジンガとの提携といったものはありうるのか」という質問に対して、「そういうゲームとは違うだろう」との発言がありました。コンソール機として提供できるリッチな体験を追求していくというモデルでいくものと考えられます。
しかし、これは危険な道でもあります。PS4は、パソコンの基本構造に似た作りになっています。これは、独自技術を多数組み込んだために、開発が難しかったPS3に比べ格段に開発が楽になっていることを意味します。ただし、これはゲーム開発を楽にはしますが、収益性という面では同じではありません。
パソコンに近いハード設計ということは、他社ハードとの差別化が難しいことも意味するためです。PS3時代にも普及には時間がかかり、各ソフトウェア会社がそれなりに利益を生み出せるようになったのは、この3年あまりです。
ライターの西川善司氏は、純粋に計算すると、PS4の演算能力は、PS3に比べて8倍になると見ていました。PS4の表現能力は高まったものの、それを十分に実現するためには、開発費が上昇することを意味しており、また、その分、ゲームの開発期間が延びることも意味しています。PS3と互換性はないため、PS4のハードウェアの初期にソフトウェアが十分に揃うとは考えにくく、特に初期の立ち上がりには、ソフト不足が起きるものと考えられます。
事実、昨年末に発売になった、Wii Uの販売も失速しています。1月30日に任天堂は通期の販売台数を550万台から、400万台へと大幅に引き下げました。ソフト不足を原因としていますが、コンソール機の普及が以前よりも、かなり難しくなったことを示しています。
そのため、今回の発表で期待されていたのは、ゲーム機を越えた、ソニーグループとしての新しいビジネスモデルの設計能力といったサプライズですが、そうしたことは見ることができなかった点が非常に残念な点です。
(3)目玉のストリーミグゲーミング技術の開発は初期段階
PS4の注目点は、昨年7月にSCEが3億8000万ドルで、買収したGaikaiの技術をどのように盛り込んでくるのか、という点でした。この技術は、ゲームの動きをすべてサーバ側で計算し、ゲーム機を通してストリーミングで映像のみを配信するという、最終的にはゲーム機というハードを不要にする画期的な技術です。SCEは、「将来的」には、PS3の8000タイトル以上が遊べるとしています。
ただし、ゲームではレイテンシーという反応速度がゲームのユーザー体験に大きな影響を与えます。ボトルネックになるのは2点あります。1点はゲームそのものをサーバ側で計算するスピード。2点目は、ストリーミング映像をブロードバンド回線を通じて配信するスピードです。
当然のことながら、PS4のクライアントハードは、サーバセンターに近ければ近いほどのゲームの応答はよくなります。逆に、距離が遠くなればなるほど、応答速度は遅くなります。そのため、安定したサービスを提供するためには、世界各地にサーバセンターを持つ必要があります。
ブロードバンド回線の速度は、各国によって大きく違っており、日本は世界的に見ても速いですが、アメリカは決して速いとはいえず、欧州は北欧地域を除くと決して速いとは言えません。単純な比較はできませんが、Googleは全世界に数百万台のサーバを抱えており、各地域での検索やYouTubeなど同社のサービスでの遅延を最小限にしようとする努力をしています。そこに何十億ドルもの投資を行ってきています。
発売当初、販売台数の見込みが容易でなく、収益モデルがしっかりと見えていない現状では、SCEはいくら投資をするのかを確定的には決め切れていないものと思われます。ハウス社長も「ユーザーにどのような形で提供すると最もよいのかを検討しているところ」と、開発が初期段階であることを認めていました。
サービスインの時期は、2014年以降に大きく遅れ、スケーラブルに展開する必要性から、各国ごとにサービスが少しずつ広げられると考えてよいものと思われます。そのため、技術の世界的なサービス開始には、かなり時間がかかるものと思われます。
ただ、この技術は、PS4から、PS VITAにストリーミグでゲームを配信できる技術として使われる予定です。そのため、PS4のゲームがすべてPS VITAで使えるというものとして使われそうです。とはいえ、肝心なPS VITAの普及は、世界的に苦戦しており、果たしてこの技術がPS4の売上をどの程度押し上げることになるのかは、現在、不明瞭な点が多いところです。
結論として、PS4の販売は、年末のリリースの初期は普及に苦戦すると思われます。販売価格は400〜500ドルと考えられていますが、今回の発表では、爆発的に普及する要因が見当たりません。今後、生活家電等にも広げていく可能性が考えられますが、現在の所はゲーム機から範囲を広げる「エンターテインメント機」を越える何かが見えませんでした。
今後は、5月の経営方針説明会で、PS4をソニーグループの全体の中で、どのように位置づけて来るのかが、注目点になってきます。
□ご意見、ご質問をお送り下さい。すべてのご質問に答えることはできないかもしれませんが、できる範囲でメルマガの中でお答えしていきたいと思っています。連絡先は、sakugetu@gmail.com です。「新清士オフィシャルブログ」http://blog.livedoor.jp/kiyoshi_shin/ も、ご参照いただければ幸いです。
新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表。日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。連載に、日本経済新聞電子版「ゲーム読解」、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
※経済・環境ジャーナリスト、石井孝明氏による論考を連載します。今回が最終回です。
「資産1兆円を持った男の見た世界=バブル紳士佐佐木吉之助の思い出3」
経済ジャーナリスト 石井孝明
佐佐木はバブルの時代に、また資産を失ったときに何を考えたのか。こんな事を話していた。
■「俺は大きな意志に踊らされていたピエロ」
「何で金持ちになったのか。そして資産を全部なくしたのか。この力がどこから来たのか、自分でもよく分かんないんだ。俺は物欲も権力欲も金銭欲もない。うまい物を食べ、いい女をはべらせ、贅沢三昧することにまったく興味はない。医者だから放蕩を続けたら健康を害することは分かっていた」
「自分の限界を試したいという思いは当時少しあった。今になってこんなに資産を作って、全部なくして、映画のような出来事ばかりを繰り返してすごい人生だなと一人で笑っている」
「何も考えずに行き当たりばったりでやっていた。今になって振り返ると、運命がこんな状況を作り上げたんだと思う。俺は一種の『ピエロ』。何か大きな時代の意志に踊らされていたんだ。不動産なんてやりたくなかったんだ」
「俺をつぶしたものは何かと考えるけど、やはり人間の嫉妬と欲望が大きいんじゃないかな。儲かっている人間をつぶして、金を奪おうという集合意志が働いたのさ。俺は政官財暴のあらゆる勢力から目の敵にされた。成り上がりのディベロッパーに対する反感なんだろうな」
「あのバブルの時代、欲望をありのままに出す人間が多くて、嫌だったけど面白いと思ったことも多かった。俺の周りにすり寄ってきたのは金の亡者ばかりだ。株取引疑惑で98年に自殺した代議士の新井将敬もちょっかいを出してきた。彼の場合はかわいいワル。闇の世界から政治家まで『化け物』だらけだった。そうした奴らは大嫌いだけど、人間らしいと笑いながらみていたよ」
■虚無的な発想と独特の理想が同居した不思議な人物
一連の発言から分かるように、彼は世の中を冷笑する虚無的な面のある人物だった。しかし人間とは不思議なもので、佐佐木氏の中には倫理観や理想も、独特の形で同居していた。
「桃源社の名前は、陶淵明の詩「桃花源記」に出てくる不老不死の理想の地『桃源郷』から取ったのさ。俺、慶應の医学部で成績は良くて、研究者として残れと誘われた。けれど医学界の束縛がいやだった」
「70年ごろ、今あるようなカルテの情報管理とか、海洋の生物や物質の薬や医療への利用を考え、金を稼いでそれに投資をしようとした。医学の役に立ちたかったんだ。不動産は儲けやすかったんで始めたが、それが本業になったんだよ。俺にロマンチックな面があることは、あまり知られていないけどね」
「なんでバブルの責任が俺個人に追及されるか、分かんないね。俺は全額返せなかったけど、返済に最大限の努力をして、それはノンバンクなどの貸し手から評価をいただいている。世間は知らないだろうし、信じないだろうけど、商売での信用を大切にした」
「マスコミは『反省しているか』と聞くが、あんたらには関係ないだろと言い返している。それは個人の内心の問題だ。俺は他人に迷惑をかけないように必死に頑張った。それを認めてくれる人もいる。それでいいじゃないか」
「俺の財産を狙ったあくどい奴の顔が200人ぐらい浮かぶねえ。ただし世の中はうまく出来ているよ。その9割が社会的に10年経つと破滅していた。老子の「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉はその通りだ」
また佐佐木氏には人間くさいところもあった。趣味は作詞。見せていただいたが、私は演歌の歌詞の質は判断できないものの、「昭和の演歌」で素人目でみても明らかに上手ではなかった。
■真のリッチマンとは?─「俺は貧しい人生だった」
私は彼を中心にしたルポルタージュを書こうとしていた。息子さんが30歳で2008年に突然亡くなる悲劇があり、また佐佐木氏が体調を崩してそれは中断してしまった。
彼を中心に時代を描きたいと思ったのは、彼の虚無的な思考が、バブルの時代の根底にあった「時代精神」とつながっていたように思えたためだ。私は71年生まれでバブルの時代は高校生、大学生だった。個人でバブル経済を体験しなかったが、大人たちが浮かれ続けた不思議な時代であったと、今振り返ると思う。
金がただ金を生み続けた時代。そこには思想や倫理がなかった。その重要な演者の佐佐木氏は「社会のため」という言葉を冷笑する虚無的な人物だった。このつながりを私は興味深く感じる。
同時に佐佐木氏は不思議な面を持っていた。冷血漢というわけではなかった。私は違和感、不快感を抱く点があったものの、佐佐木氏の体験や独特の思考を知ることは楽しかった。心が深く通い合ったという感じはなかったが、何度か面会し嫌われてはいなかったと思う。
また佐佐木氏と交流のあった2006年から09年は日本での不動産、株の新興市場のミニバブルが発生、崩壊した時期だった。彼は不動産市況の動きを的確に分析し、その鋭さには「さすが」と思った。その見立てを聞き、経済記者として分析に使った。
最愛の一人息子がなくなる悲劇の後で、2008年に会った時、墓前へ備えてくださいと私が花を渡すと涙ぐんだ。そして次のような言葉を聞いた。
「事業が膨らんでいるときも、うれしいとか、楽しいという感覚はなかったねえ。そもそも生まれてきたのが不幸だと思っている人間だ。心の中にはすべてを醒めてみる『虚無感』が巣食っている。それで息子もいなくなった。人生なんて本当につまらんものさ」
「真のリッチマンというのは、精神的にも、時間的にも、空間的にも、自由な人間であると思う。俺はすべて対極にあった。寝る間もないまま働き続け、どこにも移動できず、精神は仕事に拘束され、つくったビルも全部なくなった。本当に貧しい人生だったと思うよ」
こうした言葉に「そんなに自分を卑下しなくても…」と私が言うと、「そう思うから仕方がない。君も俺の変な人生から人の生きる意味を考えてみてはどうかね」と言われた。私は考えているが答えは出ない。おそらく考え続けても出ないだろうが、佐佐木氏の人生はさまざまな思索の材料を提供するだろう。
佐佐木氏のご冥福を心から祈る。