なにをたべるって? と姪のカヨコから言われたことのはじめの方を聞きそびれてタツコは訊き返す。パンたい、パン。そう声が返ってくると、パンや、わがが(あんた)たべるっていいよると? いまからパンをや? とタツコは言ってダイニングの冷蔵庫が置かれた辺りに、ぼんやりとした輪郭の何やら青いものが動いているように思われたことから、きっとそれがカヨコだろうと目を凝らした。それなのに、ああ? うちはたべんよ、こうてきたパンば冷凍庫にいれるかってきいたったい、とカヨコの声が寝室の方から聞こえてきたものだから、そっちにカヨコはおったとね、パンは、そしたら冷凍庫になわし(片付け)とってよ。それじゃミホか? そこでごそごそしよるとは、と彼女は背をもたせかけていた居間のソファから起き上がり、襖を指先で撫でて、トン、トンと小さく音を立てながらダイニングの方にゆっくりと歩いていきながら言うと、食卓の上に買ってきた食材を並べて、そのひとつずつを冷凍するか冷蔵するか選んでいたカヨコの妹にあたるミホは問いかけには答えずに、ねえ、タッコさ、と叔母の名前を愛称で呼んで、ほら、アボカド。これ八個いりでこうたっちゃけど、ふたつぐらいおいとったらたべる? と、そろそろと自分の方に近づいてきた叔母に向かって訊いた。ミホは手に持っていた網に入れてあるアボカドを、タツコの指先にそっと当てて、まだあおいと? と網越しに皮を撫でる叔母の問いかけに対して、うん、あおい。ふつかはせんとたべられんね、と言い、それから寝室に居るカヨコに向かって、姉ちゃんもアボカドもらうやろ? と大きな声を出せば、うん、もらうもらう、そこに置いとって、と姉の方も大声で答える。姉妹はタツコの姉の子供で、ふたりとも彼女の家からそう遠くない場所に暮らしていることもあって、よく顔を見せにきていた。ふたりはいつに、もう八十に手の届きそうな、昔から知る年老いた叔母のことが好きであり、また彼女の住まう、よく整理のゆきとどいた、暮らしていくのに最低限の物しか置かれておらず、かといって足らぬということもないこの部屋で交わされる、気がねのいらない会話が好きであったから、週に何度も訪れては目の見えづらいためにそう気軽には買い物へと出かけることのできないタツコの代わりに、スーパーで食材を買って持ってきたり、夕食を作って一緒に食べたりと何くれとなく世話をしながら、そのたびに長いこと腰を落ち着けて話していくのだった。部屋には夕方と夜のあいだを跨ぎきれずにいる生ぬるい空気の漂う時間が流れているのだったが、こうしたときというのは退屈と自足の織り交ざった、何かをはじめるには遅いが、かといって何もせずにいることも嫌だという気持ちから会話をつづけるものであり、タツコたちもこうして夕食の支度にとりかかるまえのひとときを、何かが満ちるのを待ってでもいるようにしゃべりながら過ごしている。
ごふようになりましたテレビ、エアコン、洗濯機、なんでもおきがるにおもうしつけください、ごじたくまでかいしゅうにまいります。わずかに開けた窓の隙間から、スピーカー越しにそう言っている声が聞こえてくる。タツコは再びソファに腰を下ろして、居間の中央の、壁につけるようにして置かれたテレビを眺めながら、食材を冷蔵庫に入れ終えたミホが夕食の準備をはじめているらしい音を、聞くともなしに聞いていた。ねえ、タッコよー、という寝室からするカヨコの声に、顔はテレビの方を向いたまま、なんね、とタツコが返事をするよりも先に、うんにゃ、よか。クーラーのリモコンさがしよったけど、あった、と姪はどうやら寝室に置かれたマットに寝転がっているようで、くぐもった、それでいてあいかわらず大きな声が返ってきた。寝室にはただベッドのマットだけが置かれているのだったが、そこはかつて長いこと一緒に暮らしていた夫のイサオの占有していた場所で、タツコはといえば彼の吸う煙草の臭いを嫌い、居間に蒲団を敷いて寝ていた。二年前に夫が死んでからは、マットだけを残して他の板組みの部分を捨ててしまい、新たな所有者となったタツコの寝床として、またカヨコやミホの休憩の場所として使われていた。ねえ、タッコ、と今度はミホが、このお茶、けさいれたと? と訊くので、もちろんたい。あ、急須のお茶のことばいいよるっちゃろ? そう、テーブルにおいてある急須のお茶。それやったらけさもいれたし、さっきもそれでのんだけん、もうできっとろう、あたらしいとばいれなおしない? うん、タッコものむ? もらおうかね。