ハックルベリーに会いに行く
蔦文也には奇妙な習慣があった。それは早朝のグラウンド整備だ。これを監督を始めてから辞めるまで、40年間ほとんど欠かさず続けた。
それは、どんな天候でも行われた。というより、雨の日にはより入念に行われた。さらには、明け方まで飲み明かし、ベロンベロンに酔っ払った状態でも行われた。
文也は、朝六時前になると必ず目を覚まし、家から自転車で五分ほどの学校のグラウンドまで赴いて、一人で黙々と整備を行った。この習慣が、文也の人生を根底から変えた。いや「支えた」といった方がいいだろうか。文也のこの習慣を、誰もが知っていた。そして、誰もがそれに圧倒されたのだ。
そうして、文也を許した。文也がどれほど酒を飲んで問題を起こし、またどれほど理不尽な指導をして部員たちから反発を買おうとも、さらには20年間負け続けても、皆それを許した。許したのは、文也が雨の日でも風の日でも雪の日でもただ一人、早朝のグラウンド整備