フランクリン・ルーズベルトは、1933年に大統領になると、ニューディール政策によってアメリカ経済を急回復させ、国民の大きな支持を得た。この追い風を受けると、1936年に危なげなく二度目の当選を果たす。そうして1937年から二期目の政権が始まった。

するとこの頃から、世界情勢(特にヨーロッパ情勢)は、日独伊防共協定などできな臭くなっていった。特にナチスドイツの動向がきな臭くなっていった。ドイツは軍備の拡大を着々と進め、ユダヤ人に対する迫害も苛烈さを増していった。

そのため「戦争の危機」が叫ばれるようになった。第一次世界大戦以来の世界大戦の危機だ。これはアメリカとしても無視することはできなかった。そこでルーズベルトは、大統領としてアメリカの立場や方向性を表明する必要に迫られた。

するとその際、ルーズベルトはいわゆる「タカ派的」な立場や方向性を表明した。「隔離演説」と呼ばれるものの中で、世