『耳をすませば』には、多摩丘陵の迷宮に加え、もう一つ抽象的な迷宮が描かれている。それは「創作の迷宮」である。

宮崎駿監督は、その全ての作品において手法や方法論について非常に自覚的である。すなわち「物語はどう作られ得るのか?」という問いについて極めて強く意識している。それにその時点での答えを出すというのが、彼の一貫した創作姿勢だ。

そして宮崎監督は、そのキャリアの最初期から「無意識」を強く意識していた。つまり「どう作るか?」を考え続けた結果、やがで「考えない」いや「考えてはいけない」という結論に達したのである。

この結論に達してから、宮崎監督の興味は「いかに意識をなくすか?」ということに集中した。そうして作品ごとに、さまざまな方法でそれを試してきた。意識しないことを目指すことが、監督自身の創作そのものとなっていったのだ。

そういうコンセプトに辿り着いてから、監督には一つの方法論が浮か