
レスリングオリンピック代表からプロレスに転向、新日本プロレス、ジャパンプロレス、全日本プロレス、SWS、SPWF、PRIDE出場……流浪のプロレス人生を送ってきた谷津嘉章がすべてを語るインタビュー連載の第4回! 今回は「プロレスとヤクザ」を語ります!(2017年に掲載されたものです)
【谷津嘉章シリーズ】
――谷津さん! 今日はSWS離脱以降の話を聞きたいんですけど、その前にレスリング協会のパワハラ騒動について聞かせてください。
谷津 あれかあ。レスリング協会のことはあんまりわかんねぇな。まあ、内部の派閥争いもあるんじゃないかな。2年後の東京オリンピックも絡んでくるし。
――この騒動の根っこには、レスリング界の派閥争いがあるという報道はされてますね。
谷津 まぁいろいろとあると思うんだけど。どうなってるのかさっぱりわからないのよ、俺も。迂闊に言って間違えると大変だから(笑)。
――谷津さんの現役の頃から派閥争いはあったんですか?
谷津 あったあった。それはね、相撲や柔道だってあったじゃない。柔道なんて内部告発されて、上村(春樹)さんが会長を退任したでしょ。こういった派閥の争いは特に格闘技が多いな。ロシアでもアメリカでもみんなそう。なんでそうなるかといえば、格闘技は個人種目だから。チームで戦わないでしょ。
――なるほど。チーム戦だと出場メンバーを派閥だけでまとめるのは、なかなか難しいですよね。
谷津 そうそう。個人種目で起きやすいんだよね。
――パワハラを告発された栄和人さんのことはご存知ですよね。
谷津 あったりまえだよ、俺の後輩だよ。
――どんな方ですか?
谷津 ひとことで言えば熱血漢。彼もこうなっちゃって、かわいそうといえば、かわいそうかな。でも、いまはコンプライアンスが厳しいでしょ。耐えることなんてしないで、どんどんリークされちゃうわけだから。逆にこうなることで業界が変わっていくところもあるんだけどね。少しずつ少しずつ、民主的にね。昔なんて殴られるのはあたりまえだったんだから。監督も手で殴ると痛いから、木の棒でおもいきり叩かれてね。
――スパルタ指導が許されていた時代ですね。
谷津 殴られて顔から血が出たって休めないから。「やる気がないんだったら帰れ!!」って言われて。根性論だね。いまみたいに栄養学なんてものもないし、根性だけ。
――谷津さんの現役の頃って、レスリングはここまで脚光を浴びてませんでしたよね。
谷津 うん。これは話は変わるけども、長州や俺らが新日本を離れてジャパンプロレスを作ったでしょ。できたばっかでインパクトがなかったんだよね。そんなときに、レスリングもオリンピックのときしか注目されてないから「話題作りとしてレスリングの試合に出てくれ」って話があったんだよ。
――それで7年ぶりにレスリング復帰して、全日本選手権に出ることになった。凄くリスクがありましたよね?
谷津 当時強化委員長だった福田(富昭)さんは、俺の先輩だから出なきゃいけないだよ。「先輩、負けたらどうするんですか?」って聞いたら「知らねえよ!」って(笑)。
――ハハハハハハハ!
谷津 出場する選手をリサーチしてみて勝てる自信はあったけど、真剣勝負だからどうなるかわかんないでしょ。勝ったからいいもののさ、もし負けた場合はしばらくアメリカで覆面レスラーになるしかなかったよな(笑)。
――当時は競技の違いがよくわからなかったから「プロがアマに負けたら恥」というムードはありましたね。
谷津 よく出たよなぁ。大会後に六本木でメシをオゴってもらって、それで終わりだよな(笑)。
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